一章 サイコディティクティブー4



 翌日。いつもの専用車のなかで、昨夜の不穏な会話を、ダイアナに報告した。


 ダイアナは自分が、アンソニーの家族に、よく思われていないことを、とっくに知っていた。


「わたしのオリジナルって、アンソニーが旅さきで出会ったんですって。アンソニーは家族に、ひとことの相談もなく、旅行中に結婚したの。各地を旅してるうちに、オリジナルは事故で死んだそうよ。だから、お屋敷の人は、みんな、わたしを嫌っているわ」


「そうだったのか。でも、だからって、君が悪いわけじゃないのに。アトキンス氏とオリジナルダイアナは、自由意思で結婚したんだから。第一、クローン再生された君には、なんの責任もないよ」


 タクミは、いきどおった。

 か、ダイアナは微笑する。


「ありがとう。トウドウさん。わたし、今日は、これから、制御ピアスを買って帰ります。お店で、シャーリーンと待ちあわせなの」


 学校からいっしょに行こうと、友達は言ったらしい。

 タクミとの定例報告会のために、待ちあわせにしてくれたのだ。


 それに、友達が来る前に、こっそりピアスを買ってしまいたいのだと、ダイアナは言った。


「じゃあ、今日は、ここで別れましょう。ピアスの使いかたは、店員が教えてくれますよ」


 タクミたちは町なかで車をおりた。


「さてと、じゃあ、僕たちは、タクシーひろって帰ろうか。でも、その前に、事務所に、よっとこう。留守電入ってるかもしれないしね」


「そんなに流行る事務所じゃないよ」

「万一ってことが、あるだろ?」


 ごちゃごちゃ言いながら、歩いていく。

 タクミたちの事務所は、シャンゼリゼ通りを模したメインストリートから、一本わきに入った通りにある。


 ユーベルの言うとおり、メインストリートにオフィスをかまえられる規模ではない。


 ポプラ並木にそって歩いていくと、半オープンカフェになったネットカフェがあった。


 十一月初めのため、外のテーブルは、がらすきだ。

 ガラスのかべのなかが、よく見えた。


 なにげなく店内を見て、タクミは「あッ」と声をあげた。


 いる!


