6自己紹介をしましょう

「勇者様、こういっていますが、どうなさいますか。」


 司祭がカナデの言葉にどう対応するか男に尋ねる。カナデの予想した通りだった。勇者と司祭は呼んでいたので、当たり前だが、本当に目の前の男が勇者らしい。司祭が勇者にカナデをどうするかの選択を迫っている。勇者がどれだけえらいのか。同じ女神からこの世界に転移させられたに違いないのに。おそらく、チート的な力をもらっているはずだ。しかし、結局は私と同じ、異世界転移者だ。私とこいつの差はないのだ。それなのに、どうして私の処遇をこのオタク勇者に決めてもらわねばならないのか。


 カナデは怒りに狂いそうだった。思わず、怒鳴りそうになったが、必死で気持ちを落ち着かせる。そして、とりあえずは男の言葉を待つことにした。


 勇者と呼ばれた男は、司祭同様、カナデをじっと値踏みするように全身を眺めたのちに、残念そうにため息を吐く。どうやら、勇者様のお眼鏡にかなう容姿ではなかったようだ。自分でもわかっていたことを態度だけで示されて、カナデの怒りはたまっていくばかりである。明らかに容姿に不備があるということを暗にほのめかしているその表情を見て、とうとう怒りが頂点に達したカナデはつい、余計なことを口走ってしまった。



「このオタクの根暗野郎が。お前も人のこと値踏みするほどの容姿かよ。どうせ、日本ではいじめられたか、引きこもりのどっちかだろう。それに童貞とみた。てめえが私に文句つけれる立場かよ。」


 声に出すつもりはなかったのだが、あまりにもぶしつけで遠慮のない視線に何か言わずにはいられなかった。


相手にはカナデの言葉はしっかり届いたらしい。目つきが急に鋭くなった。



「おい、そこの女。名前と出身国をいえ。」


 言葉を発したかと思えば、何と上から目線の言葉だろうか。カナデは正直に答えてやった。


「カナデ。名前は先ほどもお伝えしたと思いますが、出身国は日本。あなたと同じ。」


 目を見張る勇者だが、本当によく表情を変える男だ。前髪で隠しているようだが、前髪の隙間からわずかに見える瞳ですぐにばれてしまう。



「に、にほんと申しましたか。そこの女性よ。」


 カナデに返事をしたのは、司祭の方だった。日本と聞いて、突然、慌てだした。このオタク勇者は自分が日本から来たと言っていたのだろうか。だとしたら、好都合である。


「日本といったか。念のため、話を伺うことにする。司祭、控えの間を借りるぞ。そこの女、見たところ、聖女としての素質は皆無だが、話だけは聞いてやろう。」


 オタク勇者も日本という言葉に反応していた。そして、話をしようと言ってきた。



「有り難きお言葉、感謝いたします。ゆ、う、しゃ、さ、ま。」


 ご丁寧に今の職業をしっかりと発音して、カナデは勇者の後を追って話をしに勇者の後に続いた。



 その姿をイザベラとエミリアが不機嫌そうににらみつけているのを気付くことができなかったカナデは、異世界転移・転生物の知識はあっても、人の気持ちを読む力が不足していたと言えよう。


 そもそも、勇者との会話に一言も口を挟まずに静かにしていたせいで、カナデは二人の存在を忘れていたのだった。








 勇者についていき案内されたのは、教会から少し離れた場所にある建物の中だった。建物の中の控えの間に入り、二人きりになったとたん、勇者は口調を変えてカナデに問いただす。


「さっきの日本というのは本当か。いつ、この世界に来た。能力は。この世界に来た理由を知っているか。」


 矢継ぎ早に質問されて、何から答えようと考えていると、勇者はまずは自己紹介することしたようだ。


「まあ、日本という言葉が出た時点でオレと一緒の立場ということか。オレの名前は勇利(ゆうり)。皆からはユーリと呼ばれている。もといた世界では高校生だった。女神から異世界に転移させられて、今は勇者として魔王討伐を命じられている。この世界に来たのは、一週間前だ。」



「そう。次は私の番というわけね。名前はカナデ。私も女神からこの世界に魔王を討伐して欲しいと言われたの。あんたはやっぱり高校生だったの。それなら、私にもっと年上として経緯をはらうのが賢明ね。」


「いやだね。年上というより、ただの行き遅れのババアだろ。そんなのに敬意をはらうほど、オレは落ちぶれていないね。どうせ、彼氏いない歴、年齢だろ。おまけに処女と見た。」


「ば、バカにしやがって。」


「お前だってオレに同じこと言ってただろ。これでおあいこだ。」



「まあ、確かにお互い、勇者でも聖女に向いていないということね。」


 その言葉にユーリは反論する。


「はあ、オレが勇者に向いていないわけがないだろ。異世界転移・転生といったら勇者と聖女だろう。オレは勇者として選ばれた存在だ。だとすると、お前は、待てよ。ということは、お前は、せ、い。」


 ユーリが最後まで言葉を続けることはなかった。途中で自分の言っている言葉が信じられなくなったのだろうか。それ以外に思いつくものがないのだろうに。


「そこまで言って止まらないでくれる。そう、お察しの通り、私は聖女としてこの世界に呼ばれたわけです。残念ながら、」



「うそだといってくれれれれれ。」


 部屋中に響く声で、ユーリは絶望の声をあげた。カナデも同じことをユーリに叫びたかった。しかし、ここで二人そろって叫んでも、現状は何も変わらない。


「いや、お前の方こそ、勇者なわけないだろ。その容姿でよく勇者といえたものだよね。勇者と言ったら、イケメンの強そうな頼りがいある人物が相場と決まっている。それなのに……。」


 代わりに、ぼそっと勇者に対しての反論を述べるだけにとどめた。しかし、ユーリがしたことをそのまま行動にして返してやった。上から下までをじっとりと眺め、はあと大げさにため息を吐いた。その態度にユーリもカチンと来たようだ。



「だって、オレは異世界転生したくてしたくて、自殺までしたんだ。まあ、結果的には異世界転移だったが、それでも異世界に来ることはできた。なのに、どうして、オレのハーレムにこんな男女みたいなやつが紛れているんだよ。許せん。オレはこれから、美女を集めてのハーレムエンドまっしぐらだったのに。」


「そのハーレム展開に、私は常々イライラさせられてきたんですけど。この世界に私がいる限り、イザベラもエミリアもあんたみたいなクズ野郎には渡さないから。」


「言わせておけば、このおとこんなあ。」


 ユーリは我を忘れて、カナデにつかみかかろうとしたが、それがかなうことはなかった。

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