三章 PKウィザードー1

 1


 ユーベルはタクミと別れたあと、一人で二階の客室に帰った。


 しかし、ほかにすることがない。

 教わったばかりの公式の応用問題を解いていた。それも数十分もたつと、あきてくる。


 タクミと離れていると、不安になる。

 この屋敷に渦巻くイヤな空気に感化されてしまいそうだ。


 タクミは自分では気づいていないのかもしれない。

 まっすぐな心の放つエンパシーで、邪気をはらっているかのように、いつも、清澄な空気をまとっている。


 タクミくらい、誰の色にも染まらない純粋なエンパシストも、めずらしい。

 エンパシストは、どうしても、他人の心の影響をうけやすいのだが。


 たよりなさそうに見えるけど、芯のしっかりした強い心の持ちぬしだからなのだと、ユーベルは思う。


(ぼくとは正反対。ぼくは自分の主義もないし、やりたいこともないし。これからの一生を、どうやって生きていけばいいのか、わからない)


 ただ、いつか、タクミが去っていくと思うと、それだけが苦しい。タクミはただの担当医で、恋人ではないから。


 だが、タクミに言わせると、ユーベルのこの気持ちは恋ではないのだそうだ。

 そこらへんの違いは、ユーベルには、わからない。


 でも、とにかく、タクミがいてくれないと、たった一日も生活が、ままならない。


 タクミがいないと、自分の存在も、いっしょになくなってしまったようで、怖い。

 タクミと離れて毎晩、家に帰されることが、どれほどの苦痛か。


 少しずつ、ならさないとダメなんだと、タクミは言うけど。


 テキストをとじて時計を見る。

 一時六分だ。


 もう三十分もたつ。

 遅すぎる。

 すぐ帰ると言ってたのに。


 自分から行動を起こすのは苦手だが、ユーベルはタクミを追って、右翼へ向かった。


 一階におり、長いろうかを歩いていき、右翼に入る。

 そこで、ユーベルは寒気を感じた。


 いつも邸内にわだかまっている情念が、いっきに高まり、マグマのように噴きだしている。


 それに、どこからだろうか。

 とても強い恐怖の念が、空間にクサビのように、つきささっている。


(イヤだ。ここ——)


 これ以上、一歩も進めない。


 立ちすくんでいると、ふいに誰かに、おそわれた。

 たぶん、スタンガンのようなものを使われたんだろう。

 その瞬間に気を失った。


 気づいたときには、どこかの床にたおれていた。

 さっきまでの、ろうかではない。


 照明の独特の暗さ。

 まわりにガラスの陳列ケースがある。

 塔のなかなのだ。


 このときには、前後のどちらの塔なのかは、わからなかった。


 ゆっくり起きあがり、ユーベルは、あたりを見まわした。正面のカベにオリビエの絵がかざってある。つまり、前方の塔だ。


(なに……さっきの? なんで、こんなところに……)


 いったい自分の身に何が起きたのか。

 どうして、こんなところに運ばれたのか。

 この屋敷には、自分を虐待する危険な男はいないはずなのに。


 怖くなって、ユーベルは入口のドアに走った。


 その手前で、すくんだ。

 なぜ、自分がおそわれたのか、やっと理由がわかったのだ。


 ドアの前に女がたおれていた。

 うつぶせになってるので、顔はわからない。


 背中に、ニョッキリつきだした黄金細工のツノみたいなものがあった。


 少しそりかえって、曲線をえがいた短剣の柄だ。大きな宝石が象嵌ぞうがんされている。

 刃の部分は、まったく見えない。


 展示品で刺されているのだ。

 短剣がフタになってるのか、床に血はこぼれていない。


 ユーベルは死体を見ることに、なれていた。

 さらわれていたあいだに、何度も見た。


 だから、ふつうの人のように、悲鳴をあげて錯乱したりしない。わりに冷静に女の首に手をあてた。


 脈は止まっていた。でも、まだ肌は、あたたかい。ついさっき死体になったばかりだ。


(そうか。きっと、ここから出て、本館に帰ろうとしてた犯人と、鉢合わせしちゃったんだ。ぼくに顔を見られたら困るから……)


