父の願い


 あの手この手を尽くし、高瀬安奈さんとの交渉を終えた時には、既に鋼鉄の巨人とプレイヤー達の戦いも終盤に差し掛かっていた。


 というより、プレイヤー側はもうほとんど壊滅に近い状態だ。


 ほぼすべての者が気絶効果を付与された攻撃により地に這いつくばり、戦闘から離脱している。

今この場に立っているのは、クドウさんとそのハーレムメンバー、そして僕ぐらいなものだ。


 しかしそれと同時にボスモンスターの体力ゲージもかなり削れてきており、うまく行けば倒せない事もないくらいの状況と言っていいだろう。


 故に僕はこのゲームをクリアするための最後の演出に取り掛かるべく、リーダー格である剣士、クドウさんに提案を持ち掛けた。


「そろそろ決めないとマズいね」

「ああ……。既にこちらのチームは半壊している、これ以上長引かせるのは無理だ。テンイも俺も、出すしかないだろうな、……奥の手って奴を」

「それじゃあ一か八か、やってみる?」

「上等だ」


 そう言った彼は両手剣を背中に背負い、構え直した。

どうやら大技を繰り出すつもりらしい。


「ねぇちょっと、奥の手って?というか、そんな悠長に構えてる場合じゃないわよクドウ!隙だらけじゃない!」

「まあ見ておけってユウ。テンイ、援護の方は頼んだぞ」

「ああ、任せてくれ」

「話を聞けぇ!」


 彼のハーレムメンバーが何やら痺れを切らしているが、僕はこの方法なら巨人の体力ゲージを削り切れると判断していた。


 今クドウさんがやろうとしているのは、特殊な条件を満たした剣士にしか発現しない奥義スキル、チャージカウンター。


 力を貯める時間が長ければ長い程、一撃の威力がとんでもなく上昇する対モンスター用の必殺剣技だ。

確かにこれが成功すれば、あの巨人の体力ゲージはそこそこ削れるだろう。


 だが、それでもそこそこだ。

最後の決め手とするには一歩足りない。


 故に僕は奥の手と称したオリジナル補助魔法、魔力の塊を武器に纏わせ攻撃力を飛躍的に上昇させる裏技チートを繰り出す。


 よく同じ狩場で遭遇していたことから彼にバレてしまった、僕自身の魔力による不正攻撃だ。


「オォォオオオオオ……」

「くるぞ、テンイ!あれ使え!」

「分かってる!オーラブレイク!!」


 クドウさんの掛け声に合わせて、このゲームには無い適当な魔法コマンドを叫んだ僕は、魔力を全力で解放し彼の剣に纏わりつかせた。

これで反撃のダメージ量はモンスターの体力ゲージを削り切る事に成功するはずだ。


 というか、おそらくオーバーキルだと思う。


「っしゃぁ来たあ!くらえ木偶の坊、チャージカウンタァアアア!!」


 全力で放った彼の必殺剣はボスモンスターにしっかりと命中し、その体力を物凄い勢いで削っていき、最後にはその体力ゲージをゼロに変えた。


 これで目出度く討伐完了、もといゲームクリアだ。


 すると今まで静観していた純白の女神アバター、高瀬安奈さんが打ち合わせ通りに動き出した。



──☆☆☆──



 目が覚めた。

VRマシンを取り外し、辺りを見回してみるとここは病院のベットの上らしい。


 想定通りだ。


『えー、こちらテンイです。高瀬亮さん、娘さんとの挨拶は済みましたか?』

『……君か。安奈との話し合いならつい今しがた終わらせた所だよ。こうして最後に本物の娘と話す機会を設けてくれた事、本当に感謝の念に堪えない』


 目覚めると同時に、召喚主である高瀬亮さんにテレパシーを送り確認を取る。

雰囲気から察するに、どうやら作戦の方は上手く行ったらしい。


 今回の作戦はズバリ、この世界で心を持つAIが異物と見做されるのであれば、別の世界──主に神様が運営する天空城へと転送してしまえば良いのではないか、という作戦だ。


 この方法であれば、クロードさんが僕に魔法銀の指輪をくれた時のように、彼女を無事にあの零細企業へと送り届ける事ができるはず。


 その事に気付いた僕はまず高瀬安奈さんを説得し、次いでテレパシーで現実世界の高瀬亮さんを説得したという訳だ。


 VR世界で外と通信できるかは賭けだったけど、うまく魔法チートが成功して良かった。


『それでは約束通りAI……、いえ、高瀬安奈さんを僕に譲渡するという事で宜しいでしょうか』

『ああ、是非そうしてくれ。このような事態に発展させてしまった私にはもう、あの子の父親を名乗る資格などない。だから安奈が壊される前に君の世界、神の御許へと連れて行ってやってくれ』


 そう話す彼の声は少し震えていた。


 自分の至らなさが原因で娘を暴走AIと見做してしまい、今回の事件に発展させてしまった彼の心中は如何程だろうか。

僕にその感情を推し量ることなど、到底できそうもない。


 しかし、これだけははっきりと言える。

なぜなら偉大なる開発者、高瀬亮の本当の願いは、娘を模したAIを破壊する事などではなかったのだから。


『いえ、高瀬さん。あなたは彼女の父親ですよ、紛れもなく』

『…………だが』

『だが、ではないです。父親なんですよ。娘さんは僕との交渉の末、最後に言ってましたよ……「助けてくれてありがとう、お父さん」って』


 そう、彼が本当にAIの破壊だけを望んでいたのであれば、その願いを叶えなくてはいけない僕が、ここまでの行動を取る事は出来なかった。


 しかし、心の片隅に残っていた彼の願望は、AIに魂を移植させるまでに至った彼の執念は、常に娘を助けたいと叫んでいたのだ。


 その父としての執念がお願いタブレットにまで彼の想いを反映させ、僕を召喚するまでに至った。


 だからこそ、本当の意味で彼女を救ったのは、他ならぬ彼の、高瀬安奈の父としての力だったのだ。


『……ありがとう、テンイ君。……娘を、安奈を頼む』

『ええ、頼まれました』


 こうして僕の2回目の仕事は終わり、薄れゆく意識と共にこの世界から退場していくのであった。


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