第20話 接触

 僕は個別に桂崎あかねに連絡を取り、ワタベ運輸の誰が弔問に訪れたのか、また、勤め先は系列の安川物流ではなかったのか聞いた。

 あかねは弔問者一覧を調べてくれた。

 ワタベ運輸の総務課、岸本智宏、産業医、浜辺英雄。他、葬式の手伝いに、総務課の女性社員が2名。

 安川物流の名前は聞いた事が無いと言った。ただし、給料は手渡しで毎月、現金が封筒に入っていたそうだ。

「あと、この前、弟が言えなかった事があったって言うんですけど。翔太は母が、空き家に配達したことがあるって言っていたのを聞いた事があるみたいなんです」

「それって……」

 僕もあかねも同じ状況を想像したと思う。

 話題になっていた、拳銃の密輸?

 運ばせていた違法な物はこれか。

 4年以上前に、この付近で銃を使った事件がないか確認したところ、拳銃自殺者が2人いた。

 桂崎美由紀が配達した銃なのかも知れない。


 次は充に問い合わせた。

 僕と隆史に、安川物流を紹介してくれたのはワタベ運輸の誰だったのか。

 答えは総務課の岸本智宏。

 偶然の一致ではないだろう。

 僕を狙い易くする為に、安川物流で働かせたのだ。

 5月の襲撃は失敗しているし、その後、僕は警戒して自転車で行き来するようになった。

 日帰り旅行は山野さんにも話していたし、行動を監視して、最適な日を待った。

 何故、3年も経った今頃襲うのか。


 思い当たるのは、沢田弓子だ。

 色んな場所に聞き込みをしていただろうから、何かの関係で岸本の耳に入ったのかも知れない。

 もし、僕が捕まって、警察が言い分を信じて、本気で通り魔とは別の刺殺犯を探し始めたら、面倒な事になると思ったのだろう。

 僕を真犯人に仕立てて葬れば丸く収まる。

 ……冗談じゃない。

 そんな風に利用されてたまるか。


 あかねに岸本の人相を聞いたら、顔も体も大柄でメタボだったと言っていた。僕を襲ったスタンガン男は中肉中背だ。実行犯はきっと別にいる。


 バイト先では僕と山野さんで荷物をさばく。

 隆史は既に辞めていた。

 夏休みに入っていたので、午前中もバイトに入りたいと希望したけれど、仕事が無いからいつも通りに出勤してほしいと言われてしまった。


 改めて安川物流を眺めると、意外にセキュリティに力を入れているのがわかる。

 田村商店で見たのと同型の防犯カメラが敷地の入口と倉庫内部に設置されている。

 僕らは作業中もずっと監視されているのだ。

 2階の事務所も然り。

 事務を担当している山野さんの奥さんが、社長室を掃除する際、僕も中を覗いてみたら、しっかり防犯カメラが設置してあった。多分、動く物があれば撮影を開始して、スマホにも動画が送られるタイプだ。

 隙が無い。

 僕は一階の倉庫で作業中に、片付けるフリをして、開かずのドアになっている裏口のドアの鍵を内側から外しておいた。

 明後日の日曜、ここから入って、調べたいものがある。僕がいる間は開いた事の無い、倉庫内倉庫の中だ。

 日曜は天気が不安定で雷雨の予報が出ていた。

 屋外のブレーカーを下げて、一時的に停電を作り出せば、カメラに写らず、少しは調べる時間が稼げるだろう。


 社長は相変わらず出社したり、しなかったりで、来た時は社長室に籠もりきりになる。

 隆史が言ってた通りだとすると、彼は今だに何らかの悪事を行っているのかも知れない。いわゆる半グレなのだろうか。

 社長は出社すると大体、シュレッダーをかけてから帰る。山野さんの奥さんが大量のシュレッダーゴミをゴミ捨て場に運んでいた。

 僕はそれとなくゴミ捨てを手伝い、用意していたビニール袋にシュレッダーゴミの一部を隠し入れた。

 警察なら、復元できるかも知れない、何か証拠が書かれているかも知れないという淡い期待があった。


 続いて僕は山野さんを観察し始めた。

 桂崎美由紀がここで働いていたとすれば、業務を山野さんが引き継いでいるはずだ。

 この仕事の前は、夫婦でホームレスだった山野さん。今はこの倉庫前にある平屋の家に住み込みで働いている。

 六原さんから得た情報では、山野さんはこの仕事を始めてから激痩せしたらしい。

 違法な物を運ばされていると知ったからだろうか。

 山野さんを見ていると、多分、それがわかったとしても、沈黙を貫くと思われた。それどころか、岸本、安川社長側に立つ事を選んだのではないか。

 山野さんが奥さんを気遣う場面に何度か出くわした。

 奥さんは心臓に持病がある。

 また仕事を失ったり、住むところが無くなっては困るから、この仕事が続く為に行動するだろう。

 山野さんは頼れない。


 この会社に、桂崎美由紀の痕跡は皆無だった。

 誰に聞けば、前任者が桂崎美由紀だったとわかるのか考えたところ、配達先の高層ビルの守衛さんに聞く事にした。

 山野さんが高層階へ配達に行ったのを見計らって聞きに行った。

「すみません。僕は安川物流の配達員なんですが、ちょっとお聞きしたい事がありまして」

 怪しまれないように精一杯、笑顔を作った。

「はあ、何でしょう」

 70代くらいの、人の良さそうな守衛さんは守衛室の窓から身を乗り出した。

「あそこにいつも花が供えてありますよね。ここで4年前に自殺した方に向けたのもか、わかりますか?」

「ええ、そうですよ。今だにお子さん達が弔いに来るんです」

「その、自殺した方がウチの配達員だったって噂で聞きましたが、本当ですか?誰もはっきり教えてくれないんですよ」

「……そりゃあ、言いにくいんでしょうねえ。確かにお宅の配達員さんでしたよ。今のあの、年配の方には言ったんですがね。会社が黙ってたのか、知らなかったって、えらく驚いてましたよ」