 ガラスの向こうにすわってるのは、まぎれもなく、昨日の謎の美青年だ。


 昨日の目立つ青い服を、ありきたりのダークグリーンのセーターに、クリーム色のパンツ。宇宙服の素材を実用化したスペースジャケットに、あらためている。


 髪も肩の上で切られていた。


 しかし、ビックリするような美貌だけは、かくしようがない。


 なにしろ、通りすがりの通行人が、男も女も、ふりかえっていく。


 店内の客は、みんな、彼に釘づけだ。

 誰一人、パソコンなんて見てない。ただ一人、彼自身をのぞいては。


 あわてて、タクミは店の前に、かけよった。

 そして、ギョッとする。


 美青年が今まさに、侵入しようとしてるのが、ディアナのホストコンピューターだったからだ。


 波状におそってくるセキュリティやトラップ、パスワードをかるくクリアして、戸籍の捏造ねつぞうをしようとしているらしい。


 ユーベルも、それに気づいて、タクミのとなりから、のぞきこむ。


 二人して、カフェの外から、べったりガラスに張りついた。


 美青年は優雅にコーヒーを飲みながら、タクミとユーベルに手招きした。自分が重罪を犯している認識は皆無のようだ。


 タクミとユーベルは急いで、店内にまわった。

 美青年は、まるで落ちあう約束があったかのように、ふつうに手をふってくる。


「夢の国の言葉で約束されていた。今日、この時間に、この場所で待っていれば、君たちに会えると」


 美しいフランス語だが、内容場所意味不明。

 詩人なのかなと思う。


「昨日、アトキンス邸の前にいましたよね?」

「ウィ」


 美青年はコンピューターのスイッチを切る。

 戸籍の捏造は完了してしまったらしい。


「アトキンス邸で、何してたんですか? なかのようすをうかがってるみたいでしたけど」


 美青年は片手で、タクミの言葉をさえぎる。

 からになったコーヒーカップを示す。


「悪いが、ここの料金、たてかえてくれないか。今、手持ちがなくてね。すぐに返すから」


 あっけにとられているうちに、立ちあがる。

 ウェイトレスの耳にささやいて、真っ赤にさせた。

 たぶん、支払いはアイツが——とでも言ったんだろう。


 しかたなく、タクミはカードで支払った。

 店を出る美青年のあとを追う。


「ちょっと待ってくださいよ。ジャリマ先生……じゃないですよね?」


 いや、ほんとはもう、わかっていた。

 彼は、サリーではない。

 似ているが、違う。


 たしかに、サリーもアラビアンナイトに出てきそうな美男子だった。が、彼は、なんだか、その上をいっている。


 こんな男が現実にいるのかと思うほど、神秘的なまでに麗しいのだ。この感覚、つい最近、どこかで味わった。


 美青年は自己紹介した。


「私は、オルフェ。ユリディスを探しにきた。だから、今の私はオルフェ。タクミとユーベルだね。おいで。今日は君たちに会えた、記念すべき日。カルナヴァルの朝のように。世界に喜びが満ちあふれている」


 なんか、やっぱり、いっちゃってるなぁ。

 ものすごくキレイなのに。いや、だからなのか?

 現実の枠には、おさまりきらないんだな。


 タクミはユーベルと、顔を見あわせた。

 テレパシーで伝えあう。


『サリーじゃなかったね』

『うん。変人さんだ』


 気になるので、ついていった。

 コーヒー代も返してもらわないといけないし。


「オルフェさん。くどいようだけど。昨日は、なんで、アトキンス邸の前にいたんですか? あそこは周辺に、ほかの家屋はないですし」


「かつて、ユリディスは女神だった。冥府が彼女の神性をうばい、虚無の海へと落としいれた。

 だが、たしかに私は聞いた。女神の声を。二度と聞くはずのないハーモニー。生まれる前の赤子のように、かすかな声を。

 未来は告げる。女神の眠りを呼びさます夢使いが、あらわれると。

 そして、私は楽園をすてた。来たるべき日まで、地上をさ迷うのだ」


 わけのわからない答えが返ってくる。

 タクミは、ちょっと泣きたくなった。


「……詩人なんですね」

「うん。なにしろ、オルフェだから」


 タクミは、しかたなく、話を続ける。

 とうせ、まともな答えは返ってこないだろうが。


「ところで、どこへ行くんです?」

「市役所まで。戸籍管理課で、遺失いしつ身分証を再発行してくれる」


 ああッ、そうだった。


「言っときますけど、アレ、犯罪ですよ? 戸籍の捏造してたでしょ?」


 オルフェは艶麗えんれいなおもてを、世にも悲しげに、くもらせる。


「神は楽園にのみ存在するもの。詩人もまた、よるべなき浮き草。昨夜は親切なご婦人が、一夜の寝床をあたえてくれたが、人の善意にばかり甘えてはおられぬと思い……」


「だからって、犯罪はいけません。それにしても、よくホストコンピューターに侵入できましたね。どんな天才ハッカーだって、絶対に侵入できない鉄壁のオシリスブロックが、かけられてるはずなのに」


 すると、オルフェは、急にイタズラっぽい笑顔になった。タクミの肩を抱きしめ、両ほおに、ひとつずつキスしてくる。


 ディアナに赴任して三年になるが、いまだに、このラテン的パッションには、なじめない。


「お褒めにあずかり、光栄だよ。タクミは、とてもピュアな心の持ちぬしだね。なに、現世は、つかのまの宿り。神の座は詩人を必要としないから、安心してくれ。さあ、行こう。私は詩人の名のもとに、ユリディスを探す。君たちはユリディスの声を聞かせてくれる巫子だ」


