第4話 織田信長、鬼を呼ぶ後編

「で、どうよ? 火ぃかけられるか?」

 鋭い眼光を飛ばしてくる鬼武蔵である。

「あのう、勝蔵さん。このゲームは頭を使う謎解きが目的でして、館を燃やして解決するっていうのは、その……」

「――あ? 今なんつったコラ」

「ひ、ひえっ!?」

 やはり怖い。そこいらのヤンキーとは比較にならない迫力である。

「頭を使った結果だろうがよ。何が潜んでいるかもわからねえ館だ。焼き払った後、新しく建てたほうが手間も省けるってもんだ。どうせ、普請も必要だろうしな」

 まったくもってそのとおりなのであるが、燃やすとゲームにならないのだ。

 鬼武蔵はとにかく人を殺す結果を招くが、別に頭が悪い人物ではない。

 むしろ、わずかな間にも内政で結果を出しているし、結構な能筆家でもある。

 彼の遺言状は、「自分の娘は武士の嫁にはせず医者の嫁にするように」と書かれており、かつてはここだけピックアップされて、戦の世を嘆いていた武将の本心として紹介されることもあった。その手紙には、自分が死んだら城に火をかけて一族郎党自害せよという無茶な一文もあるのだが。 

 暴力が解決手段として当たり前だった時代に、極めて迅速に暴力を行使しただけでもある。実際、北信濃の領地では同じ発想で城を打ち壊す、合理的な判断も下してしているのだ。

 信長も、そんな鬼武蔵を面白がって止める気もなさそうだ。


(ど、どうしよう?)

 最近、館を燃やしたりダンジョンを燻すプレイヤーも減ったが、そうしたプレイングマナーを説いて通用する相手ではないのだ。

「まあ、燃やしちゃってもよかろう――」

「ちょっ、信長さん……!?」

 そうであった。

 信長も本来火攻め焼き討ちが得意な武将である。

「えっと、本当に燃やしちゃっていいんですか?」

 心配そうにこのちゃんが訊いてくる。

「う、うん。ちょっと待っててね。あの、信長さんちょっと……」

「うむ、付き合おう」

 というわけで、席を離れてセッション砦の茶室に移動する。

 密談の場にはもってこいで、信長が茶の湯御政道を好んだ理由もわかる。

「あのう、信長さん。館に火をかけられると、今回のシナリオで探索する舞台が燃えちゃうんですよ」

「わかっておるとも。しかし、勝蔵は結構楽しんでおるぞ? それを思うと、あやつの暴れぶりをひさびさに見とうなってのう」

 嬉しそうに言う信長である。

 本来、プレイヤーはKPが困るようなプレイングはすべきではない。

 ゲームの誘導に乗らないというのは、サボタージュとみなされる行為である。その辺は信長もわかっているのだが、やはり信長は鬼武蔵には甘い。

「シナリオの進行上、館を燃やされると困っちゃうんですよ。なんとか止めさせてもらえませんかね? 僕の言うこと訊いてくれそうもないし」

「しかしのう、勝蔵はKPを困らせようとしておるのではなく、真剣に考えたすえのロールプレイじゃ。わしも、実際は燃やした方がよいとは思うな」

「ですから、館燃やすと終わっちゃうんですよ……」

「うーん、そこよな。戦ではよき策が楽しむうえで正解とはならんこともあるのも、TRPGではくあること。しかし、そこを初めて遊ぶ勝蔵にわかせるのも、なかなかに難しい。わしに妙案があるが、やってみるか」

