オルガノ・ハナダ

 日本刀を担ぎビルから出てくる色黒の東洋人オルガノ・ハナダ。彼の姿を確認した瞬間ララは走り出した。


「私に続け!」


 ラシーカと狐耳のブレイ、ハルト君もそれに続く。ララは迷わずオルガノの腰にタックルをかまし、オルガノと共にビルの中へと転がり込んだ。

 全員がビルの中へと入ったところでララがインカムで通信を開始した。


「ゲップハルト。攻撃開始だ。ゾンビ共を焼き尽くせ!!」

「了解」


 上空に待機していた黒い芋虫型のガンシップ・クロウラから十数本の筒状の物体が放出された。その筒は弾け、そこから更に数十の球体が分離した。

 その小型の球体は地面に落ちた瞬間、花火のように白い火花を散らしながら発火した。それはエレクトロン焼夷弾。テルミット反応を利用しマグネシウム合金に点火、燃焼させる焼夷弾のことだ。


 何かの抗議活動のように政府ビルを取り囲んでいたゾンビの群れにバラ撒かれる強烈な火花。酸素を必要としないこの火花にゾンビ達は焼かれていく。

 阿鼻叫喚地獄ともいうべき人柱の炎が広がる。しかし、焼かれる人影に恐怖や苦痛は見当たらない。ゾンビ……動くしかばねには屍としての意思しかないのだろう。


 ガンシップ・クロウラは炎の密度が低い集団に向けビーム砲での射撃を開始した。高熱、すなわちIR(赤外線)領域に特化したフォトンビーム砲である。着弾点の屍は瞬時に炭化し、そして激しく発火する。8門のビーム砲を斉射しながらゆっくりとビルの周囲を周回するガンシップ・クロウラ。それがビルを一周したときには数千の屍が全て燃え上がっていた。


 一方、ビルの中ではオルガノ・ハナダの上にララが馬乗りになっていた。

 ハナダの顔をじっと見つめるララ。目線を合わせるのを嫌ったのか、横を向いたハナダがぼそりとつぶやく。


「貴様、何者だ。俺に気があるのか」

「あると言ったらどうする?」

「俺はロリコンじゃねえよ」

「ふん。私もお前のような奇天烈な輩は趣味じゃない」


 オルガノの上からさっと立ち上がって戦闘服の埃を払うララ。


「私はララ。お前の元部下である金森の依頼でここへ来た。目的はお前の救出だ。助けてやるからつべこべ言わず、私に従え」


 その言葉を聞き、オルガノもよっこらせと立ち上がる。


「残念だが従えない。俺にはこの街を守る義務がある」

「ご立派な義務だな。状況を把握しろ。ここまで広範囲に感染が広がっているんだ。もうこのコロニーは救えない。一番確実な方法は住民もろとも消滅させることだよ」「何を馬鹿な事を言っているんだお嬢ちゃん。助かる命は一人残さず助けるのが俺の義務だ」


 オルガノの一言にため息をつき首を振るララ。言外にそれは不可能だと言っている。


「お前ひとりでは不可能だ。仕方がない。私もその義務とやらを手伝ってやろう。その代わりに手伝ってほしいことがある」

「何だ。言ってみろ」

「お願いします。僕たちの仲間がさらわれたのです。ジーク・バラモットに。その救出を手伝ってほしいのです。僕たちには何も情報がないのです。オルガノさんが頼りなのです」


 狐耳をピクピクさせ意見したのはブレイだった。その狐耳を見てオルガノはふっと笑った。


「その狐耳。奴とそっくりだ。貴様はハーゲンの息子か?」

「はい。僕の本名はブレイバ・クロイツ。あのハーゲン・クロイツの息子です!」

「やはりそうか。貴様の頼みなら聞かざるを得ないな。説明しろ」

「ありがとうございます!」


 ブレイは深々と頭を下げ、これまでの経緯を説明した。温泉ツアーに参加したがそれが罠だったこと。それを画策したのが吸血鬼であるジーク・バラモットであること。まだ6名が捕らわれたままであり、その場所がここデッドライジングである可能性が高い事。そしてここは他のコロニーと情報が遮断されており、内部の様子がほとんど把握できていない事。ブレイの話に相槌を打ちながら聞き入っているオルガノ・ハナダだった。


「良く分かったよ。さらわれている6名、おそらく何らかの精神的支配を受けているだろう6名を救出する事だな」

「ああそうだ。そして、ジーク・バラモット一味に対しては殲滅せんめつ戦を行うことになるだろう」


 返事をしたのはララだった。オルガノは眉間にしわを寄せながらララの顔を見つめる。


「あー。お嬢ちゃん。名前は」

「ララだ」

「そうそう。ララちゃん。もしかして、お嬢ちゃんがあのハーゲンを1分でぶっ倒したという豪傑お嬢ちゃんなのかな?」

「口数が多いと長生きできないぞ」

「ああすまない。お嬢ちゃんが今回の指揮官なんだな」

「そうだ。一応、お前も私の指揮下に入ってもらうぞ」

「分かったよ。じゃあ簡単に状況を説明しようか」


 ポケットからいくつもの碁石を取り出し床の上に置く。そしてオルガノはコロニーの概要を説明し始めた。


「コロニー中央にある巨大な木、俺たちは悪魔樹(Deviltree)と呼んでいるのだが、これが全ての元凶だ。この悪魔樹が種子を寄生させ人々をゾンビ化し始めたことが崩壊の始まりだった」


 オルガノの説明は続く。

 コロニー中央にそびえる巨大な悪魔樹。その周囲東西南北に4つの巨大ショッピングモールがある。順に青龍、白虎、朱雀、玄武と名付けられている。現在彼らが陣取っているのは朱雀の南にある政府施設であり、本来の政府施設は悪魔樹の繁茂に飲み込まれたのだという。

 植物系ゾンビの支配に対抗するため、犯罪者たちが複数の、別系統のゾンビを導入したことで、このコロニーは取り返しのつかない混沌に包まれることになった。

 住民の大半はゾンビ化し、生き残っている人々は4つの巨大ショッピングモールに立てこもっている。その住民の救出が最優先だとハナダは言う。


「しかし、救出して何処に移送するのか? 感染の拡大というリスクは容認できないから移送先は皆無だ」

「分かっている。だから、ゾンビとゾンビの元を消滅させるんだ。それで生存者は助かる」

「一つ勘違いをしているぞ。オルガノ・ハナダ。一番の元凶は悪魔樹と言っていたではないか。その悪魔樹に酸素の生産を頼っているのがこのコロニーではないのか? それはつまり、コロニーの存続を願うなら悪魔樹は残さねばならない」


 ララの指摘に言葉が詰まるオルガノ・ハナダ。ゾンビ化の元凶が酸素供給源だという矛盾を突かれた格好になった。苦悩の表情を浮かべるオルガノだが、それでも彼の眼には生存者を救いたいのだという強い意志が現れていた。

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