 オルフェは笑いながら、タクミの手をつかんで、並木道を走りだす。


 通行人の目がイタイ。

 絶対、タクミも変人の仲間だと思われてる。


 オルフェは、まるで踊るように、タクミをふりまわしつつ、人々の注視を集めて、かけていく。


 速い。とにかく、ムチャクチャ速い。

 手をつかまれてるので、タクミは、いやおうなしに、ひきずられていく。


 恥ずかしいのと、オルフェについていくのがやっとなのとで、市役所についたときには、クタクタになってしまった。


 タクミが息をととのえてるあいだに、オルフェは身分証再発行の手続きをすませてしまった。


 そこへ、他人のふりしてたユーベルが、追いついてきた。

「タクミ。もう、ほっとこうよ。サリーじゃないなら、どうでもいい」

「そうも言ってらんないよ。悪気はないみたいだけどさ。あんなエキセントリックな人、ほっとけないでしょう」


 タクミたちが言いあうのを、オルフェはニコニコしながら見ていた。


 が、そのときだ。

 急に真顔になると、オルフェはタクミたちの肩を、かわるがわる、たたいた。


「別れは、とつぜん、おとずれる。再会もまた、とつぜんに」


 と言い残し、全速力で走っていってしまった。

 オルフェの全速力は、常人では追いつけない。


「ああ……コーヒー代……」

「あきらめなよ。あんなのとかかわったら、共犯者にされちゃうよ。あんた、セラピストの資格、なくすからね」


 サイコセラピストの資格審査は、たいへん、きびしい。

 どんな軽犯罪であろうと、罪を犯せば、即刻、資格を剥奪はくだつされる。


 弱りきってると、銀色のカプセル型タクシーが一台、制限速度ギリギリまで、とばしてくる。


 タクミとユーベルのわきを走りぬける。が、ちょっと行きすぎたところで急停車した。


 タクシーから顔をだしたのは、遺伝子操作で作ったオレンジ色の髪の女だ。タクミより、少し年上だろう。


「あなたね? アドニスが裸足で逃げだすような美青年と、シャンゼリゼ通りをおどりながら走っていった東洋人って」


 あまりに恥ずかしい指摘を受けて、タクミは瞬時にへこむ。


「彼は、どこ?」と、女は一方的に言葉をたたきつけてくる。


 タクミは両手をあげた。

 銃をつきつけられたわけではないが、なんだか、すごく怖い。


「知りません。どっか行っちゃいました」


 女は舌打ちして、首をひっこめた。

 タクミは、しらばっくれて問いかけてみる。


「あのォ、さっきの人。追われるようなことでもしたんですか?」


 必殺のすごみをこめて、にらまれてしまった。

 そのまま、カプセルタクシーは発進する。


 すかさず、ユーベルがつぶやいた。

「ほらね。あいつ、犯罪者だよ。秘密警察に追われてるんだ」

「うーん……」


 それにしても、オルフェは、どうして追っ手が来ることが、前もって、わかったのだろう。


 オルフェが、さっきの女から逃げだしたことは、疑いようがない。


 だが、オルフェが逃げ始めたときには、まだ追跡者の影もなかった。つまり、オルフェは、あの女の気配を遠隔で察知したということになる。


 エスパーなのだ。


(そういえば、僕ら、一度も自分から名乗ったことはない。なのに、オルフェは僕とユーベルの名前を知ってた。僕らの心を読んだのか)


 いや、ユーベルではない。

 読まれたとしたら、タクミの心だ。


 ユーベルは外に出るときは、必ず制御ピアスをつけてる。外部からのコンタクトは通さない。


 しかし、タクミだって、Aランクのエンパシストだ。

 常時、マインドブロックをかけている。

 そのタクミが気づかないうちに、心を盗み読む——


 考えて、ゾクリとした。


 これほどに強い能力。

 確実にダブルAランク以上。

 それも、公的に知られていない、ダブルA。


 いや、あるいは、さらに上の……。


(いったい、何者なんだ? 彼)


 わからない。わからないが、また会いそうな予感はある。


 疲れてアトキンス邸へ帰った。

 帰りがけに、もうひとつ、重大なハプニングが待ちうけていた。


 タクミがユーベルと話しながら玄関口に入りかけていたときだ。走ってきたオリビエと、ぶつかってしまった。向こうが不注意に、つっこんできたのだ。


 その瞬間に、オリビエの思念が、はっきり言葉で、タクミの脳裏に流れこんできた。



 ——これで、ダイアナは僕のものだ!



 エンパシストは不用意に周囲の人々の心を読みはしない。が、あまりにも相手の感情が高ぶっていると、ブロックをつきやぶってくることが、まれにある。


 オリビエは異様に、こうふんしていた。


「やあ、失敬」

 いつものように、カッコつけて髪をかきあげ、謝罪してくる。が、高揚した感情の波長までは、かくせない。


 気になったので、タクミはオリビエの思考に感応してみた。この場合は犯罪未然防止法で許可される範囲だ。


 エンパシーをかけると、出てくる、出てくる。

 怪しい単語と映像が、うずまいている。


 オリビエが、こうふんしすぎていて、まとまった思考にならないが、だいたいのところは、わかった。


 寝室、媚薬びやく、既成事実、かけおち——なんて単語が次々、あふれてくる。


 どうやら、ダイアナに、なんらかのいかがわしい薬を盛り、既成事実を作ってしまおうとしているらしい。


 ごうかな新居とか、協力者のイメージもチラホラする。

 たぶん、ダイアナをつれて逃げれば、見返りをすると、誰かが好条件をだして、そそのかしたのだ。


 なるほど。大金が手に入れば、オリビエは喜んで、この申し出を受けただろう。


(いい手があると言ってた。昨日のテラスの話し声。きっと、あいつらの計画だ)


 なんて、ひきょうな手だ。

 未成年者への薬物投与による淫行。

 れっきとした犯罪だ。


 それは、たしかに、アンソニーとの結婚を望んでいないダイアナだ。もしかしたら、既成事実のあとでなら、オリビエのプロポーズを飲むかもしれない。


 しかし、それだって、ダイアナの感情は、ふみにじられる。


(ダイアナは僕が守るぞ!)


