第十三回 警部は語る・その五

   

 店の奥へと案内されると、引き戸の向こう側に、畳敷きの小部屋があった。

「お客様が来るまで、ずっと店にいるわけじゃなくて、ここで店番しているのです。さあ、どうぞ座ってください」

 説明する香也子かやこ

 部屋には大きめのコタツがあったが、当然、もう暖房器具など不要な季節だ。今は、ただのテーブルとして使っているらしい。

 コタツの四辺のうち二辺に私と部下が腰を下ろすと、おさむは私の正面に座り、香也子は空いたところにではなく、彼の隣にちょこんと座った。

 私は早速、話を始める。

 メモは部下に任せ、質問は、私が切り込んでいくのだ。

「検視の結果、安壱やすいちさんが殺されたのは二十三日、豪次ごうじさんが殺されたのはその前日の二十二日と判明しました。夕方、あるいは夜の早いうちと思ってください。その時間帯の、お二人の行動を聞かせてもらうために、伺いました」

 香也子が顔をしかめて、不安げな声を出す。

「あのう……。私たち、疑われているのですか?」

「いえいえ、ごく形式的なものです。一応お二人は、被害者の親族ですからね」

「そうですか。よかった……」

 彼女は安心したように、胸をなでおろした。

 ……いや、響谷ひびきだに君。文章の上での感情表現の『胸をなでおろす想い』ではなく、この時の香也子は、本当に両手を胸に当てていたのだよ。ちょっと珍しいものを見た気分だったな。

 まあ、ともかく。

 話を戻そう。

 この些細なやりとりの間に、修の方は、壁のカレンダーに目をやっていた。指定された二日間の行動を思い起こしていたらしい。

「大丈夫だよ、香也子」

 安心させるように、軽く妻の肩に手を置いてから、彼は私に向かって話し始めた。

「二十二日と二十三日……。つまり先週の木曜日と金曜日ですね。まず、先に金曜日の方からお話ししましょう。夕方六時頃まで店番した後、配達へ出かけていました」

 修が話すたびに、横で香也子は「うん、うん」と頷いている。しかし、そんな妻の様子には目もくれず、彼は話し続ける。

「金曜日は大抵、回るところが多くなりましてね。家に戻れたのは、夜の十一時近くでした」

「間違いありません。ずっと店で待っていた私が言うのですから」

 香也子が口を挟む。

 続いて、修は少し説明を加えた。

「大口のお客様に対しては、家まで品物を届けるサービスをしています。おかげで、遠方からの注文も来ましてねえ。毎週、火曜と金曜の夜が、この配達サービスの日になっております」

 修の家から、山田原やまだわら安壱の屋敷までは、かなりの距離がある。ずっと店にいたのであれば、犯行は不可能であろう。

 しかし当日の配達ルートについて詳しく聞いてみると、安壱の屋敷の近くを通っていた。これならば、安壱を殺すことも不可能ではない。殺害可能となった。

   

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