ルーニア・エンジェリィ


 ルーニアさんは語った。

その後、子孫へと掛けられた呪いの影響は徐々に大きくなっていき、その命を断絶させるまでに肥大化したと。


 肥大化した呪いは魔族の一存で命が奪えるようになり、本人の生命力や魔法抵抗力で多少の誤差はあるものの、そう長くは抗えないらしい。

そうして魔族に脅威的だと判定を受けた子孫は命を刈り取られて行き、徐々にその数を減らしていったのだとか。


 リリーちゃんはそんな脅威判定から逃れた唯一の家系で、この世にグランくんの血を引いている子孫はもう彼女しか残っていないらしい。

彼女の両親も既に呪いによって命を落としている。


 なるほど、色々と辻褄があったよ。


 だけど気になる事が一つ。

なぜただのシスターであるルーニアさんがこのような事を知っていたのかだ。


 そしてその答えは彼女本人の口から語られた。


「英霊様は最初からお気づきでしたでしょうが、このような事情に詳しいのは私が魔族だからなのです。私はリリーの先代、先々代の子孫の頃からずっと監視役を続けておりました。その子孫の呪いの進行度を、そして脅威度を測り報告するのが私の役────、ぐぅ!?」

「ふざけるな」


 そこまで聞いた僕は反射的に彼女に魔力を叩きつけていた。

だめだ、ここで彼女を殺してしまってはダメだ。


 彼女が本当に悪意をもって接していたなら、こんな事を喋る必要なんてなかったんだ。

何か、まだ何かある。

早まるな僕。


 だけどそんな意志と裏腹に、僕の魔力は溢れ出ていく。


「テンイさん、気持ちは分かりますが暴力はだめです! くらえ愛と正義のノイズパニッシャー!!!」

「あばばばばばばば!?」


 しかしそこで割り込む安奈ちゃんの正義の鉄槌。

おかげで僕は再度冷静さを取り戻し、感情を抑える事ができるようになった。


「……ごめん、安奈さん、ルーニアさん。どうにもこの話は僕にとって刺激が強すぎるみたいだ」

「テンイさんは早とちりし過ぎなのですよ。あとでお仕置きですからね!」


 やっぱり安奈さんには敵わないや。

こんな時でもいつもの調子なんだから。


「いえ、いいのです。既にこの身が裁かれるのは覚悟の上です。ですが伝えておかなければならない事がまだあります。……リリーの今後のためにも、どうかご容赦を」

「……どうして、ルーニアさんはそこまでリリーちゃんの事を?」

「どうして、ですか。有り体に言ってしまえば、それは私がリリーの両親に救われたからです」


 救われた?

どういう事なのだろうか。


「先ほど私が魔族だと言いましたが、それは実際のところ半分嘘で、半分正解なのです。私の種族は半魔族、人間と魔族のハーフになります」


 それから彼女は語った。

自分が人間の世界で穢れた存在として排斥された事、そしてその後魔族の世界で受け入れられるも、その実奴隷として支配され続けた事。


 人間に紛れる事がより容易く、そしてつ死んでも良い魔族の手駒として報告の義務を背負った事。

そうしなければならなかった事を語った。


 そして何度も英雄の子孫を殺し、その血を絶やしてきた事を。


 しかしそれでも彼女は救われなかった。

どんなに仕事を成功させても、しょせん奴隷は奴隷、未来など最初から無かったのだ。


「どうせ救いが無いならばと、私はこの生を終わらせようとしました。これ以上人間を裏切っても私の居場所が無いのを理解していたからです。ですがそんな時です、私は次のターゲットであるリリーの両親と出会いました」


 ルーニアさんが任務を放棄し、これから死ぬつもりでふらふらと彷徨っていた時、リリーちゃんの両親は言った。

居場所がないならば、私達のもとへと来ないかと。


 何より、そんな申し訳なさそうな顔でうろうろされてたら、気になって仕方ないと。


「理由は分かりませんが、彼女たちは既に私の正体に気付いていました。それなのに、そう言ってくれたのです。それだけで、それだけの言葉でどれだけ私が救われたでしょうか……。どこにも居場所がなかった私に、いままで酷い事をしてきた私に、彼女たちは居場所を与えたのです……!」


 リリーちゃんの両親は言った。

英雄グランの血が流れているとはいえ、どうせ自分たちには戦う力などなく既に脅威にはならない。

そうであるならば魔族も自分達を執拗に殺そうとはしないだろうと。


「正論でした。魔族はあくまでも脅威を排除するために呪いをかけたのであって、そうなるであろう力が失われた末端の子孫にまで目を向けてはいない。そう思ったのです」 


 それからしばらく、ルーニアさんは彼女達と幸せに暮らした。

もう英雄の血を貶め人間を裏切る事もない、魔族の奴隷になることもない、居場所のある幸せな時間を。


 ルーニアさんはこの幸せを神に感謝した。

救ってくれてありがとうと、人間として生きる機会をくれてありがとうと。

この頃から彼女は教会で祈りを捧げるようになる。


 だけどそんな幸せな日々にも終わりが来る。

十数年の月日が流れリリーちゃんが生まれてしばらく、ついに恐れていた事が起こった。


 ターゲットとなった両親の報告を受けるため、魔族が現れたのだ。


 当然ルーニアさんは彼女達が死なないよう、都合の良い報告をした。

曰く、この者達は既に力がない。

曰く、もはや自分達が英雄の子孫である事も忘れた、牙の抜かれた者共だ。

などなど、その他報告は多岐に渡る。


 報告に魔族は満足した、これでもはや自分達の脅威になる者は居ないと。

だけど同時に、今まで報告をしに来なかったのは何故だと、ルーニアさんに問いかけた。


 ルーニアさんは取り繕って色々答えたそうだけど、魔族は納得しない。

怠慢は赦されない、まさか篭絡されたのではあるまいなと、疑いをかけられた。


 その見せしめとして魔族はリリーちゃんの両親を殺すと言い出したのだ。

当然、半魔族であるルーニアさんには抗う術がなく、目の前で大切な人達を殺されてしまうことになった。


 彼女は絶望した。

自分の居場所がなくなったからというだけではない。


 自分を救ってくれた人たちを見殺しにするしかなかった己の愚かさに、情けなさに、無力さに絶望したのだ。


 だけど不幸中の幸いというべきだろうか、ほんの少しだけ奇跡が起きていた。


そう、その時遊びに行っていて、その場に居なかったリリーちゃんだけは魔族に目撃されずに済んでいたのだ。


 呪いがあるから安心はできない。

しかし唯一、彼女の命だけは助かったのだ。


 その奇跡を目撃した瞬間、ルーニアさんは涙し覚悟した。

この子だけは何があっても守ろうと、自分の何に変えても守って見せると強く思ったのだ。


 それから毎晩、リリーちゃんのお世話をしながらも彼女は礼拝堂で祈りを捧げる事となる。


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