白崎篤紫は普通の世界旅行がしたい。

澤梛セビン

一章 ダンジョン都市コマイナ

一話 白崎魔道具店

「これは、普通にジョイント部分が劣化しただけだな。

 少し待っててくれ。これくらいだったら、そんなに時間をかけずに直せると思うよ」

 店と呼ぶには閑散とした室内では、男と女、それから客である老紳士がにこやかに談笑していた。

 接客用の机と椅子が数脚。部屋の真ん中に大きなテーブルがある以外は、何も置かれていない。机の脇に置かれているサイドテーブルでは、女がポットでお茶を淹れていた。

 爽やかなハーブの香りが、辺りに漂う。


「いや篤紫さん、悪いね。その道具が旅先でも一番重宝しているんだよ。

 さすがに五年も使っているんだから、壊れもするわい」

「確かに、長いつきあいだもんな。最初に来たときは、どこの熊かと思ったよ」

「ぐわははは、なかなか言いよるな」

 男――篤紫の言葉に、老紳士は立派なあごひげを触って豪快に笑った。

 お茶を注いだカップを、女が三つそれぞれの前に並べた。老紳士は出されたお茶をにこやかに受け取り、皿のクッキーを一つつまんだ。


「やっぱり、桃華さんの作るクッキーは格別じゃな。このお茶も口当たりが凄くいい」

「あら、喜んでもらえたのなら嬉しいわ」

 空になった老紳士のカップに、お茶のおかわりを注いでから、女――桃華は、いつの間にか足下に顕れたキャリーバッグの中から、イチゴのショートケーキを取り出して、老紳士の前に置いた。


「しかし原理はいつも聞いているが、相変わらずそのキャリーバッグからは何でも出てくるのだな。

 あの日から、収納の魔道具が手頃になったとはいえ、常に魔力を喰われるらしいからな。わしにはとてもじゃないが怖くて使えんよ。

 うっ、くぅーっ、このケーキも美味いな」

 老紳士は人目もはばからず、掻き込むようにイチゴのショートケーキを食べている。



 そんな老紳士をほほえましく思いながら、篤紫は作業に取りかかった。

 作業台である大きなテーブルに置いたのは、ヒンジの取れかかった盾だ。彼はここで魔道具の店を始めてから、一番最初に来てくれたお客さんだ。

 ふらっと尋ねてきて、目の前の盾を買って貰ってから、半年に一回くらいはメンテナンスのために来店してくれている。


「本当は、不壊処理をすればずっと使い続けられるんだけどな――」

 呟きながら、どこが壊れたのかを見てみる。

 直径が一メートルほど、魔鉄で作られている真円の形状をしている盾だ。軽量化もしていないため、持ち上げるとずっしりと重い。片手で持てるように、対角に渡された棒に取っ手とバンドが付いている。


 実はこの盾は、フライパンだったりする。可動式の取っ手を動かしてフライパンになるように、仕掛けを作ってある。やっぱりというか、その取っ手の回転軸部分が摩耗して取れかかっていた。


『これは面白いな、戦うためではなく冒険するための防具なのだな。

 なに、追加で魔術を刻めるだと? そもそもフライパンの魔道具なぞ聞いたことないわい』

 五年前のあの日、老紳士は今と同じ、紺のスーツ姿で店に入ってきた。


 白崎魔道具店は、基本的に店頭に商品を置いていない。お客さんと話をして、必要な魔道具を聞いた上で、在庫で作ってある物ならば収納鞄から取り出し、オーダーメイド品でもお客さんと一緒に目の前で作ることにしている。


 件のフライパン盾は、いくつか提示した盾の中にあって、完全にネタ商品だった。しかし実際にはその後、店で売れている盾の中で、一番売れている商品だったりする……何とも不思議だな。


 このフライパン盾のいいところは、取っ手の端に魔石を填められるようになっていて、形状によって二種類の魔術が発動可能なことだ。

 盾状態だと完全断熱、例えドラゴンのブレスであっても防げるように作ってある。頭の上にかざせば、完璧な日傘になるって笑われたけれど。

 次にフライパン状態だと加熱の魔術で、出先に火がなくても加熱料理ができる。人間族ですら魔法を使えるようになった世界では、あまり出番がないように思えたけど、野営ではこれがかなり便利なようだ。


 もっとも、そのあとの購買層のほとんどが、近所の主婦の方々だったのには、妙に納得したのを覚えている。さすがに街の衛兵隊から大量の注文が入ったときは、正直苦笑いしか出なかったけど。


 しかし強度は確保してあったはずなのに、どういう使い方をしたらここまで壊れるのか、目の前の道具を検分しながら首をひねるしかなかった。

 もしかしたら、盾として使ったときに衝撃がかかるのかもしれない。

 ともあれヒンジが壊れたのなら、ヒンジ部分に限定して不壊の魔術を刻めばいいのか。全体が不壊だと料理をしたときに、鉄分が染み出さないから駄目だ、とか言っていた気がするから、回転ヒンジ部分が壊れない分には問題ないはず。


