第12話:近くて遠い協力者

 研究所から、広域時空警察の本部へ戻る静。その道中、彼女は現状をどう打開するかを考えていた。

 現在、同時に起こっている事は大きく三つ。ティアの捜索・非人道的活動の捜査・そして、違法武器等の所持だ。三つ目に関しては静が直接指揮をしなくても対して問題は起きない。担当部署も静直轄の部署ではない。だが、あと二つは違う。

 ティアの捜索を行ってるのは時空管理部だが、元は自分の部下が原因だ。非人道的活動に関しては、こればっかしは、静が出る必要があるし、他への協力依頼も行う必要がある。今は、静が現場に出ているため、総監督であるラッセルが行ってる。

 広域時空警察始まって以来の大事と言っても良い。これだけの面倒事が二つも重なれば。

 頭を抱える事が多いが、何より許しがたかったのは、自分達の本部のすぐそばで非人道的活動と言う大きな犯罪が行われていた事だ。警察が舐められるにも、これ程の屈辱はない。おまけに、取り逃がした。


 「はぁ。駄目だな」

 「部長・・・」


 車を運転すクックが大きなため息を吐く静を気に掛ける。

 

 「すまない。根を詰めすぎた」

 「無理もありません。あそこまでしてやられるとは」


 ハンドルを握るクックの手にも力が入る。

 トンネルを走行中の車内だと、自分の表情が良く反射する。

 事を急ぎ過ぎた。静はそっと反省する。起きた事全てを早急に片づけようとしたことが、反って裏目に出た。


 「冷静さを欠いた自覚はある。私のミスだ」

 「そんな事は。対応が遅れれば、もっと大変な事になってたはずです」

 「だが、これ以上事を大きく出来ない。これ以上我々の動きに遅れが出れば、世間から何を言われるか分かったもんじゃない」

 「ここ最近、我々への風当たりが強い事ですか?」

 「権限が大きい強い組織は、いつだって目の敵にされる」


 広域時空警察は、その与えられた任務から、どこの世界にも属さない独立組織として活動している。また、各世界をまたぐ犯罪を担当するため、各世界の警察よりも持つ権限は大きい。縛られる物が無いため、他の警察機関が手をこまねいてる間に、横から手柄を掻っ攫う事も事実としてある。その事を面白く思わない人も多い。

 そんな広域時空警察とて、やりたい放題出来る訳でもない。この大きな組織の幹部役職は全て、世界機構と呼ばれる組織によって選任される。世界機構とは、各世界の代表者があつまり、いわば国連の様な組織である。


 「我々には、我々にしか出来ない事だってあります」

 「言い分は分かる。だが、手柄横取りされ続ければ、流石に不満も溜まるだろ」

 「その代り、我々は危険な任務も負ってます」

 「それは、どの世界の警察だって同じだ。我々が特別なわけじゃない」


 流れるライトを見送りながら話す静は、次の一手を必死に探していた。

 トンネルの脇道に入り、車は広域時空警察の本部へと向かっていく。

 車を降りた静は、迷わず総監督室へと足を向ける。


 ――コンコン!!


 静はノックをすると、中からの返事を待たずに入室する。こんな無礼な真似が出来るのは、この巨大な組織の中で静かだけだ。娘の柚でさえ、無言の反応には一時の戸惑いがある。

 さらには、


 「ライール、居るか?」


 組織のトップをライールと呼び捨て。そんな静を見た彼は、驚きながらも電話を続ける。


 「ああ、済まない。そっちにも迷惑掛ける。今度、飯でも奢ろう」


 電話を切ると、ラッセルは総監督席から立ち上がる。机には大量の資料が乗せられ、さらには他の世界のトップなどに直接つながる魔法道具まで置かれている。

 現状、この組織の中で最も忙しい人になってしまった。


 「戻ったのか」

 「状況が悪化したのでな」

 「うそー・・・」


 まだ悪化するのか。この数時間で胃に大きな負担を掛けたラッセルは、これ以上面倒事が増えるのは何としても避けたかった。それだけに、静のケース・クローズを誰よりも待ち望んだ。だが、そうはいかなかった。