 理由がわかれば、別の意味で恐ろしくなる。

 ならば、ユーベルも殺されるということだ。

 もしも、ユーベルが犯人の顔を見てしまえば。


 ユーベルはタクミのいる後方の塔へ行こうとした。

 女の死体をとびこえ、ドアに手をかける。

 が、ひらかない。カギがかかっている。


 犯人はユーベルに今すぐ、さわがれては困るのかもしれない。死体が見つかるのを防ぐために、死体とともに閉じこめてしまったのだ。


 ユーベルは超能力で開錠するべきか迷った。

 だが、それだと、ユーベルがエスパーだということが、犯人にバレてしまう。


 ユーベルは透視者ではないが、そんなこと犯人にはわからない。超能力者だから、透視もできると思われたら、あらためて命をねらわれるかもしれない。


 そう思うと、へたに動くことができなかった。


 同じ理由で、タクミに救助のテレパシーを送ることもできなかった。


 この屋敷には、何人かのエンパシストがいる。

 そのなかの誰かが犯人でないという確証はない。


 しかたないので、ユーベルはエレベーターを使って、四階へあがることにした。


 ここは前方の塔だが、後方の塔へ行けば、タクミがいる。二つの塔は屋上で、つながっている。その道をたどればいいのだ。


 そう思って、エレベーターのほうを見たユーベルは、ギョッとした。すっと血の気のひいていくのが、自分でもわかる。


 エレベーターの反重力昇降カプセルの停止階数を示すランプが、二階についている。


 このエレベーターは人が降りたあと、自動で一階まで戻っていく。


 途中の階数で停止しているということは、つまり、こうなる。


 その階で誰かがカプセルを呼んだ。または、昇降口のドアが閉まらないよう、ずっと押さえている。その、どちらかだ。


(二階に……誰かいる)


 そんなことをしなければならない人間は、この広い屋敷のなかでも、たった一人しかいない。


 女を殺した犯人、ただ一人……。


 ここまでユーベルをつれこんだものの、ユーベルのキのつくのが早すぎたんだろうか?


 それで、あわてて、エレベーターに乗ったのか?


 あるいは、塔のとびらにカギをかけ、屋上から後方の塔へまわり、逃げだそうとした。しかし、そこには、タクミとマーティンがいた。


 ここまで引き返してきて、ユーベルが意識をとりもどしていることに気づいたのかもしれない。


(待って。後者だとすると、犯人は、このドアのカギを持ってないことになる。カギを持ってるなら、外に出て、ろうかからカギをかければよかったんだ。でも、そうしなかったってことは……)


 つまり、出入口のカギをかけたのは、犠牲者なのだ。


 その考えだと、犯人がユーベルを失神させて塔に帰ってくるまで、犠牲者は生きていたことになる。

 いろいろと矛盾も生じるが、このとき、ユーベルは、そこまで考えがまわらなかった。


 やはり、殺人現場に犯人と閉じこめられて、冷静ではなかったのだろう。


 しかし、おかげで、女の死体をしらべなおす気になった。ふたたび、近づく。


 すると、死体のそばにキーが落ちていた。

 電子ロックのカードキーだ。


 ユーベルは二階で止まったエレベーターの緑のランプをにらんだ。動く気配がないのをたしかめながら、ドアのセンサーにキーをスライドさせる。


 ピッと音がした。

 ドアがひらく。


 ユーベルは細めにドアをあけ、ろうかへ出た。

 そして、そのまま、外からドアに施錠する。

 犯人をなかへ閉じこめることに成功したのだ。


 そのあとすぐ、ユーベルはタクミのところへ走っていくつもりだった。


 だが、できなかった。

 殺人の瘴気《しょうき』が、右翼ぜんたいに、たちこめている。トリプルAの敏感な脳を直撃してくる。


 それ以上、ユーベルは耐えられなかった。

 もうろうとしながら、ろうかをはい進み、本館へと、ころがりでる。


 二階の自分たちの客室まで帰れたのは奇跡だ。

 そのときには、意識は、ほとんどなかった。


 夢? 夢を見ている?



