第十話 疑心

「ギャラナがいないだと⁉ どういうことだ」


 ルバンニが眉間にしわを寄せてキリフをにらみつけた。

 思ってもいなかった報せに動揺したのか、チャザイはハザメ、キリフ、ルバンニへと視線を泳がせている。

 ビヤリムは無言であごをしゃくり、キリフの言葉を促した。


「今日は私がお世話する当番だったのでお部屋にお伺いしたところ、ギャラナ様はいらっしゃいませんでした。また館内を廻っていらっしゃるのかと思いましたが手押し車は置いたままです。それに寝台の横にかかっていたローブもありませんでした」

「あの緋色のローブが……」


 チャザイがひとりごちた。

 それには気づかず、キリフが続ける。


「まさかと思い館内を探しましたが、どこにもいらっしゃらなくて」

「ギャラナは歩くのもままならないということではなかったのか」


 誰に言うでもなくハザメがまっすぐ前を見つめたまま強い口調で問いかける。

 再び三導師ティガランジャが揃って頭を下げた。


「すぐに人を集めてもう一度探せ。下々の居住区も部屋内まで見落とすな」


 ハザメの指示を受けてビヤリムが駆け出す。


「ルバンニは彼奴きゃつの世話係を集めよ」

「御意」

「私は――」

「ここで待て」


 チャザイの言葉にハザメが被せる。

 立ちすくむキリフの視線の先には、濁った眼で恐怖を浮かべたまま放置されているリゼイラの横顔があった。


 しばらくするとルバンニがミレイオ、ロトドス、ダリエを連れてハザメの部屋へ戻ってきた。

 三人は入るなり、変わり果てたリゼイラの姿を目にして恐怖と緊張が増したかのように見える。

 キリフを加えた四人に対し、ギャラナに変わった様子はなかったかハザメがたずねたが何か気づいたことを口にする者はいない。


「最後にギャラナを見た者は?」

「私かと」


 ルバンニの問いかけにダリエが答えた。

 ハザメが目顔で続きを促す。


「今日は食事当番でしたので、朝食を持っていった際にはいらっしゃいました。後でお伺いした際はからの食器だけが寝台の上に置いてあり、ギャラナ様はいらっしゃいませんでした」

「なぜ、その時に報告しなかったのだ」


 ルバンニが問いただす。 


「朝食をお持ちした際にチャザイ様がお見えになったので、てっきりまたお二人で部屋を出られたのかと」


 突然、名前を出されてチャザイは慌てふためいた。


「いや、私は少し顔を出しただけでギャラナ様が食事を終える前に部屋を出ました」


 ハザメへ懇願するように身を乗り出して訴えかける。

 そこへビヤリムが戻ってきた。


「各部屋も探させましたが、あやつの姿はありません」

「一体どういうことだ!」


 さすがにハザメもいらつきを隠せない。

 重苦しい沈黙を破ったのは意外にもミレイオだった。


「あのぉ……玉座の間とやらはお調べになったのでしょうか」


 みなの視線が一斉に集まった。


「いえ、この前、チャザイ様とギャラナ様があの部屋へお入りになっていたので……」


 ここでも名が挙がったチャザイへ視線がさっと移った。

(おしゃべりミレイオめが、こんなときに余計なことを)

 うつむいたこぶのある醜い顔がさらにゆがむ。


「あの先には山を下りる道につながる封印がある」

「お前、まさか神の遺産ヘリテディヴァンを――」

「私は何もしていないっ」


 ビヤリムとルバンニの非難を受け、チャザイは悲痛な叫びで応える。

 ハザメへ向き直るとマントを引きずりながら近づいた。


「ハザメ様なら分かっていただけますよね。私がギャラナを逃がすことなどあるわけがないことを。明日の復活の儀さえ終われば、あの者の美しい体を私のものにできるというお約束、それだけを願ってきたのですから」

「お前、人魂注入の秘儀をお願いしていたのか……。なるほど。そんなにもその姿が嫌いか?」

「あぁそうだ、私はこの姿が憎い。だから、あの美しい顔、立ち姿を我が物にできるようハザメ様にお願いしたのだ。それが悪いかっ!」


 さげすむようなルバンニの物言いに声を荒げながらも、チャザイはハザメの左腕にすがっていた。


「とにかく玉座の間を確かめてこよう」

「待てビヤリム、今度はわしがいく」

「お主よりも俺の方が早い」


 その大きなお腹に目をやり、ビヤリムは再び駆けだした。

 残されたルバンニは四人への問いかけを再開する。


「チャザイがギャラナの部屋から出てきたところを見た者はおるか?」


 四人は伏し目がちに顔を見合わすが無言のまま。


「ではダリエが出て来たところを見た者は?」

「部屋から出た所ではありませんが、空の器を持って歩いているところを見ました」


 ロトドスがおずおずと顔を上げ、横たわるリゼイラを目に入れぬよう、あらぬ方向へ顔を向けた。


「おいチャザイ、これではますますお前が怪しいということになるぞ」

「だから、私は何もしておらぬと言っておるではないか」


 チャザイはその小さな目に涙さえ浮かべている。

 そこへ早くも戻ってきたビヤリムが黙ったまま首を横に振った。


「玉座の間の鍵はかけられたまま。念のため中にも入ってみたが神の遺産ヘリテディヴァンが使われた形跡もない。封印もそのままだ」

「だから、私は何もしておらぬと――」

「チャザイの言う通り、こやつに彼奴を逃がす理由がない。となれば、誰かが嘘を語っているか、あるいは術でもかけられているか……」


 切れ長の目だけを動かし七人の顔を見やったハザメが語った言葉が、それぞれに重くのしかかった。この中の誰かが裏切っている、そう領袖は告げているのだ。

 ハザメは椅子から立ち上がり、マントの懐から暗赤色の玉石ペイヴを取り出した。


「自らの意に反して操られているなら、これで全てがはっきりする」


 鈍色にびいろの鎖を右手に持ち、チャザイの前へ掲げる。


「わ、たし……です、か?」


 まさか自分が試されるとは思っていなかったのだろう、チャザイは狼狽した表情を見せる。

 それを無視するかのようにすっと手をあげて「イル ギヤヌン ムテソワバ」と唱えた。


 玉石は何も反応せず、鎖に吊るされたままだ。

 安堵しているチャザイを横目に、キリフの前で立ち止まる。

 続けてミレイオ、ロトドス、ダリエ。

 玉石は誰にも反応を示さなかった。


「彼奴は一体、どこにおるのだ!」


 ハザメの苛立たしげな声が黒灰色の石壁に響いた。

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