異世界転移をした彼女は異世界の常識を変えようと試みるが、勇者がくそ過ぎて困りました

折原さゆみ

異世界転移をした彼女は異世界の常識を変えようと試みるが、勇者がくそ過ぎて困りました

1テンプレ的転移をしました

「ああ、短い人生だった。」


 天子奏(てんしかなで)は、会社が終わり、家に向かって車を運転していた。天気は大雨で視界が悪かった。ザーザーと激しくたたきつけるような雨で、車のフロントにはワイパーを回しても追いつかないほどの雨が打ち付ける。


信号が赤から青に変わる。カナデは車を発進させるために、アクセルを踏んだ。しかし、すぐにブレーキを踏むこととなった。


「キキキーッ。」


 一台のトラックが横から突っ込んできたのだ。しかし、運転手は居眠りをしているのか。飲酒でもしていたのか。病気でも患っていたのか。とにかく信号を無視してカナデが乗っている車に突っ込んできた。カナデが踏んだブレーキは間に合わず、カナデが乗る軽自動車と突っ込んできた大型トラックはぶつかった。



 カナデが乗っていたのは、軽自動車、相手は大型トラック。どちらが強いかと言われれば当然後者だろう。軽自動車は大破した。


 10月31日。トラックとの事故により、カナデは、25歳の人生を終えた。



 しかし、ここからカナデの第二の人生は始まろうとしていた。











「ここは、いったい。私は確か、横からいきなり突っ込んできたトラックにひかれて、即死だったはず。」


 カナデは、あたりを見渡した。そこは、どこかの神殿のようだった。床は白い大理石のようなものでできていて、彼女はその上に座り込んでいた。あたりには白い柱が等間隔に何本も立っていた。


「もしかして、私もついに異世界転移することに成功したのかも。」


 カナデは、異世界転移・転生物の小説を読むのが好きだった。異世界転移、または転生して、第二の楽しい人生を歩むことを夢見ていた時期もあった程だ。それらの小説の中には、こうして、死後に白い空間に召喚されて、その後に美しい女神か、神様らしき老人が出てきて言うのだ。



『お主に頼みたいことがある。魔王を倒す勇者になってくれ。』


 はて、とカナデは首を傾げた。勇者として転移させられるのは、男性が多い。むしろ男性しか勇者として転移させられていない気がした。女性の転移理由として挙げられるのは……。



『聖女として、魔王を倒すのに協力してくれ。』


 彼女が口に出した言葉は、誰かの声とかぶさって、見事にはもりを見せた。最初にここに来た時に予想したどちらかに違いない。はもった声から判断すると、女神であると推測する。女性らしい高めの声だが、耳にやさしい声だった。カナデの予想は見事に的中した。



『察しが良い娘は嫌いではないぞ。』


 目の前に現れたのは、まさに女神と呼ぶにふさわしい女性だった。金髪のふわふわした髪の毛を床まで伸ばし、瞳の色も黄金色。服装は白いドレスをまとっていた。全身が輝いている。


『いかにも、わらわは、女神と呼ばれる存在だ。さて、さっそく魔王を倒してもらうために協力してもらうぞ。』



「ま、待ってください。そんないきなり協力しろと言われても、はい、と素直には頷けません。質問してもよろしいでしょうか。」


 

 カナデは予想していたとはいえ、突然のことで戸惑っていた。これは、自分のあこがれていた異世界に行けるチャンスであるが、よく考えて行動したいと思ったのだ。いろいろ条件を付けて、納得してから行かないと、後々が大変なことはすでに小説やマンガで、わかっている。



『うむ。わらわは、人の心が読めるのだが、すべて理解しているようだったがのう。どこでそのような知識を得たのかと思えば、書物とは。まったく、そなたの居る世界は面白いのう。まあ、おおむね、そなたの考える通りのことだ。何を質問する必要がある。』


「いえ、確かに私は、異世界転移・転生物の話を好んで読んできたので、その手の知識は豊富だと思います。ですが、それとこれとは話が別です。私を元の世界に戻してもらえないでしょうか。」