 ——助けて。オシリス。



 月面に人類が移住した直後のような、古い地下シェルター。


 せまいろうかを逃げまどっている。

 追いつめられて、首をしめられて……。


「ごめんよ! ユーベル」


 タクミの声。

 ユーベルは夢からさめた。


 タクミになだめすかされて、やっと落ちついた。

 さっき見たことを一部始終、話す。


「じゃあ、その場所に女の人の死体があったんだね? 行って、たしかめてみないと」

「おれ、やだよ」


「僕がいっしょだから、大丈夫だよ。犯人をつかまえないと。どうしてもムリなら、ユーベルは、ここで待ってて。僕が一人で行くよ」

「おれも行く」


 タクミと離れるのは、もっとイヤだ。


 さっきの汚泥のなかをはうような気分が、タクミといるだけで払拭ふっしょくされていく。

 タクミのまわりだけ、聖なる光に守られているように。


 タクミと二人で右翼まで戻った。

 もう悪酔いしない。


 ユーベルは前にタクミと遊んだときのことを思いだした。古い家庭用のロールプレイングゲーム。タクミが勇者で、ユーベルが魔法使い。


 勇者の聖なるバリアーとか言われても、ぜんぜんピンとこなくて、しらけてしまったが、今はタクミが、ほんとに勇者に見える。


「なんで笑ってるの?」

「べつに。タクミ、気をつけて」


「そうだね。まだ、ここに犯人がいるんだ。向こうの塔には、まだマーティンやアンソニーがいるだろうし。ユーベル。カードキー貸して」


 前方の塔の前で、キーをタクミに渡した。

 ドアがひらくと、自動照明がつき、展示室をてらす。


 さっきと同じだ。

 女の死体が、ころがっている。


 ユーベルは死体よりさきに、エレベーターを見た。

 カプセルの位置を示すランプは一階についている。


「タクミ。エレベーターが!」


 タクミは周囲を目をくばりながら、なかへ入る。

 死体を確認して、そのまま、また、ろうかへ出てきた。

 そして、しまったドアにカギをかける。


 だが、なぜだろう?