「ローディさん。鍋の本体部分以外は、取っ手から縁の辺りまでを不壊処理しても問題ないよね?」

 老紳士――ローディに声をかけると、おかわりまでして食べていたショートケーキを、慌ててお茶で流し込んでいた。

 その姿からは、人間族のローディが齢七十を超えているなんて、とても想像できなかった。


「なんと、そんな細かい造形が可能なのか? てっきり魔術は、全体にまとめてしか掛けられないと思っていたのじゃが。

 わしも長年生きておるが、はてさてそんな魔術は聞いたことがない。それが可能なら、そうしてほいいわい」

 ローディはとびっきりの笑顔を浮かべると、桃華に空いた皿を差し出した。既に何皿目か分からない。

 新しくイチゴのショートケーキを受け取ると、嬉しそうに食べ始めた。


「わかった、もう少し待っててくれ」

 篤紫は鍋から取っ手を取り外し、もう一度破損部分を確認してから作業台の端に寄せた。鞄から加工前の魔鉄を取りだして、その柔らかい魔鉄を必要な分だけちぎり取った。

 新しい取っ手と、細く伸ばした魔鉄を鍋の縁に一周取り付けると、腰に巻いたホルスターのペンホルダーから、青銀の魔道ペンを取り出して、取り付けた魔鉄に軽く打ち当てた。

 瞬時に魔鉄が硬化して、鍋と一体化した。


 断熱と加熱の魔術は鍋本体に描き込んであるので、取っ手とリングに限定して不壊の魔術を描き込んだ。


Exclude the pot body, the handle and the ring are not broken.


 ピリオドを打つと、取り付けた取っ手とリングが数刻だけ光り輝いた。

 取っ手に魔石を取り付けてみる。


 フライパンの状態で手をかざすと、本体が熱くなっていることが確認できた。これなら、肉も焼けるし、大抵の料理も可能だろう。

 取っ手を畳んで盾状態に変形させてみる。すると、熱かった鍋からすっと熱が消えた。完全断熱も問題無さそうだ。


 何回か変形させて、機能に問題ないことを確認して、ローディの元に盾を持っていった。

 相変わらず、一生懸命にケーキを食べていたローディは、突然現れた盾に動きを止めた。


「なんじゃ、何か問題があったのか? そろそろお腹がいっぱいになったから、お暇しようかと思っておったんじゃが」

「いや、修理が完了したから、確認のために持ってきたんだよ」

「なんじゃと?」

 ローディは篤紫の言葉に、信じられないものを見るかのように、大きく目を見開いた。


「魔道具なのじゃろう? さすがに早すぎる。

 普通は制作から完成まで、一ヶ月くらいかかるだろうに。魔術の本元であるシーオマツモ王国でも、修理であっても半月はかかったはずじゃ。

 さすがに、そんなに早くできないだろう」

 訝しみながら盾を受け取ったローディの動きが、そのまま止まった。

 顔を近づけて、壊れていた箇所を念入りに確認する。盾本体もひっくり返して確認すると、盾を机に置いた。


「た、確かにこれはわしの盾じゃな。表の傷に見覚えがある。

 それに……ヒンジのぐらつきも無くなっておるな」

 驚愕の顔が、とびっきりの笑顔に変わった。


 篤紫は、桃華に渡されたカップを受け取り、中のお茶を飲んだ。

 ハーブのお茶が胃に染み渡り、体の動きが軽くなった。


「お代はいくらじゃな?」

「銀貨一枚でいいよ。壊れたのは、うちの設計ミスだろうし」

「嘘じゃろ? いくら何でも安すぎる。

 この間、旅先で明かりの魔道具が壊れたときには、削れた文字の刻み直しだけで、銀貨五十枚かかったんじゃぞ?」

「いいんだよ、ずっと大切に使ってくれていたんだろ? さっきも言ったけど、欠陥部分を直しただけなんだ。

 これからも元気で活躍してくれれば、一番だからさ」

「そう言ってもらえると、ありがたい。ぜひ、これからも大切に使わせてもらう」

 ローディは銀貨一枚を篤紫に手渡すと、立ち上がって深く頭を下げた。

 そのあとも何度も頭を下げながら、店を出て行った。




「喜んでもらえたわね」

 隣で並んで見送りをしていた桃華が、篤紫にとびっきりの笑顔を向けてきた。

「ああ、彼はああ見えてまだ、百年以上生きるからね。ちゃんとした道具を使っていないと、想定以上にお金がかかっちゃうんだよな」

「あら? ローディさんって、人間族じゃなかったかしら?」

 桃華が眉間にしわを寄せて、首をひねる。


「五年前かな。この世界で今まで使っていたソウルメモリーが失われて、新しく普及した魂樹に変わった。そのときに、人間族が一番恩恵を受けたと思う。

 それまで持っていなかった魔力を授かったことで、寿命が二倍。百二十年だった寿命が、二百四十年まで延びたんだよ。

 さすがに魂樹に変わって、若返りまではしなかったけど、まだ彼の人生は道半ばすら行っていない、これからなんだ」

「ふふふ、何だか素敵な話ね」


 二人でローディのこれからの活躍に思いを馳せていると、篤紫の腰元にあるスマートフォンが鳴り出した。

 篤紫がスマートフォンをたぐり寄せると、桃華が覗き込んできた。

「夏梛か、卒業の目処が立ったのかな?」

「半年ぶりね。そろそろ旅の準備を始めなきゃかしら」


 着信先は、娘の夏梛だった。

 二人はお互いに顔を見合わせると、画面に表示されている通話をタップした。

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