 幸いにして、すでに甘い新婚生活を夢見るオリビエが、今夜、今夜と心のなかで連発している。

 決行が今夜だということはわかった。


 というわけで、その夜。


 晩さんの席で、ダイアナからプレゼントのピアスを渡され、アンソニーが大喜びした。


「わたしと、おそろいなの。昨日のおわびに」

 なんて言われて、アンソニーは、はしゃいでいた。


 が、それ以外、これってこともなく夜はふけていく。


 タクミはユーベルと二人で、ダイアナの寝室が見える、ろうかの端で張りこんだ。


 最初、ユーベルは、しぶっていた。

 しかし、タクミが一人でも行くと宣言すると、ついてきた。


 もしかしたら、タクミの身を案じてというより、オリビエを追いだしたあと、タクミ自身がオオカミに豹変ひょうへんするかもしれないと、かんぐったのかもしれない。


 待つこと、二時間半。

 夜中の一時ごろになって、オリビエはやってきた。


 ろうかは物音ひとつしない。

 起きている者がいないのか。豪邸だから防音がきいてるせいか。


 こそりとも音のしない邸内を、オリビエは周囲をうかがいながら、やってくる。ビクビクしてるのが目に見えてわかる。色男の画家は小心者のようだ。


 三間続きのダイアナの部屋。

 ろうかをはさんで向かいが、アンソニーの部屋だ。


 少し離れた自分の部屋からオリビエは歩いてくる。

 クツもスリッパも、はいてない。

 足音をたてないように用心している。


 足をとめ、そろっとドアのひとつに耳をあてた。

 あれが、ダイアナの部屋だろう。


『さっさと捕まえるんだろ?』

 ユーベルがテレパシーを送ってきた。


『いや、言いわけできないよう、部屋に入ったところで捕まえよう』


 オリビエはドアノブをまわした。

 カギがかかっているらしい。


 何度かカチャカチャやったあと、ポケットに手を入れた。


 おどろいたことに、オリビエはダイアナの部屋のカギを持っていた。協力者から受けとったに違いない。


 屋敷内の部屋のカギは生体認証ではない。きわめて旧式の鉄のかたまりなのだ。


 手がふるえるのか、何度もキーを入れなおしてから、やっとのことでドアをひらく。

 細めにあけて、なかをうかがってから、オリビエは室内へ入っていく。


 タクミは指さきでユーベルに合図する。

 ろうかを走りぬける。が、こっちもクツをぬいでるので足音はしない。


 そっと、ドアノブをひねってみる。

 内からカギがかかっていた。


 しまったな。でも、こっちには奥の手がある!


 常人なら、あわてふためくところだ。

 でも、タクミには心強い助手がいる。

 トリプルAランクのPK(念動力者)、ユーベルが。


『おねがい。ユーベル。あけて』

『けっきょく、おれに頼るんだ?』


『だって、ドア、けやぶったら、みんなが起きてくるじゃないか』

『はいはい』


 タクミは、あくまで穏便に、すませたいのだ。


『あいたよ』

 ユーベルが一瞬、手をかざしただけで、カチリとカギの外れる音がした。


 タクミたちが、かけこんだときは——あやうく、セーフ!


 恋する男は、せっかちに、すっぱだかになって、美少女の白いフリルつきの下着に手をかけようとしていた。


 あ、ダイアナ、白なんだ——

 いやいや、そんなこと考えてる場合か!


