心を持ったAI


 天才開発者である高瀬亮たかせりょうの自宅、その近くのコンビニに転移した僕は、目的地である彼の家へと訪問した。


 しかし何度チャイムを鳴らしても彼が出て来る事は無く、返事も無い。


 家の中の魔力を感知してみれば、二階の角部屋に人の魔力が感知できたので、どうやら彼はこちらに気付いていながらも居留守を決め込むつもりのようだった。


 困ったな、これでは話が進まない。

恐らくAI暴走の件についての対応が追い付かず、色々と構っている余裕がないのだろう。


 だが、かといって此処で僕が諦める訳にもいかないので、強硬手段に出る事にする。

少し強引だが、さっそく僕の切り札──魔法を使おうと思う。


 ──そして30分後。

僕はなんとか彼の自宅に上がり込み、話し合いの機会を持つことに成功したのだった。


「……それで、君は私の願いに応え現れた神の使者、だと言うのだね?……にわかには信じがたいな」

「いえ、違います。ただの派遣業務員です。ですがこうして事情の知っている僕がこの世界には無い技術、魔法を使って見せた以上、信じていただく他ありません」


 僕が使った魔法は『テレパシー』。

割と理論が簡単であり消費魔力も少ないため、師匠であるクロードさんと共に最初の方に作った妄想魔法の一つだ。


 遠くから意思疎通が図れる人物、またはそれに応じた対象に魔力を飛ばし、交信を図る技術的には初歩的な魔法である。


 少しでも魔法的な耐性を持つ相手ならば、このテレパシーを拒否する事も容易ではあるのだけれども、この世界にそういった技術は存在していない。

故に僕は難なく高瀬さんと交流を持つ事に成功し、またこの技術を披露することである意味での信頼を勝ち得たのだ。


「ふむ。……確かに、君の言う通りではある。実際に君が悪魔であろうと、神の使者であろうと、まずあり得ないがただの派遣業務員であろうと、私になりふり構っている余裕など無い。ここは無理に詮索し疑うよりも、未知の力を持った協力者を得る方が利になるだろう」


 どうやら納得はしていなものの、やはり一旦は僕を信頼し話を前に進めてくれるようだ。

さすがお願いタブレットにも天才と表記されている程の人物だ、順応性が半端じゃないよ。


 僕が同じ立場だったらパニックになって、騒ぎ立てている自信がある。


 ちなみに今回暴走したAIである高瀬安奈たかせあんなさんは、一ヶ月前に死んでしまった彼の娘さんの意識、彼が言うには思考のアルゴリズムを複製した事で生まれた存在らしい。


 なぜそんな事をしたのかとか、よく思考の複製なんかできたなあとか、色々思う所はあるが、重要なのはこのAIが暴走してしまったという現状である。


 そして僕は気づいていた、この娘さんの意識を複製してしまった事で生まれたAIの暴走が、単なる暴走では無いという事に。


 なぜならそう、神様はこう言ったからである。

『武藤くんの習得した魔法体系はVR空間でも問題なく使える』、と。


 元々魔法というのは魂を起因として、もっといえば現象をイメージできる、心ある者にしか使えない人だけの技術なのだ。


 だからこそ魔力を持つという意味でも、魔法を使うという意味でも、それが現実に似せたVRとはいえゲーム内で魔法を使うなど普通は不可能。


 だがその法則を覆してVR空間でも魔法が使えるとなると、答えは一つしかない。

その空間そのものに、魂が宿ったという事に他ならないのだ。


 それが娘さんの魂なのか、はたまた別の何かなのかは分からないが、今回の件はAIの暴走などではなく、既に天才開発者である高瀬亮の手元を離れた、一人の人間という事に他ならない。


 ある意味、偶然とはいえ科学によって魂の領域に踏み込んだこの開発者は、本当の意味で天才なのだろう。


「では先ほど話した通り、僕はこのAIの無力化、またはゲームのクリアによりデスゲームを終了させれば宜しいんですね?」


 この30分間で話した内容の再確認をし、彼に問う。


「ああ、よろしく頼む。例え事故とはいえ、デスゲームとして命をもて遊ぶなど到底許されるべきではない。どれもこれも、私が娘の死を受け入れられずに、その寂しさを紛らわすために起こした身勝手から始まったのだから。その責任は開発者として、被害者を解放後にAIの破壊という形で取らせてもらう」


 そう語る高瀬さんではあるが、彼はまだAIに心が宿っているという事に気付いていないのだろう。

気付いてしまえばきっと、彼は自分の娘を止められなくなる。


 なのでそうなる前に僕が問題を解決し、彼の娘である高瀬安奈さんを説得しなければならないだろう。

僕を召喚した彼の本心、そのお願いのためにも。


 そう、この問題は一見AIを止める開発者のお願いのようでいて、実は娘を持った父親としての側面もあったのだ。


「まあ、出来る限りの事はやってみますよ」


 そして二日後、僕専用のフルダイブマシンを用意してくれた高瀬亮さんが見守る中、仮想現実の空間へと旅立っていったのであった。


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