第7話 お仕え致し候

 評定の間では言い争いが続いていた。




 口撃するは家臣次席『林 佐渡守さどのかみ 秀貞ひでさだ


 守備側、我らが家臣筆頭『平手 中務なかつかさ 政秀まさひで


 内容は、信長死去後の家督相続からの山口親子による謀反、赤塚の戦いに関する事である。


 ちなみに、俺と良政様は右筆としてこの舌戦の内容を記録している。


 評定が始まる前に記録内容の説明を受けた。


 記録の付け方は人によって癖があるので、二人別々に付けた後に見合わせるのだそうだ。


 しかし、俺は織田家臣団の顔と名前を知らない。


 よって発言した人の名前を良政様が教えてくる。


 こんな感じで。




「林佐渡守」 「林美作守はやしみまさかのかみ」 「柴田修理亮しばたしゅりのすけ」 「佐久間大学」 「佐久間右衛門尉」


 名字と官位で教えてくる。


 両林と柴田が信行側、平手、両佐久間が市姫様側だ。


 専ら、この六人での討論となっている。


 他の家臣達はヤジに回っている。


 国会における与党と野党の攻防のようだ。


 でだ、この討論の内容を要約するとこうなる。


『市姫様が陣代になったから山口が謀反を起こした。弾正(信行)様が家督を継げばこんなことにならなかった。吉日を選び信行様に家督を譲るべし』


 以上、林佐渡守の主張。


『家督は既に奇妙丸様が受け継がれた。市姫様の陣代も織田一門に家臣一同が認めたもの。山口の謀反も早期に鎮圧した。市姫様の兵の指揮ぶりは天晴れなり。しかし、弾正様は謀反の時に何をなさっていたのか? 何もしていない。それでは甚だ頼りなし。親族衆を任せるのも危うい』


 以上、平手中務の抗弁。


 こんな会話を迂遠な言い回しで行っている。


 もっとストレートに殺り合えよ!


 訳すこっちの身になれ。


 何回も何回も同じ事を繰り返して紙と時間の無駄だ。


 しかもうるさい。


 時折、柴田の声がでかくて耳が痛い。


 うんざりしながら書き記している。



 ふと渦中の二人を見る。



 市姫様は涼しげな顔をしている。


 時折扇子で口元を隠しているが存在感がある。

 時折、両林や柴田が市姫を見るが圧倒されているのか。

 声のトーンが落ちている。


 そして、市姫様の目付きが鋭い。


 誰が味方で誰が敵か、見定めているようだ。


 頼もしいな。


 一言でいえばそう言うことだ。



 一方の織田信行。


 外見は見目麗しいイケメンだ。

 現代でもきっと、いや確実に通用するだろう。

 しかし、頬が少し痩けている。

 それに合わせて全体的に肉付きが足りない感じだ。

 やや頼りない感じがする。

 もっと飯を食えと言いたい。


 それと気になった。


 こいつ目が危うい。


 濁ってやがる。



 今も家臣達のやり取りをニヤニヤしながら見ている。


 明らかに楽しんでいるのだ。



 あー、こいつ駄目だ。


 権力持たしたらいかん奴だ。

 きっと周りを振り回す。

 迷惑かけても自分じゃないと逃げ出すタイプだわ。


 以前会社で似たような目をした奴を見たことがある。


 自分有能、周り低能。


 端から周りを見下している奴だった。

 他人の失敗を笑い自分ならもっと出来ると吹聴する。

 自分も失敗したら前任者が悪いと責任転嫁する奴。


 それとそっくりだ。



 不意に信行と目が合った。


 ぞわりと背筋に鳥肌がたった。


 駄目だ、生理的に受け付けない。



 視線を反らしたその先に林佐渡守が見える。


 熱弁を奮っている。

 自分の弁は正しいと身振り手振りを交えて話をしている。

 周りを煽り、正論をぶつけられても自説を曲げない。



 あ、これあれだ! 信者に似ている。


 それも狂が付くやつ。


 保守的な考えに多い人の典型だ。


 駄目なんだよな~、こういう人達って全然人の話聞かないんだ。

 それに間違いや矛盾を指摘すると逆ギレするんだよ。

 偉くなった人がこうなると下は苦労するんだよね。



 こいつ排除出来ないかなぁ~、いらないよこんな人。


 特に弟の美作守はなんかは熱くなりすぎて、何いってるのかわからない。



 ふと、隣の良政様を見る。


 良政様はあの声が聞き取れるのか?


 あれ、すらすらと書いている。


 凄いな、あんな声を聞き分けられるのか。


 改めて利政様に尊敬の念が強くなる。




 そんな討論と関係無いことを考えているとおもむろに市姫様が立ち上がる。



「皆の言い分よく分かった。 私が若輩であるために皆に余計な負担を掛けたことを詫びる」


 市姫様が頭を下げるとどよめきが起こった。


 そりゃそうだ。


 陣代とはいえ一家の当主が頭を下げるのだ。


 尋常ではない。


「これよりは兄上と共に織田家を守り立てて行きたい。兄上もそれでよろしいな?」


 信行は、何も言わない。


 市姫様を見ているが濁った目に市姫様は映っていない。


「ならば弾正様が」


「兄上にはこれからも名古屋の城を守って頂く。あの城を守れるのは兄上以外にいないのだから」


 林佐渡守の発言を遮り処遇を下す。


 平手のじい様と両佐久間が頷いている。


 評定はこれがきっかけで終わりを迎えた。



 言いたいことを言った市姫様が席を立ったからだ。


 両林は何か言いたそうだったがいない人物に向けて発言するにしても当然、記録に残る。


 有利、不利な発言は関係なく。


 勝三郎が評定の終わりを告げると信行が退席する。


 その足取りは軽い。


 自分が優位にいる、勝ったと思っているのか。


 両林が後に続く。


 腰巾着め。


 そして、柴田は市姫様の去った後を見続けている。


 アホーなのか?




