第二回 姉の家にて・その一

   

 俺は今、姉の家から帰る途中だった。

 姉が住んでいるのは、最寄り駅から徒歩数分くらい。近くて便利なのだが、途中に踏切が一つあるのが玉に瑕。そう、ちょうど今、俺が引っ掛かっている踏切だ。


 姉の名前は、響谷ひびきだにあいという。

 最初にチラッと述べたように、現在の俺の名前は、響谷ひびきだにつばさ

 もちろん、転生前は転生前で別の名前があったはず。だが、この肉体に魂が入った瞬間、体の持ち主の記憶が流れ込むと同時に、俺の頭から元の名前に関する記憶は押し出されてしまった。そのくせ、名前以外のことは色々と覚えているのだから、不思議といえば不思議なのだが、まあそういう転生システムなのだろうと納得することにしている。

 なお、あいつばさという名前は、ドイツ語のアインツヴァイドライに由来しているらしい。最初の子供には『一』を、次の子供には『二』を意味する言葉を含めたくて、少し捻ってドイツ語にしたそうだ。しかし「あいん」「つばい」では日本人の名前っぽくないから、微妙に変えて「あい」「つばさ」となった、という話だが……。

 当時の常識だから『名前っぽく』変えてくれたが、これ俺の元の時代だったら、そのまま「あいん」「つばい」にされていたかもしれない。

 

 この体の持ち主は、何度も姉の家を訪れていたらしいが、俺――魂の入れ替わった、新しい『響谷翼』――としては、実は初めての訪問だった。

 姉は世間から『ころしや探偵』と呼ばれる、ちょっと変わった素人探偵であり、難事件に巻き込まれる度に、弟の響谷翼を家に呼ぶ。

 だから今回呼ばれた時も、最初は「事件か? 俺にとっては、記念すべき初事件か?」などと思ったわけだが、どうも事情が違うようだった。何しろ「風邪薬を買ってこい」と言われたのだから。

 実際に姉の家に入ると、事情がわかった。姉は、熱を出して寝込んでいたのだ。

 さあ、大変だ。

 皆さんの中には「まあ風邪くらい……」と思われる方々もいるかもしれないが、何せ俺の前世の死因が、おそらく風邪をこじらせたものだ。この姉にもそうなられては、たまったもんじゃない。

「姉さん! なぜもっと早く呼んでくれなかったんですか!」

「おいおい、翼。そんな大げさに騒ぐもんじゃないよ……」

「病人は反論しないで! さあ、まずはこれを!」

 姉の上体をベッドから抱え起こして、まずは買ってきた風邪薬を飲ませた。

「ううっ。なんだ、これ。お前、もっと飲みやすい薬、買ってこいよ……」

「姉さん、わがまま言っちゃいけません。『良薬は口に苦し』とも言いますからね」

 先ほどは「病人は反論するな」と言ってしまったが、これくらいの方が、元気なあかしかもしれない。

   

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