「妙案、ですか?」

 コウ太は、さっそく信長から妙案を授かる。

 ――なるほど、それなら。

 ぽんと手を打って、コウ太は信長とともに卓に戻るのであった。


「えー、では続けます」

「おお、待ってたぜ! 石垣もねえ館なんざ、火を放てはすぐに燃えちまうからな」

「あ、どうぞ。火、放って結構ですよ」

「えっ、いいんですかコウ太さん?」

 コウ太があっさりと言ったので、このちゃんも驚いている。

 しかし、信長から授かった秘策があるから心配はいらない。

「あっ、うん。なんとかするから心配ないよ」

「おお! では火を放つぞ!」

「えーと、では館が炎に包まれます」

 そんなわけで、ガソリンをぶちまけて放火する。館は燃え落ちることにした。

 特に判定も必要ない。

「ひゃっはあ! これで一揆衆でもおれば、さぞかし見物でしたな殿ぉ!」

「うむ、壮観であったろう」

「あの、信長さん、今は大学教授ですからね?」

「お、そうであった。『これで怪現象が収まればよいが……』とそれっぽく呟こう」

 わりと息ぴったりな主従である。

「依頼人の女性は、『これで、もう大丈夫なのでしょうか?』と言って、皆さんに例を言い、車で送ってくれます」

「おう、安心せい。呪いだの祟りだの、焼き清められたであろうよ!」

「えーと。シナリオこれで終わりなんですか?」

 このちゃんが不安になって訊いてきた。  

「一旦、依頼は完了してここで終了です。ですが、シナリオはまだ続きます――」

「えっ? そうなんですか」

「ほお、どうなるんだ?」

「それは、皆さんのPCが自宅に戻って眠りについた頃――」


 オカルトサークルの三人は、揃って目を覚ました。

 そう、これは夢。そのはずだ。いや、そうでないとおかしい。

 眠りついて目をさますと、サークルの仲間たち、そして依頼人の女性ととともに、見慣れぬ洋館の中にいた。 


「というわけで、皆さんは目を覚ますと洋館の中にいます」

「えええええっ、そういう展開なんですかー!?」

 このちゃんも、びっくりして声を上げる。

 これが信長から授かった妙案であった。シナリオは、館に入って探索していくことでストーリーが進行する。その舞台となる燃やされると困るのであるが、要は館の中にPCが入ってさえしまえば、あとは閉じ込められた館から脱出というオーソドックスなものにすれば本筋は変わらない。これなら作成したMAPも無駄にはならない。

「なんだこりゃあ……? あの館の呪いか祟りか」

 ノリノリで火を放った鬼武蔵も、戸惑っている。

「わしは教授として『おそらくは館に潜んでいた超常的存在が、我々の精神と意識を引き込んだのだ』と皆に説明するぞ」

「……つまり、館ごと燃やされた魑魅魍魎が俺たちをこの夢の館に引き込んだってことですかい?」

「そういうことじゃな」

「あっ、あたし依頼人の女性助けます」

「はい、彼女も『ここは……? ああ、あの館の中です!』と意識を取り戻して答えます」

「なんの化け物から知らねえが、舐めた真似をしやがるぜ……! おう、俺の槍はあるか!?」

「あっ、はい。あります」

 ちなみに、鬼武蔵の槍は二代目和泉守兼定が打ったとされる人間無骨との名がある。人間ひとりを石突まで貫いたからだ。

「おらあ、館の壁なんぞぶち壊してやらあ!」

 さっそく槍を取って脱出しようと暴れる鬼武蔵。

 しかし、それも想定済みだ。

「夢の中で見ている幻ですから、原因を突き止めない限り、破壊できません」

「……ちっ! それも道理か。よおし、隈なく調べ尽くし、こんなもんを見せてやがる不届き者をぶち殺してやろうじゃねえか!」

「はい、そうですねー」

 このちゃんも同意しており、誘導は上手く言ったようだ。

 信長が言う通り、鬼武蔵は別にコウ太のキーパリングを妨害するつもりがあるわけではない。むしろ、提示された状況に対して真面目に考えたからこそ、館を燃やすという彼なりの最適解を出したのだ。

