第48話 マウントされても

 ――翌日。


 昴成の励ましのおかげか、精神的にはかなり落ち着いた。まだ体調の悪さは残っているが、朝、夕と病院の敷地内を散歩できるほどには回復していた。

 傾いた太陽の光を浴びながらゆっくりと芝生を歩いていた永慈は、病院の正面玄関近くで明依と穂乃羽にばったり出会った。

 娘たちの他にも、ECEの先輩である静希、後輩の晶翔、それから利羌の取り巻きだった博也の姿もある。

 さらには、永慈のまったく予想していなかった人物もいた。


「さすがに少々やつれたようだね。三阪永慈」


 細目をさらに糸のようにしながら、いつもの口調で重政利羌が話しかけてきた。

 なぜ彼が一緒なのか――怪訝の感情が永慈の顔に出る。

 晶翔や静希は利羌から目をそばめていた。明依と穂乃羽もやはり彼と目を合わせない。一方の利羌はむしろ、この状況を楽しむように口角を上げていた。

 ただの見舞いではない。

 直感した永慈は、すぐ近くにある東屋へ皆を案内した。


「さすが大病院の遊歩道だね。美しい」

 利羌が言う。彼の機嫌の良さが理解できず、永慈は警戒心を露わに尋ねた。

「今日は珍しい組み合わせだ。一体、何をしに来た。単なる見舞いというわけじゃないだろ」

 ぴり、と空気が張る。晶翔と博也はおろおろと落ち着きなく辺りを見回し、静希は腕を組んだまま額に汗をかいている。対照的に、明依と穂乃羽は静かに目を閉じ成り行きに任せていた。


「三阪永慈。今日は君にとって素晴らしい話を持ってきた」

 利羌が演説を始める。

「なにしろ、君は何もしなくていい。ただ病人らしく、我々の成功を病室で祈っているだけで良いのだから。そう、大病を患った君を、ここに集ったメンバーで救ってあげようという話なのだよ」

「救う?」

「そうとも。いくら君でもニュースで聞いたことくらいはあるだろう。山穏神社でカテゴリー2の腐界が発生したことを。僕はね、独自のルートで神社の周辺に新しくエリュシオンが生まれたことをつかんだ。そこに、まだ誰も見たことのない素晴らしい力を秘めたマテリアルが眠ることもね」

 やはりあの連中は利羌の関係者か――永慈は思った。

「そのひとつに、あらゆる病気を治す魔術の元となる素材も含まれているんだ。これを手に入れれば、三阪永慈、今の君の辛い症状を劇的に改善することができるだろう。このアイディアにECEの有志が賛同し集ってくれた。それがここにいるメンバーというわけさ」

 利羌の笑みの質が、どろりと変わる。

「皆、君をずいぶんと慕っている。羨ましいことだね」

「それをわざわざ言いに来てくれたのか?」

「重要な任務に赴く勇者たちを見送るのは、救われる者の義務だよ」

「なるほど」


 理解した。この男は徹底的に永慈に対しマウントを取りたいのだ。永慈派の人間が利羌に付いたという姿を――たとえ個々の目的は違っても――見せつけるために、わざわざ付いてきたのだ。

 もしかしたら、永慈が予想外に早く借金を返済したのが気に入らなかったのかもしれない。

(くそったれ)


「重政。せっかくだが、そこまでしてもらう必要はない。あんたの高尚な行動に明依たちを巻き込まないでくれ」

「いえ、永慈さん。いいのです。これは私たちが望んだことでもありますから」

 口を挟んできたのは、意外にも穂乃羽だった。

 瞠目どうもくする永慈をちらりと見て、彼女は利羌に言った。

「重政さん。後は私たちの方で話をしておきます。先に車に戻っていてください」

「ああ、そうさせてもらおう。だが、できるだけ急いでくれたまえよ。くふふ」

 美貌の令嬢の反応にこの上なく満足した様子で、利羌は東屋を離れた。彼は肩を震わせていた。笑いが堪え切れないのだ。


 利羌の姿が植木の向こうに消えて見えなくなってから、まず晶翔が大きな大きなため息をついた。

「あー……ヤバかった。カンベンしてくださいよ、あの空気」

「うむ……」

「ま、まあ皆。今回のミッションが終わるまでの辛抱だから……」

 静希、博也の男性陣が言葉を継ぐ。


 永慈は女性陣を見た。

「穂乃羽ちゃん。これは一体どういうことだい?」

「すみません。勝手に話を進めてしまって」

 まず穂乃羽は頭を下げた。永慈は責めるつもりはないが、不安は募っていた。穂乃羽も明依も、横顔に決意の程がありありと滲んでいる。


「実は以前より、あの人から『一緒にエリュシオンへ行こう』と誘われていたのです。最初はお断りしていたのですが、穂垣博也さんから彼らの内実をうかがう内に、永慈さんのためにはこうするのがよいと思い、皆で話し合って決めたのです」

 明依も口を開く。

「悔しいけど、アイツのネットワークは本物っぽいわ。永慈君の症状を改善する魔術と、その元となるマテリアルの存在も信憑性がある。もちろん、あの男に裏の目的がある可能性も十分にあるけど、ここは敢えて話に乗ることにした。ただ私たちだけでは危険だから、信頼できる人間にも協力を仰ぐことにしたの。それで集まってくれたのが常友君と新良貴先輩、それと穂垣君だった」

 明依の言葉に静希は深くうなずき、晶翔は握り拳を作った。

「おっさん先輩のピンチを救えるだけじゃなく、未開のエリュシオンを探検できると聞けば、そりゃあ行かない手はないッスよ!」


「駄目だ。行くな」

 永慈は強い語調で告げた。


 脳裏に蘇るのは巨大モンスター、アンノウンの猛攻。歴戦の戦士たちですら手こずった敵と、いや、場合によってはそれ以上の強敵と戦わなければならない可能性があるのに、大事な娘と友人たちを行かせるわけにはいかない。


 穂乃羽は永慈の反発をあらかじめ予想していたようだった。

「ミツルギの皆さんにも、この件を話して協力を依頼し、承諾を受けています」

「なんだって」

「本当です。もちろん深追いはしません。先生からもそう言われていますし。上手く私たちが目的の物を手に入れられればそれでよし。できなくても、手がかりは得られると思うのです。の」

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