第21話 ECE

 至誠館中央高校は市内でも先進的で、施設が整っている学校なので、魔術講師のための準備室にも十分なスペースが割り当てられている。

 室内には様々なマテリアル模型や外国語の書物が整然と並べられている。これだけでも壮観だが、加えて部屋の主が美貌の女魔術師とくれば、校内でも一際ひときわ注目を集める場所となっても不思議ではない。


 だが――注目されることと、人が集まることはイコールではないらしい。


 呼び出しに応じた永慈たちと紫姫以外には、室内に生徒の姿はなかった。

 みんな憧れてはいるが何となく近寄りがたいのだ、と道すがら明依が話していたことを思い出す。


「厄介なことになりましたね、永さん」

 出迎えるなり、柳眉を下げて紫姫は言った。

 彼女は和服姿であった。いわゆる付下げ、黒地と裾に小さな花柄があしらわれたシンプルなデザインの着物である。聞けば、校内では敢えてこの格好を貫いているらしい。

「重政利羌。私も以前、色々と言われたことがあったわ。親族経営してる会社に入れとか。まあ、妻になれ、愛人になれと言われるよりマシでしょうけど」

「あ、もしかして先生。またんですね!?」

 明依が気付いて目の色を変えた。一方の紫姫は目を伏せる。

「ごめんなさいね。もう少し早く放送を入れたかったのだけど、ここからだとどうしてもタイムラグが起きてしまって」

「ぐ……」

 紫姫に文句を言うのは筋違いだろうと思ったのか、明依が黙る。


 皆が手近な椅子に座る。永慈は用件を尋ねた。

「改めて、校内でのサポート内容について話をしておきたいと思ったの」

 紫姫が言う。

「永さん、ECEってご存知ですか?」

「知ってるよ。至誠館中央のは市内でも有名だから。エリュシオン探索部だろ」

「はい。Exploration Club of Elysium。略してECE。その名の通り、部活動としてエリュシオンに入り、そこで様々な技術や知識を学ぶことを活動内容としています。我が校でも一、二を争う人気の部です。永さんにはECEに入部して、部内の状況を報告してもらいたいのです」

「具体的には?」

「生徒たちが身につける装備のチェックをお願いします。エリュシオンに入るといっても、あくまで部活動。使用できる入口も装備も決められています。モンスターとの交戦も限定的ですから、永さんが見れば、装備が適正かはすぐにわかるかと。ちょっと気になることがあって」

「父から聞いたことがあります」

 穂乃羽が言葉を添える。

「最近、出所不明なマテリアル製品が市内の学校や業界団体に広がっていると。まだ公にはされていないそうですが」

「その通り。……それにしても穂乃羽さん。あなた、お父様と仲が良いのは結構だけれど、内部情報を漏らしすぎなのでは?」

「父は悪くありませんわ。私が盗み聞きしただけですもの」

 にっこりと笑う。お前の娘はたくましく育っているなと、永慈は心の中で親友に白眼はくがんを向けた。


 紫姫が表情を引き締める。

「不釣り合いな装備は慢心を招く。慢心を抱えたままモンスターと戦えば生命に直結するわ。それだけじゃない。マテリアルは使い方を誤れば、こちらの世界にも悪影響を及ぼす。腐界という形でね。私は、表の顔でも裏の顔でも、そういった事態を防ぎたいと思っているの。だから協力して欲しい」

 永慈はうなずいた。紫姫は明依たちにも視線を巡らせた。

「あなたたちもお願いね。今の永さんは誰かと一緒の方が良いと思うから。特に明依さん。あなたは正式な部員ではないけれど、ECEの活動を手伝ってきた経緯がある。期待してるわ」


 明依の爪先が落ち着きなく床を叩く。

「けど、ECEって校内一お金がかかる部活ですよね。装備の管理費、お風呂なんかの施設費に、交通費。私が部員にならなかったのは、部費が高額すぎて払えなかったせいもあるんですが」

「でも月一万程度でしょう?」

「十ッ分、高いです! ウチの毎月の食費をご存知ですか!?」

「明依、明依。それ以上はやめなさい。さすがに俺も恥ずかしい」

 金銭感覚の違いを痛感しながら、永慈は提案した。

「紫姫さん。俺への報酬を部費に回して下さい。明依たちの分も」

「永さんがそうおっしゃるなら」

「明依。ECE、続けてみたかったんじゃないのか? 俺の仕事は気にしなくていいから、お前はお前で楽しめ。せっかくの機会だ。そうしてくれた方が俺も嬉しい」

「……お父さんが、そう言うなら」

 不承不承といった口調ながら、わずかに嬉しそうに頬を緩める明依。隣では穂乃羽がクスクスと笑っていた。

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