 それにしてもこれは参った。


 家中が二派に別れて争いとは。


 どうしたもんかね?




 そう考えごとをしていると勝三郎と利久が声を掛けてくる。


「この後直ぐに話がある。付いてきなさい」


 忘れていた。


 今日は、俺の審判の日だった!





 以前の仕官の話をした部屋に通された。


 室内には市姫様とまつさんが待っていた。


 二人は笑顔で俺達というか俺を出迎えてくれた。


 だってすげえいい笑顔を俺に向けてるもの。

 市姫様に至ってはドヤ顔している。

 何がそんなに嬉しいのか。


 俺達三人が扇型に座る。


 左に勝三郎、右に又左、真ん中に俺こと藤吉。


 しばらくして平手政秀がやって来た。


 市姫様に遅れたことを詫びて座る。


 以前の左側のポジションだ。


 市姫様は正面、まつさんは俺から見て右側に座っている。

 そして市姫様の開口一番からのドヤ顔で話は始まった。


「私の言った通りだろう。どうだ、じい!」


 いや増す満面の笑みで何度も言うがドヤってる。


「さよう、ですな」


 悔しそうな顔で俺を見る平手のじい様。


「やはり又左の言は正しかったと言うことか?」


「だから、何度も言ったろうがこいつに間者働きは無理だ」


 勝三郎の問いに又左がドヤ顔で返している。


 お前のドヤ顔なんて見たくない。


 市姫様のだけ見れたらそれでいい。


「私も藤吉殿は違うと思っていました」


「そうだろう、そうだろう。さすがはまつだ」


 まつさんも笑顔だ。


 市姫様とまつさんの笑顔に癒される。


「確かに、弾正様は藤吉のことをご存知なかった。評定の間にて藤吉を見てもなんとも思っておらなんだご様子」


「さよう。林佐渡に弟の美作、それに柴田は藤吉に全く興味がなかった」


「林佐渡の性格からして潜り込ませる者は直接確認しているはず、それは佐久間大学殿に確認してある」


 俺を置いて男三人が熱く語っている。


 美少女二人も自分たちの世界に突入している。


 俺はどうしたらいい?




 俺を置いた話は一時間程続いた。


「あの~。それで自分はどうなるでしょうか?」


 しびれを切らして俺から口火を切る。


「おう、そうであった。すまぬな藤吉。お主の疑いは一応晴れたぞ」


「そうじゃな。姫様の言われるように、一応、晴れたの。一応の」


 市姫様からの無罪放免のお達し。


 ガッツポーズしたい所に念押しする平手のじい様。


 ほんと疑り深い。


 しかし、これ位が当たり前だろう。


 今日の評定を見る限りでは市姫派閥はそれほど多くない。


 それは信行側にも言えることだが。


 日和見が案外多いのだ。


 そんなんで良いのかと思いたいがむやみに顔を突っ込むより、少し離れて見るほうが安全だ。


 どちらが勝っても、先代、先々代を立てて中立を貫いたと言えばいい。


 むやみやたらに肩入れして家を潰すバカはいない。


 強かな出世術だ。


 俺も見倣いたい。


 もう遅いだろうが。


 俺の所属先は決まっている。


「では改めて藤吉。姫様の右筆として奉公に励むように」


 勝三郎から肩に手を当てながらの激励。


 ちょっと嬉しい。


「良かったな藤吉。これで晴れて織田家の一員じゃ」


 空いた肩に手でポンポンと叩く又左。



 駄目だ、涙が…………



 しばらく、顔を下にしてうつむいていた。



 握りしめた拳に眼からこぼれた水が落ちる。


 又左は茶化すことなく肩に腕を回す。


 勝三郎は俺の背中をさすっている。


「全く、最近の若いもんは…………」


 ぶつぶつと言葉を濁す平手のじい様。


 鼻をすすっている音が聞こえている。


「良かったです。本当に。ね、姫様」


「うん、うん」


 目元に手を当て涙を堪えるまつさん。


 柔らかな笑顔を向ける市姫様。



 俺はようやく、これで織田家の一員になったのだ。




 程なくして勝三郎から説明を受ける。


 今回の評定で俺が信行側の人間かどうか確かめる、いい機会だったと。


 他国の間者の線はそうそうに消えていたそうで、残るは国内。


 有力なのが信行ということ。


 直接俺と会わせることで俺と信行側の人間の反応を確かめたと。


「いやしかし、林や柴田が全く反応せんから逆に怪しいかと思ったが、弾正様の反応が決定的でしたな」


「……そうだな。兄上らしい反応だった」


 市姫様の固い口調。


 やはり兄妹だからか。



 信行が俺を見る眼、蔑みの眼だ。


 下賎な者を見る眼。


 ほぼ眼中にない。


 信行は俺に興味がなかったのだ。


 それが俺を救ったのだ。




 しかし、なしくずし的に市姫様の派閥に入ってしまった。


 選択の余地がなかったとはいえ。


 だが、その信行よりは全然いい。


 今回の評定で信行と信行側の人間を見れたのは大きい。



 信行は駄目だ。


 人間的な魅力を感じないし、生理的に受け付けない。



 気持ち悪い。



 両林に柴田も同様だ。


 あれの仲間と思われるのも嫌だ。

 向こうには向こうの良いところもあるだろうが、それでもと思う。

 それに応援するなら、味方するならやっぱり可愛い女の子がいい。


 美少女という所がまたポイント高い。



 だから、私、いや、俺は。



『木下 藤吉』は織田市姫様に、お仕えいたし候う。

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