第18話 森の番人

 碧の魔女が倒れてしまった。息はしておらず、脈もない。肌はすでに白く冷たくなっていた。


「――大変なことになった」


 頭を抱え、ひどく困惑しているソラ。

 今は、隠れ家にいる。碧の魔女を別の隠れ家に隠し、埋葬してきたが、碧の魔女を死に追いやった犯人がいつ現れるのかも不安だった。


「魔法書はどうだった…?」


 整っていた髪はくしゃくしゃになっていた。

 魔法書のページをペラペラと捲っていたシロは答えた。


「ダメだ、読めない。どれも言語が暗号すぎて解読できない」

「…貸して」


 ソラに魔法書を託した。


「あー…クソッ! やられた」


 ご機嫌斜めだ。

 魔法書を机の上にバンッと叩きつけた。


「森の貴婦人の仕業だ。近年、領域(テリトリー)を拡大させていることをすっかり忘れていた。」


 森の貴婦人。碧の魔女とは別で森の魔女と呼ばれている連中だ。人の生まれではなく人とは反する存在で、森の魔女を三人合わせて森の貴婦人と呼ばれている。


 森の貴婦人は、森林の精霊たちを追い出し、棲み家にしてしまったと話しを聞いたことがある。碧の魔女が説得に言ったそうだが、それっきり会っていなかった。


「碧の魔女は、森の貴婦人(かのじょら)に何をされたのか?」

「…わからない。でも、言えることは”口出しするな!”という警告でしょうね」


 魔法書は使い物にならない。

 おそらく、碧の魔女に呪いをかけ、証拠となるものすべて書き換えたのだろう。森の貴婦人ならやりかねない。


「あいさつにいくか?」

「やめておいた方がいい…といいたいところだけど、せめて魔法書を解読できるようにしたい」

「わかった。行こう」


 森の貴婦人に会いに行くことにした。いま、魔法書(手掛)しかないからだ。この魔法書を失えば、確実に呪いを解く方法が見つけにくくなってしまう。


 森の貴婦人は先ほどの沼地にいる。

 館はトロールによって壊されてしまったが、碧の魔女が手掛かりを残しておいてくれた。

 壊れた壁の中から地図が隠されていた。


「ありがたいことだわ」


 ソラは地図を開け、魔法をかけた。


「森の精霊たちよ、森の貴婦人の居場所を教えてくれ」


 地図に光の粉が集まってくる。

 黄色く発光する粉粒たち。目に見えないほど小さいが、妖精たちが集団で結成されたものだ。妖精たちが導く先が、森の貴婦人がいる場所だ。


「…あった。みつけた! ここから北の方へ行った先よ」


 森の精霊たちにお礼を言い、シロたちは森の貴婦人に会いに行った。


***


 沼地のほとりで一軒の大きな家が建っていた。

 小さいながらも遊具があり、子供たちが遊んでいるのが見えた。


「お姉ちゃんたちはどこからきたの?」


 子供たちから聞かれたが、ソラは答えなかった。代わりに質問をした。


「森の番人を探しているの。見なかった?」

「もりの…ばんにん…? しらなーい」


 子供たちがあっちこっちへ走っていった。

 なにか知っている節がある。


「追いかけるか?」

「シロに任せる。私は森の番人を探してくる。近くにいるはずよ」


 そう言って、ひとりでふらっと歩いていった。

 ソラのことだから、大丈夫だと思い、シロは子供たちを探しに走った。


 建物から離れたところに大きな樹が立っていた。樹齢何百年だろうか、とても古く、川が黒ずみ渇いている。


「見てたぜー! お前ら、外から来たんだろ!」


 樹の上から声が聞こえた。子供の声だ。

 上を見上げると少年が偉そうに立っている。


「何しに来たんだ?」


 少年が降りてきた。

 軽やかにジャンプし、地面に着地した。

 二メートル近く高さからジャンプして、痛む仕草も痺れた仕草もしないあたり何度か飛び慣れているか、それともここが沼地の加護かわからないが、少年はピンピンしていた。


「森の番人を探しているんだ」

「さっき聞いていたことか…なるほどねー」

「知らないか?」

「番人は知らないけど、それらしい人なら知っている」

「本当か!?」

「ただ、条件がある」

「条件?」

「俺達を見つけることができたらな」


 と木の後ろから三人の子供がひょっこりと顔を覗き込んだ。

 女の子二人、男の子一人だ。


「四人を見つければいいのか…?」

「いや、五人だ」


 五人? 見る限り、人の姿も気配もないのだが…。


「もうひとりは隠れ上手なんだ」

「お兄さんたちが来てからもずっと隠れていたんだ」

「あの子、いつもかくれんぼすると見つからないんだよねー」


 見つからない子供…か。難しそうだし、面白そうだ。


「いいよ、受けて立つ」


「よーし、みんな散らばれー。お兄さんは、20秒数えてよね、ちゃんと声に出して数えろよ」


「はいはい…1、2、3…――」


 子供たちの声がどんどん離れていった。

 最後には息遣いが聞こえるだけで、声は聞こえなくなった。


「――19、20、よし行こう」


 最初はどこに隠れたのやら、魔力の気配をたどってみる。

 

