第二十二話 決戦

「柊、念のために聞いておく。体の方はどうだ」

 梟の屋敷に向かう途中で、小士郎が聞いた。


「大丈夫だ、問題ない」

「そうか。お前がそう言うなら、大丈夫だろう」


――柊なら、嘘は言わない。

 しかし、と小士郎は思う。そうであればなおさら、万が一の事態になれば、柊は『鬼封じの剣』を振るうだろう。あれだけの大怪我を負ったのだから、柊自身が気付いていないとしても、柊の体は完全には治っていないはずだ。

 しかも、以前は子どもだったが、今は大人の体だ。力が強くなっている分、『鬼封じの剣』を振るった時の体への負担は、昔以上に大きいはずだ。もし、『鬼封じの剣』を振るえば、今度こそ柊の体は耐えられないだろう。


「おい、梟とは俺にやらせろ。あいつとは御前試合の決着を、まだ付けていない」

「御前試合? お前がそんな昔のことを気にしているとは意外だな」


――全く気にしていない。

 我ながらこだわらなさ過ぎるなと、小士郎は心の中で笑いながら、反対のことを言った。


「領主の威信が失われたことには、俺にも責任がある。それに、仮にも俺は楠の当主だからな。けじめはきっちりつける」

「楠の当主?」

 小士郎が何気なく発した言葉を聞き逃さず、柊が尋ねる。


「あぁ、今朝からだがな」

 小士郎は照れながら、腰に刺した刀を見せた。


「おお、そうか。それはめでたいな」

 突然のことに、柊が驚く。


「だから、この刀にかけて、俺は負けん」

「わかった。お前に任せる」

 家を継いだ小士郎の胸中を察し、柊が小士郎に激を飛ばした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 梟の屋敷を、柊が率いる一団が取り囲んだ。準備はできた。


「梟、浮民の子を虐殺した男をそそのかした罪、匿った罪、ましてや、葛家当主として、一族全体をあげて隠蔽するなど、鬼ノ国の領主として、断じて許すことはできん。お前がおとなしく捕まり罪を償えば、他の者達の罪は軽くする。潔く出てこい」


 柊が声を張り上げ、相手の反応を待つ。しかし、屋敷からは、何の返答もない。


「何も返答がないな。どうする」

 小士郎が柊に聞き、柊は覚悟を決めた。


「よし、踏み込む。皆のもの、いくぞ!」

 柊の合図に、オォー、とときの声があがる。そして、門を破り、雄叫びをあげながら、小士郎を先頭に突入した。屋敷の庭に、家臣たちが散らばるが、未だに屋敷は静寂に包まれている。


「おかしい、静か過ぎる」

 小士郎がいぶかしがる。

「何かの罠か。皆、気をつけろ!」

 柊の指示に、家臣たちが緊張感を漂わせ、注意深く周りを見守る。


「よし、屋敷の中に突入するぞ」

 家臣たちに警戒をさせたまま、小士郎と柊が、僅かな手勢を連れて、屋敷の中に飛び込んでいった。


 しかし、誰もいない。


「いったい、どうなっている」

「気をつけろ、奥に誘い込まれているようだ」

 次々と部屋を蹴破る柊に、小士郎が注意を促す。


 柊たちが、更に奥へと進むと、おおぶすまに仕切られた広間が出現した。

「誰かいるぞ。気をつけろ」

 小士郎が、何者かの気配を感じた。


「私と小士郎で突入する。お前たちは、そこを動くな」

 言いざま、柊と小士郎がふすまを破り、広場に飛び込んだ。すると、そこには、

「お待ちしておりました」

 余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった風情の、烏豌が待ち構えていた。烏豌の腕には、一本の長い槍が構えられている。


