戻ってきた日常


 ────数年後。


 現在、僕はクロードさんとの最後の別れを迎えようとしていた。

かつて本人が語っていたように、人間としての寿命が訪れようとしていたのだ。


 横たわるクロードさんは僕の手を握り、何かを言う。


「テンイよ」

「なんですか、クロードさん」

「家族として過ごせて、良かった」


 もう何度目かになる、お礼の言葉だ。


「僕もですよ、クロードさん」

「弟子がお前さんで、良かった」

「僕も師匠がクロードさんで、良かったです」


 そしてその言葉はだんだんと小さくなりながらも、途切れることは無い。


「だがテンイよ、お前さんはまだまだ未熟じゃ。修行もまだ途中、経験も足りない、何もかもがこれからじゃ。……だからどうか、どこかで見ている神よ、ワシの願いを聞き届けて下さった神よ、この老骨の最後の願いを聞いて下さらぬか」


 ああ、ダメだ。

その先を言っちゃダメだ。


 それを言ってしまえば、今度こそ本当にお別れになってしまう。


 だけど僕はとめどなく流れる自分の涙を拭う事もできずに、俯き、嗚咽を漏らすことしかできなかった。


「……ああ、神よ、聞き届けて下され。どうかテンイを『宜しくお願いします』」

「…………」


 そう言った瞬間、クロードさんは何かを悟ったのか優しい笑みを浮かべ、そして徐々に握った手から力が抜け落ちていった。


 いや、分かっている。

きっとこう聞こえたのだろう。


 ────『その願い、叶えよう』、と。



──☆☆☆──



 気づけば僕は、神様との面接で使用したオフィスに戻っていた。

窓の外から見えるのは夕焼け、時計は午後6時を指している。

 

 ……そうか、僕は元の世界に戻って来たのか。


「おや、おかえり武藤天伊くん。初仕事ごくろうさま」

「ええ、ただいま戻りました、神様」


 日本へと帰還したことに安堵すると同時に、最後のクロードさんとの別れが脳裏に染みつき離れない。

それほどに、僕にとってあの初仕事は大事なものだったのだろう。


「いやいや、でも此処からずっと見ていたけどね?武藤くんこの仕事の才能あるよ、今回だって大成功といっていい結果だった。これは報酬もサービスしないといけないね。所謂ボーナスといったやつさ」

「は、はぁ……。それはどうも」


 きっと神様は僕の事を案じて軽口を叩いてくれているのだろうけど、正直いまはそっとしておいて欲しい。

僕のメンタルは、そう強くはないのだ。


「そうだね、まあとりあえず今日は帰りなよ。仕事として不自然じゃないように、向こうの世界に行って帰って来た時には、必ず午後6時になるように設定してあるからさ」

「お気遣いありがとうございます。あ、あと報酬の件なのですが、実は今回の召喚主であったクロードさんから指輪を貰ったのですけど……」


 そう言ってチラリと指を見ると、やはり消える事なくあの魔法銀の指輪が僕の指に収まっていた。

他のアイテムや服装は全て元に戻っていたので、これだけがこの世界に持ち込まれているようだ。


「それは君があのお爺さんから受け取った、正当な報酬だからね。もちろん君の自由にしていいよ。服やその他装備なんかは現地に置いてこさせたけど、君もそれで問題ないでしょ?」

「ええ、十分です。ありがとうございます」


 そういって深く頭を下げお礼を言うと、神様は軽快に笑い出したのだった。



──☆☆☆──



「ただいまー」

「おかえりお兄ちゃん!面接どうだった!?」


 僕が家に帰ると、既に帰宅していた妹のサヤが元気に走り出してきた。

もう高校生にもなったっていうのに、落ち着きがないのはどうかと思う。


「うん、まあたぶん採用じゃないかな。その自信はあるよ」

「うっそーっ!?何の取り柄もないお兄ちゃんが自信満々!?天変地異の前触れ!?」

「こら、なんだその態度は。兄に対して失礼だろう」


 なんというか、まあその通りなんだけど、実際に言われると色々と悲しい。

ただ行き成り採用されましたという訳にもいかないので、少しだけ濁す必要があったのだ。


 だって行き成り採用とか、ブラック企業待ったなしだもんね、普通。

僕も神様が相手じゃなかったら、少し悩むレベルだ。


「でもお兄ちゃん少し雰囲気が変わったね?」

「ん?いや、そんなはずは……」


 あれ、おかしいな。

向こうで何年過ごしても、日本に戻ってくる時には元の年齢に戻っているハズなのに。


「ん~。なんというか、頼もしくなったというか、オーラが違う?みたいな?少しだけ大きくなった感じがするかも」


 そういって妹は僕の前に立ち、何度も背比べを始める。

いやいや、妹よ、何回繰り返したところで結果は変わらないと思うのだけど……。


 しかし、とはいいつつも、実は結構嬉しかったりする。


 なぜならその大きくなった感じというのは、きっとクロードさんが僕につけてくれた授業の成果、もっといえば、彼が僕を育ててくれた心の現れな気がするからだ。


 偉大なる大魔法使い、僕の師匠、クロード・ウォン・グリモアの教えは、確かに僕の中で息づいているのだと感じられるから。


「ははは、何度やっても結果は同じだよ。それより夕飯にしようか、お腹減ったでしょ」

「むー!なんだかはぐらかされた気がする!」


 そんなこんなで、僕は新しい仕事を手に入れたのであった。

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