「その方は桂崎美由紀さんですよね?」

「そうですね、桂崎さんというお名前でしたよ。私が第一発見者でしたからね。間違いないですよ」

 守衛さんは頷きながら教えてくれた。

 現在、このビルへの配達は、夕方から夜の時間を任されているけれど、当時は昼間の時間帯が担当だった。

 桂崎美由紀はこのビルの荷物を全て配達し終えた後に亡くなった。

 当日は、屋上の点検日で、施錠されていたドアが、作業員の為に開いていた。

 そこから屋上に入って隠れ、作業員がいなくなるのを、睡眠薬を飲みながら待っていたらしい。

 ビルに配達に来た時は、そんな素振りは無く、守衛さんは今でも不思議に思っているそうだ。

 一体、岸本はどんな手を使ったのか。

 僕はお礼を言って、用意していた花を一輪、その場所に手向けて冥福を祈った。



 車に戻るとまだ山野さんは帰っていなかった。

 一瞬、迷ったけれど、運転席側へ座るとエンジンをかけ、カーナビの目的地履歴の住所を出してスマホで撮影し、エンジンを切った。

 履歴が残っていて良かった。

 この車にはドライブレコーダーが付いていて、エンジンをかけると自動的に録画を開始する。これもスマホと連携出来るタイプだから、常時監視されていたら僕の行動は見咎められるだろう。

 今日は金曜だから、明日の土日はバイトが無い。

 ナビの目的地に行ってみるつもりだった。


 配達の仕事は土日が忙しいのに、バイトに入れと言われないのは何故だろうと疑問に思った事がある。

 だいぶ前に、それを山野さんに聞いてみた。

「いやいや、土日は荷物が少ないから、やる事は無いよ。遠くに配達へ行く事はあるんだが。まあ、小さい荷物がポツポツ程度だからな。一人で出来る」

 遠くへの小さい荷物の配達。

 その時は何とも思わなかったけれど、今は空き家への銃器の配達なのかと思ってしまう。

 山野さんは、自分が方向音痴で、カーナビがないとこの仕事は出来ないと言っていた。

 安川社長からは、履歴をすぐに消すように言われているみたいだけれど、いつもやり方を忘れてしまうから面倒だと言っていた。

 面倒と思ってもらって助かった。


 帰宅して自転車を仕舞おうとしていると、どこからともなく一人の人間がやって来た。

「こんばんは」

 一見、サラリーマンかと思ったその人は、和也が話したという、岡村という刑事だった。

「ちょっといいかな」

 和也が言っていた通り、優しそうで話しやすそうな雰囲気の人だった。この蒸し暑いのに涼しげな顔をしている。

 30代にも40代にも見えた。

 僕は身構えた。

「あ、今は仕事で来てるんじゃないから、警察署へ行こうなんて言わないよ。でも、名刺は渡しておこう」

 僕の警戒が伝わったのか、岡村刑事は爽やかに否定した。

「何の用ですか」

「君に聞きたい事、言いたい事が沢山あるんだけど、要するに、僕は君を助けてあげられると言いに来た」

「助ける?」

 いきなり変な事を言う人だ。

「そう」

 岡村刑事は大きく頷いた。

「多分、君が明らかにしたい事は、僕も明らかにしたいと思っている。ハッキリ言って僕は信用出来る大人だよ。いつでも相談に来てもらって構わない」

 真顔で言うので呆気に取られた。

「言ってる意味がわかりません」

「そうかな。僕は4月にこちらに来たから、未解決事件は聞くのが遅くなってしまったけど、今年に入って、ウチの職員が、沢田弓子さんから君の話を何度か聞いているそうだよ。それに、この前、井上和也くんが来てくれた時、君、帰りに待ち合わせていたよね。ブツの受取人と間違えた刑事が教えてくれたよ。あ、その時は本当に申し訳なかった。でもね、面白い組み合わせだと僕は思った。それに、井上くんのお母さんの事件、君も個別に調べているじゃないか。田村商店のお婆さんが話してくれたよ」

「それは、和也くんに相談されたからです」

「和也くんが相談したのはお姉さんが家出をしたからだね。君はそうなる前に、田村商店へ行っている」

 何でもお見通し、か。

 僕は抵抗するのを諦めた。

 岡村刑事の口調が軽いので、不快感はなかった。

「……わかりました。それじゃ早速、相談にのってくれませんか」

 僕はノートを破ると、以前、スマホにメモした車のナンバーの一部を書いて岡村刑事へ渡した。

 僕がスタンガン男に襲われた時、六原さんが覚えていてくれたものだ。

「これは?」

「この事件に関係ある車です。誰の車なのか、僕にも教えてもらえませんか。教えてもらえたら、2、3日後には必ず岡村さんのところへ行きます」

「わかった。連絡するよ」

「それと」と、僕は前に取っておいたシュレッダーゴミを入れた袋も渡した。

「これも、何か参考になるかも知れません」

「出どころは教えてもらえるのかな?」

「安川物流です」

 岡村刑事は了解したと言って、そのまま普通に帰って行った。

 あの刑事は信用出来るかも知れない。

 僕の感覚がそう言っていた。











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