19これからは、草食系魔王を目指すことにします
「バカだのう。しょっぱなから、自分の仲間を殺しおって。こやつらだって、異世界から呼ぶのに苦労したのだぞ。」
脳内に、皇子を異世界から呼びよせた悪魔の声が響く。はっと辺りを確認するが、声は聞こえるが、姿は見当たらない。
「貴様の過去を見させてもらったが、まったく、わらわは面倒な奴を呼び寄せたようだな。しかし、間違えてしまってもやり直しはきかん。せいぜい、自分の使命を全うすることだ。」
「よ、呼び寄せたって……。ま、まさか。」
皇子は、脳内に聞こえてきた声に反論しようとして、自分が何をやらかしたのか、ようやく理解した。理解すると同時に、激しい後悔が襲い、吐き気が襲う。
「なんだ。てっきり、気づいておって、命令したものばかりと思っていたが。」
「う、うわわわわわわわわわわ。」
取り返しのつかないことをしてしまったと皇子は発狂した。魔物の顔を見て、なんとなく高校のクラスメイトに似ていると思った。ただし、似ているだけで、本当に彼らがクラスメイトだとは思っていなかったのだ。少し考えればわかりそうなものだった。いや、わかっていても、命令してしまっただろう。それほどに、皇子は自分の名前をバカにする奴らを許すことができなかった。
「僕は僕は僕は……。」
叫びだしたかと思えば、今度はぶつぶつとつぶやきだす。それを見て、悪魔は、今回の召喚は失敗だと確信した。仕方ないと思い、今回は女神に戦う前から負けだとあきらめようとした。
「ぼ、僕はもう、ただの、人殺し、だ。でも、それは今日までの、話。ねえ、悪魔なら、この状況をよろこんでくれるのかな。」
弱弱しく、誰もいない空間に一人つぶやく皇子。八王子皇子の瞳はひどく濁っていた。しかし、これは使えると思った。利用しない手はないと考えた悪魔は、にやりと笑う。これは、あきらめなくてもいいのかもしれない。
「まあ、悪魔といえば、残虐というイメージもあるからな。それに、お前が殺した魔物はただの低俗なやから。殺したとしても、替えはいくらでもいる。そう悲しむことでもないさ。今のお前は魔王の残虐さを兼ね備えた、素晴らしく良い瞳をしている。それで、わらわの悲願、女神が召喚した勇者を倒してくれる気にはなったか。」
悪魔は、皇子の前に姿を現すことなく、脳内に再度、自身の声を送り込む。
「いやです。」
皇子の目は濁ってはいたが、冷静だった。悪魔の女性の声に即座に拒否の言葉を投げつける。
「今までがどうだか知りませんが、僕は、僕の生きたいように生きる。でも、そのために誰かを殺すとかしたくない。」
「言っていることが矛盾しているな。すでにお前の言葉で大量の魔物が死んでいる。生きたいように生きるとは、具体的にどうするつもりだ。」
「勇者と仲良くなろうと思います。それに、」
唐突な発言に悪魔は呆然となる。いま、この男は何を言い出したのか。仲良くとはいったいどういうことだろうか。
「僕の復讐は完了しました。この世界には、僕のことをいじめたやつらはいなくなりました。たった今、僕自身で殺しました。だから、僕はもう、自由に生きることにしました。殺さないようにするのは、今から生きていく上での僕の決まり事です。」
「あははははははッ。
悪魔は、男の言葉がツボに入ったのだろう。脳内で大声をあげて笑い出した。すると、目の前に悪魔が唐突に姿を現した。目に涙を浮かべて、笑いすぎてひいひい言っている悪魔に、皇子は驚きで目を見張る。
悪魔は、先ほどの男の覚悟を気に入ったようだ。笑いを収め、男の考えを尊重するようなことを言い出した。
「お前の考えは面白いのう。どうせ、今回も負けが確定している。女神には勝てないようになっているのだ。悪魔という奴は。面白さに免じて、勇者とやらと仲良くしたらいいさ。」
それだけ言うと、悪魔はまた、現れた時と同様に唐突に姿を消してしまった。残された空間には、魔王となった皇子だけがぽつんと取り残されているだけだった。
こうして、魔王である皇子は、自称、草食系魔王を目指すことを決意した。悪魔の言う通り、悪魔の配下となる魔物の変わりはいくらでもいるようだ。皇子が城を出て、どこに行けばよいのか思案しながら、旅を続けていると、魔王の噂を聞きつけて、たくさんの魔物が皇子の前に現れ、忠誠を誓ってきた。皇子はありがたく、彼らのことを利用することにした。
ある日、勇者を倒すために出ていった魔王を鏡で確認したら、魔物たちは勇者にやられそうになっていたので、助けてやった。
「ま、まおう、さま。たすかり、まし、た。」
「か、かんしゃいたし、ます。」
お礼を言い、頭をあげない魔物たちの顔を上げさせる。
「お前たち、どこかでも見たことがある顔だな。」
皇子は、目の前の魔物が誰に似ているのか思い出す。そうだ、あの時、クラスメイトを全員殺したと思っていたが、数人いなかった。悪魔には、これから、殺生はしないと口にしたが、すぐにその言葉を覆すことになった。
「お前たちの顔は、見ていて虫唾が走る。助けてやったことを感謝してもらったところ悪いが、私の心の平穏のためにも、ここで死んでもらおう。」
『死ね。』
思い出したとたんに、ふつふつと怒りが全身からこみ上げてくる。皇子は、怒りに任せて、またもや魔物を殺してしまった。助けた魔物数匹は、すぐに苦しみ始め、皇子の前から消失した。
「さて、肝心の勇者とやらに会いに行く旅を続けるとでもするか。」
皇子は、何事もなかったかのように、勇者に会うための旅を続けようとした。そばに控えていた他の魔物は、恐怖に戦慄した。同時に、魔王らしい、残虐な姿を目の当たりにして、畏敬の念を持つ魔物たちも多数存在した。
「これから、殺生をやめて、清く正しくまっとうに魔王ライフを楽しめばいいだけだ。今からの行いが大事だ。僕は、草食系魔王を目指して生きていくと決めたんだ。勇者と仲良くなるぞお。」
「こたびの魔王様はなんと残虐な御方か。これなら、忌々しい勇者も倒せるのではないか。」
皇子の考えと魔王の配下の魔物たちとの間に大きな乖離が生まれていたが、誰も気にする者はいなかった。
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