第二十九回 居酒屋にて・その六

   

「……そんなわけで、アリバイの謎は解けたのだった。喫茶店で時間を過ごしていたのは秋座あきざ吾郎ごろうであり、山田原やまだわらただしではなかったのだ。その間、正は、山田原やまだわら安壱やすいちを殺しに行っていたのだ。……これが導き出された結論である」

 我孫瓦あびがわら警部は、芝居がかった口調で、話を締めくくった。

 うん。

 警部は満足したように、旨そうにビールを飲んでいる。

 だが、警部には悪いが、俺は話の内容そのものより、また些細な点に思いを巡らせていた。


 俺が引っ掛かったのは、警部の「わざわざワープロなどは使わず」という言葉だった。

 そう。

 確かに1985年の皆さんにとっては、ワープロを使うのは『わざわざ』だろうな。実際、転生前の俺も中学・高校時代は、それこそ先ほどの秋座吾郎のように、手書きでルーズリーフに日記をつけていた。

 そもそも皆さんにとって『ワープロ』といえば、パソコンワープロではなくワープロ専用の機械の方を思い浮かべるだろうしね。

 ちょうど今くらいの時代だったと思う。転生前の俺の家で、なんちゃらSRとかって名前のパソコンを購入したのは。ディスプレイやプリンターも含めて、全部で四十万円くらいしたはず。プリンターは「このパソコンはワープロとしても使えるので」と店の人に言われるがまま買ってしまったわけだが、まあ、ほとんど使われることはなかった。

 まだ1985年の現代は、そんな時代だよなあ。ワープロよりも、手書きの方が便利で簡単だ。信じられないかもしれないが、これが今から十年もすれば、完全に逆転する。「忘れないようにメモしておこう」なんて時も、筆記用具で紙に記すのではなく、パソコンワープロのようなもので書いて、パソコン内に残す時代が来る。

 まあ、今までの俺の話を聞いた皆さんなら、納得できるのかもしれない。あるいは、まだ信じられないかもしれない。どちらにせよ、そこまで生きて、自分の目で確かめてくれ。


 ……とまあ、こんな感じで事件とは無縁なことばかり考えていては、せっかく語ってくれた警部に申し訳ないので。

 俺は、一つ質問してみた。

「でも、その秋座吾郎なる人物がおこなったアリバイ工作……。それが、警部の話してくれた事件に関わっていたという証拠はないんですよね?」

 全く別の人物が全く別の理由でアリバイ工作を依頼した可能性は、否定できない。たまたま同じ二十三日だったから、勝手に安壱殺害と結びつけて考えてしまっただけかもしれない。

 また、偽のアリバイ工作の口封じで殺されたのだとしても、それが二十三日のアリバイ工作だったとも限らない。アリバイ工作を得意にしていた、というくらいだから、最近だけでも同種の仕事は多数あるのだろう。その中のどれが秋座吾郎の命を奪う原因となったのか、まだわからないのだ。

   

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