23同志が増えそうな予感です

「それで、お話とはいったい何ですか。ああ、その前に髪を乾かしましょう。」


 ユーリをイザベラが部屋まで運び、その後はすぐに解散となった。カナデとソフィアは同じ部屋になったので、一緒に自分たちにあてがわれた部屋に向かう。部屋に着くなり、カナデは話を切り出そうとしたが、ソフィアの濡れた髪を見て、話しは後回しだと判断した。ドライヤーか何か髪を乾かすものがないかと部屋を探していると、ソフィアに笑われてしまった。


「ふふ。髪は自然乾燥でも大丈夫ですよ。いつもそうしていますから。」


「いやいや、この世界ではそれでいいかもしれませんが、私はダメです。乾かさないと髪がギシギシ痛みますし、ただでさえ、私の髪は傷みまくりですから、ケアはしっかりしておかないと。」


「では。」


 ソフィアがカナデの髪に手を触れる。すると、すうっとあたたかな心地よい風が髪を通り抜ける。通り抜けると、カナデの髪はすっかりと乾いていた。ソフィアは自分自身の黒い長い髪にも同じように手を触れ、乾かしていた。




「……。」


 ソフィアの髪がきれいなのは、ドライヤーがなくても、魔法で簡単に髪を乾かすことができるからだということに気付き、それなら今までもソフィアに頼めば、簡単に髪を乾かすことができたという事実に気が付くカナデ。カナデはこちらの世界に来てから、ドライヤーがないので、仕方なくタオルで髪の水気を取ることしかしていなかった。そのため、髪はギシギシとなっていて、まとまりも悪く、女子力皆無のただのおばさんとなっていた。


「おそらく、他の皆さんも魔法でささっと髪を乾かしているのだと思いますよ。そういえば、カナデさんは、魔法はお使いにならないのですか。」


 さも魔法を使えるのが当然だというソフィアに、カナデはどう答えようか考える。女神はユーリには魔法の力を与えたみたいだが、自分はどうだろうか。異世界に来てからの行動を振り返る。


「使ったことがないので、私に魔法の才能があるのかないのかわかりません。そもそも、もといた世界では、魔法が存在しなかったので。」


「そうなのですか。ああ、だから……。」


 カナデの話に何か思い当たることがあったのだろう。ひらめいたとばかりに顔がぱっと明るくなる。その内容にカナデはがっくりと肩を落とす。


「カナデさんから、魔力を全くといっていいほど感じなかった理由がこれでわかりました。」


「やっぱり、そういう展開というわけか。わかってはいたけど、いざそれを目の前にすると、悲しくなるね。」


 事実を告げられても、魔力なんて簡単に増やせるものでもない。そもそも、カナデに魔力があるわけがないのだから、ゼロから増やせるものなのかもわからない。


 ソフィアの言葉にカナデは肩を落とす。そう、ユーリにはチート能力が与えられていた。手をかざし、言葉を発するだけで、ありとあらゆる魔法が使える。それに対して、カナデには能力が備わっていなかった。この差はいったいなんなんだと恨んでいたこともあったが、今ではすでに慣れたものだ。ないなら、それ以外で補うだけだ。




「魔法が使えないと、これから先、いろいろ不便だね。足手まといにはなりたくないけど、この通り、運動神経がいいというわけではないし、魔法も使えないとなると……。」


「そんなことはありません。カナデさんのことを見ていましたが、カナデさんは、きっと私たち女性を救ってくれる救世主だと思います。」


「どうしてそんなことを思えるのですか。私はあなたたちの役に立つこともしていないし、今後も役に立つことができるかわかりませんよ。もしかしたら、イザベラやエミリアたちが言うように足手まといにしかならないかもしれません。」


 カナデはソフィアという人物を測りかねていた。ソフィアの言葉に返答しているうちにある重大な事実に気付いて驚愕した。


「今、女性の救世主といいましたか。」


 カナデは、女王エリザベスに、自分がこの世界で女性が生きやすいようにしようという主旨の話はしたが、ソフィアには話していなかった。それなのに、どうしてそのようなことを言い出すのだろうか。


「これから、少し、私の昔話をしますが、聞いてくれますか。背中の傷も気になるでしょう。」


 カナデの言葉を無視し、ソフィアはカナデに背を向けて話し始めた。ソフィアの背中からはいつもの聖女としての凛とした姿はなく、どこかはかなげな雰囲気をまとっていた。カナデは言葉をなんと言葉をかけていいかわからず、黙ってソフィアの話を聞くことにした。




「私が聖フローラ共和国から来たということは話したと思います。そこで聖女としての修行を行い、聖女として認められるようになりました。とはいえ、初めから私たちは聖女としてこの世に生まれてきたわけではないのです。」