 初めこそ、ぜひ異世界に行きたいと思っていたのだが、冷静になって考えてみると、異世界に行ってもよいことが果たしてあるのだろうかと疑問が頭をかすめた。


 異世界に転生することに憧れてはいたものの、一つ、納得いかないことがあったことを思い出した。しかし、それを口に出すこと前に女神らしき女性にカナデ自身の心を読まれてしまった。



『お主は、もといた世界で退屈していたのだろう。それなのになぜ、元の世界に戻ろうと思う。戻ったところで、そなたの生活が面白くなるわけでもあるまいに。まあ、戻ることは二度とできないのだが。それと、お主の懸念していることだが、そこまで真剣に悩むようなことか、わらわにはわからんな。』


「そうですか。」


 ダメもとでの発言だったので、元の世界に戻れないと言われても、さほどショックを受けなかった。それでもと、一つの要望を女神に述べることにした。


「一つ、要望があるのですが、よろしいでしょうか。」


『構わん。どうせ、お主はわらわに協力するしか選択肢はないのだから、納得がいくまで質問するがよい。質問に答えるかどうかは、わからぬがな。』


 カナデには、一つだけ不満があった。異世界転移・転生物を読んでいて、どうしても引っかかることがあったのだ。それをこのさいだから、解決しようと考えた。


「私は、どう考えても、聖女には向いていません。それなのに聖女として選ばれたのはなぜですか。どうせなら、勇者にしてもらった方がいいでしょう。」



 カナデは、疑問であり、同時に不満であったことを女神に話すことにした。それは、聖女として、自分が呼ばれたことだった。大抵、聖女として呼ばれるのは、つやのあるストレートの黒髪ロング、真っ黒な黒曜石に似た輝きを持つ瞳、小柄ですらりとした体躯、色白で肌が透き通るようにきれいな、清楚系の美少女だ。間違っても自分のような人間が呼ばれるのは場違いだと思ったのだ。


 カナデが思っている通り、異世界転移・転生物の理想の聖女像とは、カナデはあまりにもかけ離れていた。そもそも髪の色、髪型からすでにアウトだった。カナデは明るい茶色に髪を染めていた。さらには、男子並みに短いショートヘアスタイル。そして、体型もお世辞にも聖女とは言えない。168cmある、女性にしては高めの身長、肌の色はどちらかというと浅黒い。さらに言うと、かなりの近眼で、メガネのレンズはフレームからはみ出していて、いわゆる牛乳瓶の底のようにレンズが厚かった。



 しかし、カナデは気づいていた。今回の自分のように、女神が欲しかった人材とは別のものを呼んでしまうこともあるのだということを。ただし、それは一言で言うと、


『失敗したのじゃ。』


 カナデの心の声と、女神の声が二度目の重なりを見せた。そう、女神さま自らが発した「失敗」。本当に呼び出したかったものとは違うものを呼んでしまうというミス。これが起こってしまう場合もあり、そのような展開の小説を読んだことがある。まさにこれは女神さまが犯したミスである。


「失敗したのなら、私は聖女に向いていないということですよね。それならもう一度、誰か聖女になり得る人材を引き寄せてください。」



『それがいいとは思うのだが、いくら我が優れた女神だとしても、異世界からの召喚は意外と力を使うのだ。すでに聖女と対になる勇者としての人材は召喚済みじゃ。もう一度力を使う気はおきぬが、まあ、主が聖女というのも、その容姿では不審がられるだろうに。だから、特例として、もうひと、り、を、よび、よせ……。』



 最後まで言い終わらないうちに、女神さまは徐々に透明になり、その場から消えてしまった。あまりにも唐突に女神はカナデの目の前から消えてしまった。


 残されたカナデの姿も急に透明になりだす。


「途中で説明を終えるなああ。」



 カナデの叫びもむなしく、彼女の姿もこの空間から消滅した。


 異世界転移をまさか自分の身で経験するとは思っていなかったカナデの長い異世界生活が始まろうとしていた。


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