 ドアがしまりきる直前、ユーベルは違和感をおぼえた。

 なぜなのか、自分でも、よくわからないが……。




 *


 ドアに施錠すると、タクミは走りだした。

 急がないと手遅れになる。


「タクミ。どこ行くの?」


 たずねてくるユーベルに、走りながら答える。


「アンソニーたちに知らせに行くんだ。エレベーターが一階にあったってことは、犯人が二階から移動したってことだ。


 たぶん、君の言うとおり、まず逃げようとして、後方の塔に向かったんだろう。でも、僕とマーティンがいたから、立往生したんだ。


 君がいなくなって、一階におりたものの、ドアにはカギがかかっていた。となると、犯人は上の階に行ったとしか考えられない。


 マーティンたちが、もし塔から引きあげてしまったあとなら、逃亡が自由になる」


 急いで、後方の塔にかけつけた。

 もしかしたら、もう手遅れかもしれないが。


 しかし、まだ望みはある。

 マーティンとアンソニーがいてくれたなら……。


 塔への出入り口のドアがひらくと、一階の展示室で、アンソニーとマーティンが話していた。


 二人はエレベーターに背をむけて、ドアのすぐ前にいた。もし、このあいだにエレベーターを使って移動する者がいても、二人にはわからなかっただろう。


 ただし、ゆいいつの出入り口を二人でふさいでいる。

 そこから誰かが出ていった可能性だけはない。


 犯人は、まだ、後方の塔の二階より上か、前方の塔のどこかに、かくれている。


「あ、このやろう。よくも逃げやがったな。あとで、また手伝えよ」

 のんきに、マーティンが、こぶしをふりあげてくる。


「それどころじゃないんです。二人とも僕が去ってから、今までずっと、この場所を動いてませんね?」

「はあ? おれたちは、ついさっき、四階からおりてきたとこだ」


 マーティンの言葉を、アンソニーが補足する。

「二人とも昼食がまだなんだ。打ちあわせは食事をしながらと思ってね」


「一階では、何分くらい話してましたか?」

「さあ。二、三分かな。血相かえて、どうかしたかね?」


 タクミは前方の塔の状況を、手短かに語った。


「これ、前方の塔に落ちていたカギです。お二人は、ここで見張っていてください。警察にも、すぐ連絡して。


 僕はこのまま、こっちの塔から各階を順番に見てまわりますから。屋上から前方の塔も調べます」


 急に、マーティンが大声をあげた。

「もう遅いかもしれない!」

「え? なんでです?」

「おれのカギ、アトリエに置きっぱなしだ」

「それって、前後の塔、共通なんですか?」


 あせったようすで、マーティンはうなずく。

 エレベーターの上昇ボタンを押しながら言う。


「ふだん、どっちの塔もカギなんか、かけないんだよ。だから置いたままなんだ。あれ使われたら、前の塔から逃げられる。今、あっち、誰もいないんだろ?」


 昇降口のドアがひらく。


 マーティンは昇降カプセルにとびのる。

 タクミも追った。すると、ひっつき虫のように、ユーベルがついてくる。


 アンソニーが察して、こう言った。

「じゃあ、私が前の塔の前で見張ってる。誰か出てきそうなら、かくれて顔だけ見ておくよ」


 タクミは、ためらった。

 ろうかには、すぐに身をかくせるような場所はない。


 アンソニーだけに行かせるのは危険すぎる。

 乱闘になれば、殺人犯のほうが凶暴に決まっているんだから。


「ユーベル。アトキンスさんと行って」

「やだよ」


 即答だ。


「やだよって、君ね……」

「バカやろう! ごちゃごちゃ言うな。なら、おれはアンソニーについてく。カギはエレベーター降りた、すぐよこのカベにかけてあるからな。おまえら二人で行け」


 マーティンの案にのって、タクミとユーベルはエレベーターで四階へ。アンソニーとマーティンは前方の塔へ急行する。


 カプセルが四階についた。


「よかった! まだある」


 カードキーはケースホルダーに入れて、カベにかけてあった。


 ほっとしたのも、つかのま。

 ここにカギがあるということは——


「犯人は、まだ塔のどこかにいる」


 タクミはマーティンのカギをポケットに入れた。

 エンパシーを使って、四階に自分とユーベル以外の脳波がないことをたしかめる。


 とりあえず、屋上の渡りろうかに出るドアに、内側から、かんぬきをかけた。もしも犯人が渡りろうかの外にいたとしたら、これで後方の塔へは入ってこれない。


 その後、エレベーターで一階にもどった。

 そこから、一階、二階、三階と、順番に調べていく。

 エンパシーでなら、あっというまにわかる。


 後方の塔に不審者はいなかった。


 再度、四階のマーティンのアトリエに帰った。

 かんぬきをはずし、重い鉄のとびらをあける。


 渡りろうかは前方の塔まで吹きさらしだ。

 まっすぐ、前方の塔へと続いている。

 そこに人影はない。