「梟はどこにいる!」

 声を荒げる柊に、

「さぁ、どこでしょうか」

と、烏豌のとぼけた声が返ってきた。


「貴様、愚弄する気か!」

 刀を抜き、斬りかかろうとする柊を、

「待て、柊!」

 小士郎が止めた。


「謀られた! 屋敷に戻るぞ」

「そういうことか!」

 自分たちがおびき出されたことの重大さに気付いた柊が、引き返そうとした瞬間、

「もう少し、ここで遊んでいてもらいましょう」

 屋敷の中に隠れていた梟の家臣たちが、襲いかかってきた。


 柊、小士郎、わずかに連れてきた手勢たちが、刀を抜き応戦する。

 刀が打ち合う、金属音が辺りに響く。


 柊と小士郎が先頭に立って、血路を開こうとした時、

「あなた方のお相手は、私がしましょう」

 烏豌の槍が、背後から二人に襲いかかった。


 刀の届かぬ間合いから、烏豌から槍を繰り出す。


 ガッッッ。大きな弧を描き、柊の頭上に穂先が襲いかかる。とっさに弾いたが、想像以上の威力に柊の体が飛ばされた。


「なんだ、この重さは!」


 長い。烏豌の持つ槍の長さは、野戦用のものだ。長ければ長いほど、遠心力によって威力が増す。だが、屋内で繰り出すには、この長さは不利だ。しかし、烏豌はその長い槍を、まるで屋外にいるかのように自在に操った。


「この場所では不利だ!」

 小士郎が叫ぶ。


 屋内では、鬼封じの剣の疾さが活かせない。逆に、屋敷の構造を理解している烏豌にとっては、格好の場所だった。


「余所見をしていると、怪我をしますよ」

 烏豌が振るう槍を、小士郎がひらりと躱す。


――威力は脅威だ。しかし、長い分、躱しやすい

 そう思った直後、小士郎を強烈な突きが襲った。


 グァッ、穂先を弾いた小士郎の腕に衝撃が走る。


「片目では、間合いが取りにくいようですね」

 再び、強烈な突きが小士郎を襲った。


――こいつ、うまい。

 横からの攻撃であれば、片目だろうが問題ない。しかし、まっすぐ正面からの攻撃は、両目が見えていても間合いが取りにくい。片目では、完全に不利だ。


 烏豌が繰り出す高速の突き、それが、一突きごとにわずかに速度を変えて繰り出される。その僅かな差が小士郎を翻弄した。


「こんなところに、いつまでもかかずらっていられるか!」

 柊が雄叫びを上げて、烏豌に襲いかかる。


「柊、焦るな」

――まずい。

 柊の感情任せの強さは、それを振るうことが出来る場所があって初めて威力を増す。この狭い場所では、逆に冷静さが必要だ。


「急がないと、大切な弟君だけだなく、浮民の友や、剣術の師匠にも、会えなくなりますよ」

「ふざけるな!」

 安い挑発だが、冷静な小士郎と違い柊には効果的だ。


「柊!」

 助けに入ろうとする小士郎に、

「おおっと」

 烏豌の突きが、すかさず襲いかかる。

――くそ、近寄れん。


「そろそろ、梟様が到着する頃ですかね」

 挑発を重ねた烏豌に、

「うぉぉぉーっ」

 雄叫びを上げて、怒りが爆発した柊が飛びかかった。


――駄目だ! 動きが読まれている!


「なんと単純な」

 小士郎があやぶんだとおり、ニヤリと笑った烏豌が、突進する柊に合わせ、とっさに槍の持ち手を変えて柊の顔面を突いた。


 しかし、穂先が柊の顔面を貫いたと思った瞬間、柊がかわした。


「?!」

 驚く烏豌の眼前で、すれ違いざま柊が槍の柄を掴み、片手でねじ折る!


「なんと!」

 眼前の信じがたい光景を目にし、動きが一瞬止まった烏豌の腹に、突進した柊が、体重を乗せた回し蹴りを蹴り込んだ。


 ガァァッッ、一直線に飛んだ烏豌の体が壁に激突する音と、烏豌の呻き声とが、同時に響いた。


 すかさず、倒れた烏豌にとどめを刺そうと、柊が飛びかかる。


「これは、まずいですね」

 柊のとどめの一撃が入る寸前、腹を抱えた烏豌が寄りかかっていた壁が反転した。烏豌の姿が消え、柊の蹴りが壁を打つ。


「逃げただと!」

 あまりにもあっけない幕切れに、柊が呆然とする。


――なんてやつだ。戦い慣れてやがる。


「あいつのことはほっとけ。急いで戻るぞ!」

 すかさず小士郎が柊に叫び、まだ戦っている梟の家臣どもを蹴散らしながら、柊と小士郎が屋敷を飛び出した。


「謀られた! すぐに屋敷に戻るぞ!」

 柊の大声に、家臣たちも事態を理解し、動揺が走る。


「急げぇ!」

 先頭を切って走る柊を、小士郎と家臣たちが追いかけた。

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