ころしや探偵の事件簿「記録に残されたアリバイ」――転生先は探偵助手――

烏川 ハル

プロローグ 過去への転生

   

 2000年問題が囁かれ始めた、二十世紀末……などと言われても、皆さんには、ピンとこないかもしれない。

 だが、まあ、聞いてくれ。

 皆さんの中には、俺と同じような立場の人間もいるかもしれない……。そんな淡い期待で、この話を始めたのだから。


 1999年、年の瀬。

 俺は大学生活を謳歌していた。いや「謳歌していた」と言っても、私生活では恋人一人いなかったし、肝心の学業もダラダラと留年を繰り返す有様だ。だが、うちの大学は留年する学生も――世間一般の大学よりは――多くて、留年仲間も結構いたし、サークルに顔を出せば、なぜか「普段は子供っぽいのに、運営会議では大人な発言をして議事進行を助けてくれる人」と扱われて、俺を慕ってくれる若い女性の後輩もいたから――恋愛関係には発展しなかったけど――、まあ楽しくやっていた。

 そんなある日。

 部屋の暖房の調子が悪く、体も熱っぽいので、服を何重にも着込んで、布団に包まって眠ったら……。

 翌朝、そのまま俺は冷たくなっていた……のだと思う。

 いや、無責任かもしれないが「のだと思う」としか言えないんだ。だって、死んでしまったら「その後、自分の体がどうなったのか」なんて、もうわからないだろう? 「おそらくあのまま死んだのだろう」としか言えない。

 幽霊になってその場に留まることが出来たら、その後の顛末も見届けられたかもしれないが、俺の場合、それも無理だった。

 だって、俺の魂は転生してしまったのだから。

 転生先は、1985年の日本を生きる、響谷ひびきだにつばさという名前の男。

 そう、俺の場合、転生といっても、全く新しい人間として生まれた瞬間からやり直すのではなく。

 既にこの世に生きてきて、家族や友人との人間関係も構築された人間の肉体に、魂だけがスッポリと入り込んでしまったのだ。

 幸い、元の人間の自我は残っておらず、でも記憶だけは残っているという、ちょっと便利な状態だったが……。

 ちなみに、この男。世間から『ころしや探偵』と呼ばれる探偵の、助手として暮らしていた。


 ……と、ここまで話せば、冒頭の「皆さんには、ピンとこないかもしれない」の意味がわかってもらえると思う。

 つまり俺は、皆さんが生きるこの時代より、十五年くらい未来から来たんだ。だから1985年の皆さんが知らない、信じられないような未来の話も、少しだけ知っている。もしも俺の『未来』の話を聞いて、既視感デジャブのような、何か思い当たるフシがあるようならば……。

 実は忘れている、あるいは気づいていない――まだ覚醒していない――だけで、皆さんも俺と同じく、未来からの転生者なのかもしれないぞ。

   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る