 ラッセルの表情は、今にも泣きそうだ。


 「残念な事に、取り逃がした」

 「それ、かなーりマズいよね?」

 「最悪、総監督は定年を待たずに退職ですね」


 こんな時でも冗談を言える静と、その冗談が冗談でなくなりそうなラッセル。


 「でも、君の方が年齢上だし。定年の上限超えてるじゃん?」

 「私はここに入った経緯が経緯だ。表から入ったライールとは違うのだよ」

 「それ、自慢することじゃないよね?」

 「だが、この組織のメインを預かってる」

 

 静とラッセルの関係は、先輩後輩の関係に当たる。静がまだ作戦実行部隊長だった時にラッセルが入ってきた。エリート組として入ってきた割には、かなり熱い人間だったラッセル。その後も徐々に成果を上げ今の総監督の座に就いた。

 そのくせして、根回しと言った政治的な事にも敏感で、人に取り入るのが上手い人間だ。唯一失敗したのが他でもない静かに対して。人を見る目はずば抜けて優れており、人材選びは適切を真っすぐ進む。彼の推薦する幹部役員は、ほぼ採用される。


 「はあ。で、俺のとこへ来た理由は?」


 ダルそうに応接用のソファに腰かけるラッセル。

 ここへ連絡なしで訪れる人物など、片手で足りる。しかも、内容はまともま物じゃない。

 

 「広域時空警察以外の、各世界の警察機関に協力要請を」

 「・・・」


 ラッセルは、暫し黙り込む。事態は事を急ぐ。犯人たちは取り逃し、研究所は口を割らない。

 必要な物は揃ってる。これだけの物があれば、有無を言わさずに逮捕出来る。

 広域時空警察の総力を注げば、自力で解決も可能。だが、障害が一つある。ティアの捜索だ。それを並行で行いながら、捜査を行うのは至難の業だ。どちらかを切り離す必要がある。

 既に、他の世界にある支部に協力を仰いでいる。自分の組織の中では手一杯。


 「ライール、悩んでる時間は無いぞ」

 「分かってる。既に、協力の申し出も受けてる」

 「協力、だと?」

 「うーん、実際はお前ら、やらかしただろって」


 広域時空警察が、ここまで大慌てで色んな世界に連絡を入れる。そんな分かりやすい情報、簡単に手に入る。それが、どんなことなのか。

 広域時空警察が遭難者を出した。これは、笑いものにするには十分すぎる材料だ。


 「この際、面子は二の次だ。まずは遭難者の回収と、事件解決が先だ」

 「優先順位の高いのは?」

 「状況を解決することだ」

 「・・・」


 静によって、彼女が預かる二つの事態に対する考えが示された。これにより、ラッセルも決断を下す。


 「特別事案、非人道的活動捜査における協力要請を各機関へ要請する」


 重く、ずっしりとした口調でラッセルがそう呟いた。

 

 「協力要請の窓口は私がなろう。それと、指揮は私が執る」

 「俺は構わんが、他が何と言うか分からんぞ」

 「そんなもん、ねじ伏せれば良い。ノウハウが違う。それに、奴らの殆どは私には従う」

 「ああ、うん。そうかもな」


 ラッセルはそっと静から視線を逸らす。彼のその態度を見て、悪そうな笑みを浮かべる静。


 「では、要請その他を頼む」

 「え?」

 「私は現場の最高責任者だ。事務仕事はそっちでやってくれ。余ってる人員は、他にも居るだろ?」


 良く言えば適材適所。悪く言えば、他部署のデスクで胡坐欠いてる暇管理職を使えと言う事だ。

 