 建物の裏影からかすかに声が聞こえた。

 裏に回ったが草木で生い茂るだけで、なにもないように見える。

 耳を澄ますとはっきりと聞こえてくる。間違いないようだ。


「みーつけたぞ」


 草木をかき分けると、衣服のようなものを掴めた。ガッチリと触れると、ビクリと震えるかのように動いた。


「うわっぁあ! どうしてわかったの?」


 息遣いが聞こえてこなければ見つけることはできなかった。

 衣服はすっかりと植物とカモフラージュしており、目では見つけられなかっただろう。


「声がした」

「…あー」


 クスクスと笑うような声だ。

 隠れる側で遊び半分だとついやってしまうものだ。


 先ほどの場所に戻り、周囲を見渡す。

 腰ポケットから小瓶を取り出し、中身を空けた。

 風に泳がせるようにして流す。


 小瓶から砂のようなものが外へと放出された。

 小瓶から出た砂は風にあおられ、いづれ見えなくなっていった。


「なにそれ?」


 見つけ出した子供に尋ねられた。


「妖精さんだよ」

「それで見つけたの? ズルじゃん」


 不機嫌そうに睨みつけた。

 苦笑いを浮かべ、ごまかしながら言った。


「そんなことないよ。君たちだって妖精さんたちによって隠れているんだから。俺でも見つける事さえ苦戦しているぐらいさ」


「ふーん…どうだかなー」


 両手を組み、かしこまる。


「そういえば、君の名前は? 俺はシロ」


「シロ…ね、ぼくはアレック」


「ここにいて長いのか?」


「長い…か、あんまり考えたことがないなー。ぼくは、他のみんなと比べると弟のようなものだから、でも……」


 なにか言いたげだ。でも、それ以上に答えることも尋ねることもしなかった。他人の過去や事実を知っても辛いだけだ。


 妖精たちが戻ってきた。

 それぞれの場所でいることを知らせるためだ。


「なにか見つけたの?」


「ああ、すぐに見つかる。」


 そのあと、すぐに見つけた。

 建物の中の家具の中に隠れている少女。

 高い木の上で枝をベット代わりにしている少年。

 自分で編んだだろう草のカーペットに隠れていた少女。



「ちぇー」

「最後は隠れ上手の子よ」


 四人見つけた。

 不満そうにシロを睨みつけていたが、妖精を使って探し出したことについてアレックは何も言わなかった。


「最後のひとりだな…」


 妖精たちを沼地全体を探させるが見つからない。

 代わりに興味深いものを見つけた。


 ソラが誰かと会って話しているようだった。


***


「なんでわかったのさぁ」

「どうして見つからないと思ったのかなぁ」


 ソラはひとりの少年とにらめっこしていた。

 絶対に見つからないと沼地の底で身を隠していた少年が不服そうだった。


「上手ね。誰に教わったの?」

「森の番人…先生に」

「先生?」

「ぼくたちを代わりに育ててくれているお母さんのような人だよ。たまにべんきょも教えてくれるから先生って呼んでいるだけ」


 森の番人=先生。

 森の貴婦人の仲介者だけでなく子供たちの親代わり、それに先生もこなしているとは何者なのだろうか。

 碧の魔女が言うには「普通の人」だったとか言っていたが、果たしてその真相は事実なのだろうか。


「先生はいま、どこにいるの? 尋ねたいことがあるの」

「先生…? 案内したいところだけど、いまゲームをしていてね、ぼくたちが負けたら教えてやってもいいと言ってあるんだ」

「それってシロと?」

「シロっていうんだあの大人。」


 なにか面白そうなことを考えている顔だ。

 ソラも少年に同意するように、シロをからかってやろうと企む。


 のこのことやってくるシロに対してソラと少年は魔法で姿を隠してシロをからかった。

 シロは気づいていない様子で、服を引っ張ったり頭を突っついたりしても気づかないことから、「本当にバカ…」と呟いたところ、急に胸ぐらをつかまれた。


「あははは…冗談だよ、シロ」


 魔法を解除させ、姿を露見させる。

 シロは半場怒った様子でソラを睨みつけていた。


 遊びのつもりでからかっていたのだが、シロは本気のようだった。


「むぐっ!?」


 ソラの口の中にシロが指をさし込んだ。

 舌を抜くかのように仕草をとる。


「はひゃはみふくひょう(歯を噛みつくぞ)」


 舌が回らず何て言っているのか理解できない言葉を放つ。

 グイッと引っ張った。


 冗談も通じない…あきらめかけたとき、シロはソラに憑りついていたなにかを引っ張り上げた。


「…やっぱりか」


 舌に潜り込んでいた一匹の虫。

 姿は舌そのものに化けていた。


「うげっ…あとで…ジュース、おごれよ…」


 舌に憑りついた虫を引っ張ったせいだろうか、ソラは汚物を吐いていた。ジュースで口元がスッキリさせるつもりなのだろうか、その汚物まみれの服代も奢れよと言っている風にも聞こえる。


「それで、お前が森の番人か?」


 虫は「ちがいますぞ」と慌てふためいて否定した。


「――それは私の使い魔でございます」


 先ほどの少年はみるみると姿を変え、美しい美女へと姿を変えた。多くの男たちを魅了するに違いないその美しさは天使でも恋するだろう。

 

「森の番人か…まさか、子供に化けているとは。」

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