魔性、滅すべし

 一時、場面を他に移す。

 逆卍党四天王残るひとり“神仏殺し”日叡には、津神天次郎と芦屋晴満が。

 吸血鬼の有廉邪々には、抜刀小町美鈴と草紙書きの無縁亭想庵が。

 そして、お縫が印地打ちで下忍たちを牽制する。


「まずはお見知りおきを。拙僧は日叡、人呼んで神仏殺し。ご覧のとおり、宝蔵院流の槍をいささか」

「神仏殺したあ、罰当たりだな」

「ならば、拙僧に罰を当てる神や仏は何処いずこにおられる? 死に絶えたと見て相違あるまい?」

「それで神仏殺しか」

「神にも仏にも見放された哀れな衆生に、我がご党首が新たな神の教えを説くであろう」

「あやつ、魔道で人を惑わす妖術師にすぎぬでおじゃるよ」

「いかなる聖人も、一皮むけば左様なもの。仏法も神道も切支丹も所詮はまやかしにすぎぬ。我らがご党首、榊世葉様こそ、虐げられたものの憎しみを救う大菩薩となられる。いいや、拙僧がしてみせる」

「魅入られてやがるな、あの男に」


 夢見客人と同じく、榊世槃もまた完全対称のこの世ならざる美貌を持つ。それは魔性の美となって、世に憎しみを持つ者の心を惹きつけ、集約する。

 あらゆる教えに絶望した日叡にとって、世槃が救い主となって説く教えに生まれる神を創造することが唯一の望みである。

 その日叡の鎌槍に対し、天次郎は大剣を構えて間合いを測る。


 突けば槍 薙げば薙刀 引けば鎌

 とにもかくにも 外れあらまし


 宝蔵院流の鎌槍は、この道歌に謳われるように突くだけではなく、防御にも優れ、さらには二代目胤舜が石突の使い方にも工夫を凝らし、懐に入られた際の対策もある。

 確かに、この妖僧には隙がない。

 膂力で大剣を振り回す天次郎であるが、それ以外にも喧嘩慣れして得た経験から、迂闊に手を出せないと悟っている。

 隙を窺うように足運びを変え、睨み合いが続く。

 日叡もまた同じく間合いを保とうと歩調を合わせる。


「睨み合ってばかりでは決着がつかぬようで」

「む――?」


 槍を突き出した日叡が、不敵に笑う。

 それに不穏なものを感じた天次郎であった。


「――嚢莫三曼多ノウマクサンマンダ 縛日羅多仙バサラダンセン 多摩訶盧舎耶多蘇婆多羅耶ダマカラシャダソワタヤ 吽多羅多タラタ 吟満カンマン


 真言を唱え、鎌槍を剣印に見立てて九字を切る。



「なんだ、身体が言うことを聞きやがらねえ……!?」

「不動金縛りの術でおじゃる! 今、術を解く」

「さて、できるかな? 陰陽師。……オン 吉利吉利キリキリ ?オン 吉利吉利キリキリ


 不動明王の羂索けんさくによって悪霊を縛り付けるとされる術法である。

 人に使わば、身じろぎもできずその場に釘付けとなるという。

 日叡が真言とともに念力を込める。

 これに対し、晴満が形代に呪を移して術を解こうと試みる。

 術と術との比べ合いになる。

 しかし、日叡には真言の呪法の他に槍があった。


「術を解く前に、この槍を突けばよし」


 妖僧、日叡は槍を回して迫る。

 と、そのとき。


「坊主と医者は、のさばらんほうがよいな――」


 日叡の背後から、声がした。

 いつの間にか、忍び寄られていたのだ。


「な、何者……!?」


 しかし、確かめる前に日叡は意識を失って倒れる。

 盆の窪に刺さる、執刀用の小刀。

 はぐれ医師の早良刃洲であった。


「確かに神も仏もないな、この世には」


 まったく気配を現さず、日叡の背後を取って事もなげにとどめを刺した。

 この男、医者の他に殺しも生業としている。


「恐ろしいな、あんたはよ……」


 天次郎も、思わず固唾を飲む。

 正面からの喧嘩は大の得意だが、音もなく隙を突いてのひと刺しとなると防げるとは思えない。

 立ち会いの最中にぶすりとやられては、日叡のように相手が何をしたのかもわからず絶命するだろう。


「私からすると、天さんや夢さんのほうがよほど恐ろしいがね。いつも背後が取れん」

「おいおい、俺たちを狙っているってのか……」

「いや、試しのことだよ。私も暇人だが、長屋の仲間を頼み料もなく殺るほどではないさ」

「お互い、刃洲先生に金を積まれないような生き方を心がけねばな」