 「分かった。報告は以上か?」

 「それだけだ。とりあえず、事態が悪化した事は伝えて置こうと思ってな」

 「はあ。面倒な事になって来たな」

 「久しぶりの面倒事で、管理職の連中も良いリハビリになるだろ」

 「よくこの状況で、そんな事言おうと思うね」


 特殊犯罪捜査部は、その名の通り、最も忙しい部署の一つだ。捜査の為に、いくつもの世界を行き来することも多い。静も、捜査の指揮の為に、直接その世界へ赴くことも多い。

 世界の事情を一番良く知ってる人物の一人に数えても良いだろう。


 「では私はやる事があるので」

 「ああ。引き続き、最優先は非人道的活動の捜査で良いんだな?」

 「問題ない。周りが何と言うが、身内よりもやるべきことがあるだろ」


 この決断の強さこそ、静が大きな組織のメインを動かす地位に立つ所以でもある。

 静は総監督を出ると、7階にある第一級犯罪対策室の室長室へと向かう。そこが、現在の捜査本部の連絡室になってる。殆どの連絡や報告はここへ繋がるようにセットされている。

 

 「あ、部長」

 「室長、来ていたのか」


 室長室に戻ると、部屋の主である柚が居た。彼女は、静の命により、時空管理部へ、ティア捜索の協力に向かっていた。


 「部長が戻られたと伺ったので」

 「私に何か用か?」


 柚は頷く。

 静が椅子に腰かけると柚は態度を改める。


 「実は、遭難者、ティア・ノーブルのことで分かったことが」

 「もう分かったのか?」


 意外に早い結果に、静は少々驚いている。だが、そんな結果とは裏腹に、柚の表情は浮かない。


 「ただ、場所が場所で」

 「どこだ?」

 「第三世界」

 「・・・」


 その単語を聞いた途端、静も力が抜けたように、椅子に凭れかかる。

 第三世界。そこがどんな場所なのか、この組織の中で誰よりも知っているから。そして、そこが今広域時空警察の視点でどんな状況なのか、ある程度予測が立てられるからだ。


 「彼女を転送したのは、確か」

 「レイ・クライス。魔法世界出身の少年で、移動魔法の家系よ」 

 「それだけで、第三世界へ飛ばせるのか?魔法使いは、術の発動にイメージを用いると言うが」


 レイには、その知識が殆ど備わって無いと言って良い。そんな少年が何故、転送を成功させたのか。


 「そこ、なのよね」 

 

 誰が、彼にその知識を与えたか。遭難者に対する研修の一環で、第三世界に触れることはある。だが、それ以上の知識は無い。なぜなら、知る者が圧倒的に少ないから。

 だが、そのあり得ない可能性を超えそうな存在に一人、心当たりがあった。静と柚は、同じ人物を思い浮かべていた。


 「まさかー、ねぇ?」

 「あのジジィなら、あり得る。以前つーに、あの事について話した事があるが、その時、余計な事を口走りそうになったのを止めてるし」

 「私それ、初耳なんだけど?」

 「そうだったけ」


 すこーしの沈黙を挟み、柚が自分の考えを静に伝える。


 「それでお母さん」

 「ん?」


 柚が仕事場であるここで、静の事を「お母さん」と呼ぶのは珍しい。どんな時でも、体裁は気にする娘が今は違う。その事に、何か重要な事を話そうとしていると分かり、静は前のめりになる。


 「お父さんと、お姉ちゃんに協力を仰ごうと思うの」

 「エレーナと、ジジィか」


 静はその選択が果たして正しいか考える。第三世界に居るティアの身の安全を一刻も早く確保しなくてはならない。だが、あの世界には安全な施設が一つしかない。それも、とても見つかりにくい場所にある。そもそも、入るための鍵がない。

 それに危険性もある。無関係の者に、必要以上にこちらの世界について知られるのは、広域時空警察としては看過できない。

 

 「それでも、最も安全に保護できるとしたら、それしかないのか」

 「かなり難しいのは分かってるけど、私達もここから動けないのは事実だし」

 「分かった、私からエレーナとジジィに話す。柚は状況を含めた今回の捜査を引き続き頼む」

 「わかった」


 話を終えると、静は本部の地下駐車場へと向かう。取り出した端末に専用の機器を繋ぎ、電話を掛ける。ここから最も遠い場所に居る娘へ。



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