 生まれた時代の環境に全力で適合してきたがゆえ、発想の基本が暴力的であるというだけで、こちらに協力する気と楽しむ気はある、それは間違いない。

 かなり強引な展開だが、初心者ゆえにその強引なキーパリングについては、気がつかないであろう。館を燃やすという本人の選択は尊重して実行させたわけだし。

「よし、勝蔵よ。この夢の館から戻るためにも、探索を進めるぞ」

「もちろんでさあ、殿!」


 そんなわけで数時間後――。

 探索者たちは、神話的生物イゴローナクがかけた呪いと、先代の館の持ち主が仕掛けた妄執の秘密を暴き、ついに真相にたどり着いた。

 依頼人は、幼い頃この館にやってきており、彼女の母が忌まわしい記憶を封じるとともに、身を挺して守っていたことも判明した。

 そして館は燃えた。元々クライマックスは炎上する館からの脱出となる予定であったから、鬼武蔵が火をかけた展開への移行はスムーズであった。

「なんとも悲しき話じゃねえか……」

 しみじみと鬼武蔵は言う。子を思う母の気持ちはよくわかるのだろう。

 彼の母妙向尼みょうこうには、長男と夫を同じ年に喪い、本能寺の変では蘭丸、坊丸、力丸の三人を一度に喪った。h戦国の常なのでお嘆き遊ばすなという鬼武蔵に、孔子すらも子に先立たれたら嘆いたのですと言い返したことも記録にある。

 そんなわけで、母の悲しみを知った鬼武蔵は、岐阜城で人質になっていた末の弟である仙千代せんちよ(のちの森忠政もち ただまさ)をかなり強引に救出している。具体的にいうと、岐阜城に忍び込んで連れ出し、崖下の布団の上に投げ落とした。

 ともかく、娘を思う母の愛には感じ入るところはあるらしい。

 途中エンカウントした神話生物も、見事に人間無骨のさびに変えたので、旺盛な戦闘意欲も満たせたようだ。


「というわけで、セッションは終了です! お疲れ様でしたー」

「おお、ご苦労だったな。コウ太とやら。おめえ、殿がTRPG頭に任じただけあって、やるじゃねえか! TRPG、面白かったぜえ」

「ど、どうも……」

 どうやら、気に入られたようでコウ太もほっと胸をなでおろす。

「でも勝蔵さん。屋敷を燃やすのはホントはよくないですよー。コウ太さんがうまくアドリブしたからうまくいったんですからねー」

「そうなのか? いやあ、すまんな! 家屋敷や城ってのは火を放つってのが当たり前だったからよぉ」

 だからといって、実際にそこまでしたのも戦国時代といえど珍しい。

 たしなめたこのちゃんに狂犬の牙が向けられるかとひやひやしたが、鬼武蔵は素直に受け止めたようだ。

 ていうか、このちゃんも結構な強心臓である。

 並みのヤンキーやDQNよりもおっかない鬼武蔵相手に怯みもしないのはすごい。

 コウ太なんか、前にいるだけでその威圧感にすくみ上がってしまうというのに。

 ともかく、TRPGを楽しんでもらったようなので何よりではある。

「どうじゃ勝蔵。また機会があれば遊んでみんか?」

「おお、いいっすね! 是非とも。また遊ばせてもらいてえわ!」

「は、はい」

「世話んなったな。とっとけ!」

 そういって、財布からポンと万札を出す。

「ちょ!? 待ってくださいよ、受け取れませんてこんな大金!」

「ん? 気にすんな。俺に絡んできた輩を返り討ちにして巻き上げたもんだしな」

「い、いやあ、それ余計に受け取れないです……」

「そうか! 殊勝な心がけじゃねえか。ますます気に入ったぜ」

 気に入られても、あまり嬉しくはなかったりする。

 ただ、館に火をかけた以外のところで困ったことはなく、信長いるためか素直なプレイヤーなので一緒に遊ぶ分にはいいかと思う。

 きっと犯罪者として悪事の限りを尽くすTRPG『バイオレンス』辺りを遊ぶと楽しいのかも、しれない。

 この鬼武蔵の他にも、コウ太は信長が連れてくる武将ゲーマーと遊ぶことになるのだが、それはもう少し先の話である。

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