 晴満にとっても、ぞっとしない話ではあるのだ。

 それなりに裏の道に通じているため、どこで人の恨みを買うかはわかったものではない。

 筋と頼み領さえ確かなら、顔見知りでも仕事にかける非情さと凄みがある。


「美鈴殿の事もあって顔を出したが、あれが南蛮渡りの血を吸う鬼か」


 刃洲は視線を結ぶ先には、まさに跳梁跋扈する邪々丸の姿があった。

 石灯籠の上を、むささびのごとく跳び、美鈴を挑発している。

 腰を落として抜刀の構えのまま、美鈴は動きを見定めようとしている。

 腕の一本切り落としても、すぐに塞いでつなげてしまうこの世ならざる者である。

 一刀のもと、ばっさりと確実に仕留めねばならない。


「あはははは! 姉様、姉様、そんなに恐ろしい顔をしないでくださいまし」

「いつまでも、愚弄は許しませぬ」

「では、こちらから参りましょうか」


 邪々丸が、ふわりと宙を舞って美鈴の前に降り立つ。

 すぐに鞘走り、刃が抜き放たれた。

 たしかに斬ったと思われたその瞬間、ばさばさと黒い群れに変わって散っていく。


「こ、これは……」


 蝙蝠の群れであった。

 斬られる瞬間に、その身を変じたのである。


「永く生きると、このような芸当もできまする」

「おのれ、面妖な!」

「あははははは、いかにも。それがし妖怪変化の類いゆえ!」


 邪々丸は、赤い唇を歪め嫣然と笑みを見せた。


「なるほど、蝙蝠に変じるとは書にある通り。ならば、この出番であるな」


 想庵が懐から取り出したのは、短筒である。


「この国で、‖燧発式拳銃フリントロックピストールを見るとは思いませなんだな」


 フリントロック式は、マラン・ル・ブールジョワがルイ十三世に献上すると、またたく間に広がった。

 この時期の日本でも生産されたが、命中精度がマッチロック式の火縄銃よりも悪かった。

 戦がなく、銃が個人の武芸となった日本では火縄銃のほうが普及することとなる。

 しかし、このように携帯性に優れる利点があった。


国友くにとも鍛冶の試し品でな。これでも、江戸に持ち込むのは骨が折れた」

「ですが、飛び道具もこの身には効きませぬよ」

「さて、どうかな?」


 想庵が狙いをつけて、銃爪を絞る。

 邪々丸は、嘲りを浮かべたまま、発射音が響くのを聞いた。

 弾丸は、額に命中する。

 常人なら絶命しようが、邪々丸はすぐにも回復する、そう自負していた。


「ぐぎゃああああああああああ……!? な、何故ぇ……?」


 自負を打ち破るように、その弾丸が穿った穴からしゅうしゅうしゅうと焼け爛れていく。


「やはり効いたな。銀の十字架ロザリオを鋳物として鉄砲玉とした。海の向こうでは、魔除けに使うと伝え聞いておる」


 銀の弾丸は、吸血鬼や人狼も殺す力を持つと信じられてきた。

 砒素に反応し、変色する性質ゆえに災いを退ける聖なる力が宿ると。


「怪物妖怪変化魑魅魍魎……人の恐れから生まれるとしたら、人の心の信心によって敗れるのもまた道理である。人をちと侮りすぎたな」

「お、おのれぇぇぇ!」


 あどけない顔から憤怒の形相に転じて血の涙を流す。

 苦しみの果てに、本性が炙り出された。


「化け物にふさわしい姿ですこと」

「美鈴殿、とどめはお任せする」

「いざ――」


 小袖を翻し、美鈴の刀が一閃した。

 目の覚めるような、流麗な技である。

 すれ違って刀を振ると、邪々丸はどす黒い血を噴き出し、倒れた。


「お見事、さすがは抜刀小町であるな」

「おかげで、不覚を取った借りを返せました。身体も軽くなった気分です。ですが……」

「美鈴姐さん、瞳鬼ちゃんが……」


 お縫が、ぽろぽろと涙を流す。

 柳生の刺客に斬られ、客人の腕の中で息絶えた。

 立場は違えど、ともに戦い、船の上では隠密であることも忘れて化粧もした。

 その喪失は、やはり胸が痛む。


「夢見様、そちらはお任せいたします」


 見上げる先は、伝通院本堂屋根の上。

 千鶴を連れた夢見客人と、榊世槃の姿があった。

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