 渡りろうかから、前方の塔へ向かった。

 前方の塔のドアは、かんたんにあいた。とくにカギや、かんぬきはかけられていない。


 前方の塔の四階は、以前、劇作家や舞踏家が使っていたという部屋だ。一端にステージがある。今は使われず、無人の客席だけが、わびしく、ならんでいる。


 ここにも脳波は感じられない。


 三階。二階。最後に一階と調べていった。

 が、けっきょく、誰も発見することはできなかった。


 タクミは死体の女に合掌し、マーティンのカギで入口のドアをあけた。


 ドアの前には、マーティンとアンソニーが立っていた。

 緊張したおももちだが、出てきたのがタクミたちだとわかると、長い息を吐きだす。


「なんだ。おまえらか」

「なかに、かくれてる人はいませんでした。ちなみに、マーティンさんのカギも、ちゃんとアトリエにありましたよ」

「じゃあ、犯人は、どこ行ったんだ? 空でも飛んで逃げたかな?」


 マーティンがイヤミを言ってくる。

 ユーベルが泣きそうになった。


「でも、おれ、ウソついてないよ。あのとき、ほんとに、エレベーターが二階に止まってたんだ。タクミは信じてくれるよね?」


「もちろん、信じるよ。世界中のみんなが君をウソつきだと言ったって、僕は信じる」


 担当医として、たよりがいのある返答をしたつもりだったのに、ユーベルは口をゆがめた。


「世界中の人にウソつきって言われるのも、なんかヤダ」


「ごめん。ごめん。言葉のあやだよ。まいったな……そうだ。このカギ、ほかにも持ってる人がいるんじゃないですか? それなら、ユーベルが犯人をとじこめたと考えて、客室にもどったあと、数十分のあいだ、この塔には監視がなくなってた。そのあいだに逃げることはできたわけです」


「では、なぜ、最初にエレベーターに逃げこんだのかわからないが。カギをあけて外ろうかへ逃げたほうが、よくはないか?」と、アンソニーが言う。


「それは推測になりますが。犯人は、まだ、この場所でやらなきゃいけないことがあったのかもしれません。それが何かと聞かないでくださいよ。僕は犯人じゃないので、わかりませんので。でも、それなら説明はつくでしょ?」


 アンソニーは考えこむ。


「それはあるかもしれないな。ここに証拠品を残していたから、どうしても持っていきたかったということも考えられる。となると、カードキーの出どころがポイントになるな。

 現在、右翼のキーは全部で四つある。ひとつはマスターキー。右翼のすべての部屋の暗証番号を入力してある。マスターキーはバトラーが保管している。

 あとの三本はサブキーで、アトリエをもつ諸君に渡してある。本館からのメインゲートと、前後の塔、自身のアトリエの暗証番号をインプットしてあるキーだ。

 マーティン、コンスタンチェ、オリビエの三人だ。オリビエの場合は、すでに過去形だな。遺品の整理のあと、オリビエのキーはバトラーに渡して廃棄させた」


「そのカギが、なんらかの不手際で、廃棄されずに人手に渡った。または、コンスタンチェさんのカギが犯行現場に落ちていた、このカギってことになりますね。それとも、これがマスターキーってことはないですか?」


 アンソニーはタクミの問いに首をふった。


「マスターキーは他と区別がつくよう、カードの色が変えてあるんだ。これは、サブキーだよ。インプットされた暗証番号をしらべれば、誰のものかは、すぐわかる」


「犯人がここにいないってことは、犯人もカギを持ってたのかな。オリビエさんとコンスタンチェさんのカギが、どうなってるのか、確認しないといけませんね。あとは、マスターキーが、この時間に持ちだされてないか」


 思わず熱心に語りあってしまった。


「あれは、どうするんだ?」と、マーティンがわりこんでくる。親指で、塔のなかを示しながら。


 アンソニーは、ハッとした。

「そうだ! いったい、死んでるのは誰だ?」と、なかへ、かけこんでいく。


 あ、さわっちゃいけません——と、タクミが言いかけたときには、もうアンソニーは死体を抱きおこしていた。


「アン!」


 日ごろ、家族に冷たい態度をとるアンソニーだが、わはり、血をわけた肉親に愛情を持ってはいるのだ。

 死体を抱きしめて、沈痛に、くちびるをかみしめた。


「アンが……殺されている。いったい誰が、私の娘を……」


 殺されていたのは、アン・アトキンス。

 タクミは後悔に打ちのめされた。


「くそッ。じゃあ、やっぱり、口封じのためなんだ」


 オリビエ殺しの犯人について、何か知っているようだったアン。それ以外には考えられない。


「アンソニーさん。今度こそ、警察に知らせるべきです。犯人が誰なのかは、わかりません。でも、その人は、自分の家族でも平気で殺せる冷血漢なんですよ」


 アンソニーは双眸に涙をうかべて、うなずいた。

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