「待った! そこまで。あんた、それ、犯罪ですよ」


 オリビエは、ぽかんと口をあけて、こっちを見てる。

 さもあろう。カギをかけたはずのドアから、とびこんできたんだから。


「おまえら、どうやって、なかへ……」


 つぶやいたのち、急に、オリビエはひらきなおった。

 こっちが小柄な東洋人と、きゃしゃな少年だから、甘く見たんだろう。ベッドをとびおり、突進してくる。


 タクミは、ため息をついた。

 そして、とびかかってきたフルチンの画家を、ヒョイとかわす。そのまま、逆に腕をねじあげる。


「イテテ。イテテテテ……」


「すみませんね。これでも、柔道三段。空手、合気道、弓道は四段。剣道五段なんです。ちなみに習字は二段。お茶お花の免状も持ってます」


 オリビエはなさけない声で、うなる。

 タクミは少し力をゆるめた。


「わかりましたか? もう抵抗しないでくださいよ? 第一、さわぐと困るのは、そっちでしょ?」


 観念したようだ。

 オリビエは、おとなしくなった。


 タクミは手を離し、武士の情けで、オリビエに下着をなげてやる。


「いくらダイアナさんが好きだからって、こんなことしちゃいけません。ダイアナさんに何を飲ませたんですか?」


 ダイアナは、ぐっすり眠りこんでる。

 これだけ、さわいでるのに起きない。

 あきらかに何か盛られている。


 オリビエは、ふてくされて答えない。

 なげ渡した下着だけは身につけたが。


「知ってるんですよ。誰かに、そそのかされたんでしょ? どうやって薬を飲ませたのか知らないけど」


 すると、かわりに、ユーベルが言った。

「そのグラスのなかみだよ。こいつの残留思念を感じる。この女、寝る前に、なんか飲む習慣があるんじゃないの」


 ベッドわきのナイトテーブルに、小さなグラスが置いてある。


「なるほどね。屋敷に長くいれば、そういう習慣も知ってるよね」


 オリビエはパンツいっちょで、きざったらしく、前髪をかきあげる。

「おまえたち、エスパーなんだな。それで僕の計画に気づいたのか」


「そういうことです。犯罪未然防止法にもとづき、行動しました。ムッシュ・クールビル。このまま、シティポリスに、つきだしましょうか?」


「かんべんしてもらえないかな。もうしないから」


 ほんとにしないなら、かんべんしてもいい。が、かんたんには信用できない。


「あなたしだいですね。あなたが僕たちの仕事に協力してくれるなら、まあ、カンベンしないこともないです。


 もちろん、心の底から反省して、こんなこと二度としないと、誓ってもらうのが前提ですが」


「誓う。誓う。こりごりだ。仕事っていうのは?」


 それなりに反省はしてるようだ。

 裸の証拠写真だけ撮っておく。


 そのうえで、タクミは依頼主はナイショにして、ダイアナの依頼内容を話した。


 オリビエは、うなり声をあげる。


「そう言われれば、そうかもな。アルバートが死んでからのアンソニーは、性格が変わった。アルバートに取り憑かれたみたいだ」


「ふうん。あなたも、そう思うんですか」

「そりゃそうさ。以前は、やりにくかったからね」


 深々と、ため息をつき、オリビエは続ける。

「それで、協力ってのは? 僕は繊細せんさいな画家であって、ジュードーもできないし、エスパーでもないぞ」


「そんなこと承知してますり僕らがいないあいだ、アンソニーさんの行動を観察してもらいたいんです。不審に思われないていどに。で、僕らに報告してください」


 オリビエは、ほっとしたようだ。

「なんだ。そんなことでいいのか」


「言っときますけどね。こっちは証拠写真あるんで、次、こんなことあったら、アンソニーさんにバラしますよ?


 屋敷から追いだされるくらいじゃ、すまないんじゃないですか? あれだけの権力者だ。画家生命が絶たれるでしょうね」


「わかってるって。僕だって、スキャンダルは困る。そっちこそ、その写真、悪用するなよ?」


 オリビエは切なげに、ダイアナの寝顔をながめる。

「愛しい僕の女神。僕は、ただ、君を望まぬ結婚から解放してあげたかっただけなんだ」


 いくらなんでも、それは自分を美化しすぎだ。

 タクミは、あきれはてる。


「まあ、いいでしょう。大ごとになる前に、今日は退散しましょう。この部屋のカギは、僕があずかります。ろうかで、ひろったことにして、明日、ダイアナに返しておきますから」


「そうかい? 今日のことは、ダイアナには言わないでくれよ。彼女に嫌われたくない」


 身勝手だなぁ……。


「じゃあ、僕らがエスパーだってことや、依頼の内容のこともナイショにしてくださいね」

「わかってるよ」


 約束しあって、タクミたち三人は、ダイアナの寝室をでた。


 しかし、オリビエを信用すべきではなかったのだ。

 これが原因で、数日後、あんなことになると、わかっていれば……。

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