 ソフィアが語った内容は、にわかには信じがたいことだった。それでも、ソフィアの話している様子からは嘘を言っているようには見えず、カナデは話を最後まで聞く方向で耳を傾ける。


「聖女というものは、教会から素質がありそうだとみなされた女性が聖フローラ共和国に入り、修行を行うことで、初めて聖女としての生き方をすることになります。ですので、聖女たちの素性は様々なのですよ。貴族の娘はもちろん、農村の貧しい娘、商家の娘など本当にいろいろなのです。ところで、聖女としての素質とは一体何だと思いますか。」


 突然、質問を振られたカナデは必死で答えを考える。パッと頭に浮かんだ言葉を口に出す。


「容姿、ですか。それと、おそらく魔力の量でしょうか。」


「ふふふ。半分正解で半分外れというところでしょうか。聖女、というイメージにとらわれているとそうなりますよね。」


 悲しそうに目を伏せたソフィアの答えを聞いているうちに、カナデは違和感を覚える。ついでとばかりに思ったことを聞いてみる。


「でも、おかしな話ですよね。魔王を倒すために、異世界から女神が呼ぶのは勇者と聖女の二人のはず。それなのに、どうして、聖女を育てる必要があるのですか。」


「ああ、そうですね。その点もお話しなければなりませんでした。まずは、私の質問の答えを述べていきましょう。簡単な話です。」




『金に困った家の娘です。』


 いつの間にかカナデの目の前まで来たソフィアはカナデの耳もとにささやきかける。簡単でしょうと言う言葉に、カナデはどう答えたらいいかわからなかった。


「困らせるつもりはないのですよ。ただ、私は事実を伝えているだけです。容姿が優れている、魔力が多いというのも間違いではありません。ただし、それらの前提にお金に困っているという条件が付くのです。」


「で、でもそれじゃあ、聖女というのは……。」


 人身売買。カナデはその言葉を口に出すことはできなかった。よくある話といえばよくある話しだ。異世界あるあると言ってもいい。それがたまたま聖女というだけの話だ。




「カナデさんは勘が鋭くて助かります。その通りです。私たち聖女は、教会に売られた奴隷みたいな存在なのです。」


「奴隷……。」


「そうです。背中の傷を見たでしょう。この傷は教会の司祭にやられたものですよ。驚きましたか。さらに言うと、司祭なんてただの男です。私たちは修行という名目のもと、司祭から……。」


 話を最後まで聞くことはできなかった。男とはどこまでクズなのだろうか。女性が食い物にされていた過去があるのは、もといた世界の歴史で知識として知っていた。今でも、もといた世界では、戦争地域や宗教上の対立で女性が食い物にされている地域がある。カナデがもといた世界では、いまだに女性が食い物にされることがあるのは事実。それでも、今までカナデはそんな境遇の女性に直接出会ったことはなかった。


 だからこそ、直接ソフィアから男たちからのひどい待遇を聞いて、思わず、ソフィアを抱きしめてしまった。




「ええと、その……、これは。」


 ソフィアの頭を自分の胸に抱えたまま、カナデはどうしたらいいか迷っていた。抱きしめてしまった手前、自分から引き離すのはなんだかダメだという気がして、そのままソフィアを抱きしめたままの状態となっていた。


「ふふふふ。カナデさんはやっぱり面白い方ですね。」


 カナデの胸の間からソフィアの笑い声が聞こえる。ソフィアの顔を見ようと頭を下げると、すっとソフィアはカナデの胸の間から抜け出して、カナデから距離を取り、背を向けてしまった。笑っているのはわかるが、ソフィアがどんな表情で笑っているのか確認することはできない。


「それに、お人好しだ……。人の話をそんなに簡単に信じるなんて……。」




「何か言いましたか。」


「いいえ。ただ、自分の身の上話を話したのは、カナデさんが初めてなので、なんだか変な気分だなと思っただけです。」


「そうですか。ええと、この話を聞いたからというわけではありませんが、ソフィアさんも、私の同志になる気はありませんか。」


 ソフィアの話を聞いて、ソフィアもカナデの考えに賛成してくれると考えた。


「いいですよ。確かに、私もこの世界の女性の待遇には文句がありましたから。」


 カナデは、女王エリザベスにも語ったこの世界での抱負を語ると、ソフィアは喜んで賛同すると言ってくれた。


 カナデとソフィアはこの日、一気に打ち解けた。まるで、親友であるかのように一晩中、男とは何ぞやという話題で盛り上がったのだった。




「バカな女。でも、女性が生きやすい世の中にしようという考えは嫌いではないけれど。」


 カナデが完全に寝入ったのを確認して、ソフィアはこっそりとつぶやくが、当然、その声は誰にも聞かれることはなかった。

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