第七回 居酒屋にて・その二

   

「いやいや、勘違いしてもらっては困る。あのひとのところに、私が事件を持ち込むわけないじゃないか」

 わざとらしく憤慨した素振りを見せる我孫瓦あびがわら警部に対して、

「では、どういう理由で……」

「うむ。謎解きを頼むつもりはないが、事件の話だけでも聞いてもらいたくてな」

 そして、少し悪戯イタズラっぽくニヤリと笑って、

「……この私が解決した事件の話を」

 いや、それだって『事件を持ち込む』の一種だろう。

 そう思ったが、俺は口には出さず、代わりに、

「おお! 解決済みの事件ですか! ……しかし姉にわざわざ話そうというくらいです。なんらかのトリックが使われた事件なのですね?」

「そうだ。私が、あばいてやった。ただ……」

 少し警部のトーンが落ちた。

 俺は「おや?」と思ったが、俺の疑問も、警部の次の発言で解消された。

「……謎は解けたけれど、まだ確証はないからね。私の推理を一通り聞いてもらって、意見をもらおうと思ったのさ」

 おいおい。

 それは『解決した』と言ってはダメな段階だろう。むしろ、謎解きドラマの中で警察側の担当者が「よーし、わかった!」と叫ぶ段階ではなかろうか。そういうのは必ず、正解とは程遠く、探偵役を引き立てるための迷推理でしかないのだが……。

 心の中で、俺がかなり失礼なことを考えていたら、

「だから、実のところ。あのひとじゃなくて、話し相手は君程度でも十分だったのさ」

 警部も少し失礼な言葉をぶつけてきた。まあ、俺の心の中と比べたら『失礼』の度合いは、はるかに小さいわけだが。


 木を隠すなら森の中、という言葉がある。

 死体を隠すなら大量の死体の中、という趣旨の短編ミステリ小説も読んだことがある。

 それと同じで。

 人に聞かれたくない話をする時は、むしろやかましい雑踏の中の方がいいのだろう。

 今。

 捜査状況という機密に類する話を始めた我孫瓦警部も、こういう話ならば喧騒に紛れた方がいいと考えて、敢えて居酒屋を選んだのかもしれなかった。


響谷ひびきだに君。これから話して聞かせるのは、先週の事件だ。『老兄弟連続絞殺事件』と称して、一部のマスコミでも騒ぎ立てられたから、まあ君も概要くらいは耳にしているかもしれないが……」

 すまん。

 全然、知らねえ。

 ……などと口に出来るわけもなく。

 何も言わない俺に対して、

「……一応、順を追って最初から話そう」

 警部は、物語でも読み聞かせるかのように、頭の中を整理しながら語り始めた。

 そう。

 ここまで色々と前置きが長くなったが、さあ、ようやく事件の話が始まる!

   

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