令和の歩き方 〜至近未来の日本ガイド〜

和泉茉樹

第1話 ご挨拶として

This Message From NIRASAKI N-TOKYO JAPAN

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Time Control - Mode FREE


Power Gauge - GREEN

Link Condition - Perfect

Security Level - Perfect

Package Balance - GREEN

Backup Unit - ERROR


START FOR BACK.

Contact.


Check.


Hi.

Good Morning? Hello? Good Evening?

I’m in the future.

Light?

Read Me.

Read Me.

Please.





Text Mode - Japanese

OK!


 やあ、平成の人、もしくは令和を生き始めた人たち。見えてる?

 これから君たちに伝えていくのは、僕が生きている令和の話だ。君たちが未来をどう思い描いているか、僕は知る術を持たない。

 こちらは二〇六五年だ。とりあえずのところ、僕が設定している君たちの存在する時間は、二〇一九年か、二〇二〇年だが、しかし、この時間を遡る試みは、不完全で、あるいは失敗しているかもしれない。失敗というのは、不発ということ、もしくはもうちょっと僕の住む時間に近い位置にメッセージが送られる可能性、そして、想定よりも過去にメッセージが飛んでしまう、という可能性がある。もちろん、メッセージが破損する可能性もあるな、それは忘れちゃいけない。何せ、このシステムの基礎の基礎を作った人間は、過去への干渉は未来を変える、と主張して譲らなかった。でも、それは僕からすれば「バック・トゥ・ザ・フューチャー」か、もしくは「シュタインズ・ゲート」を、過度に信仰している、と言わざるをえない。

 ちょっと脱線しつつあるけど、この点の説明は不可避なので、続けよう。

 未来から過去へメッセージを送れば、自然とそのメッセージが届いた過去から派生する未来像は、変貌する。しかし、それは世界の流れが分離する因子になるだけで、つまり、極端な想像をすれば、僕が生まれる世界の流れから発生した僕からのメッセージで、僕が生まれない未来へ通じる世界の流れが生じる、ということだ。

 この点を「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は、未来から持ってきた新聞記事や写真が変化する、という描写で、はっきり示した。つまりこの設定を飲み込んでしまうと、僕が生まれない未来への道が生まれた瞬間、僕は消え去る、ということだ。

 でもこれは正しくない。だって、もっともっと過去へ飛んで、世界で初めて生まれた人間、アダムだかイヴだかを抹殺すれば、地球規模で人類が繁栄を謳歌する、という可能性が消えてしまい、そこであるいは人類が世界から消滅してしまう。

 つまり、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」現象は、あり得ない。

 世界は無数に存在し、その中に僕がいない世界、あるいは人類がいない世界もある、とするのが無難だろう。

 というわけで、僕は君たちにメッセージを送り、君たちが未体験の令和という年号で一括りにされる時代を、ちょっと事前に解説してやろう、ということに決めた。

 平成の三十一年をくぐり抜けた君たちはよく知っていると思うけど、人間の文明は、はっきり言って停滞している。部分的には後退さえしている。ありとあらゆる問題がやってきて、それをまるでサーファーが波を乗りこなすようにして、僕たちは生きていくことになる。そして僕たちは、どうやら天才サーファーではなく、凡才なサーファーだとはっきりした。時には波を待ち続けて時間を無駄にし、時には波の上で転倒する。波に飲まれることも多い。それでもこの時代という波に乗らない限り、人類は時間という海にそのまま飲まれて、はい、おしまい、となるだろう。

 ちなみに、サーフィンという文化は今もまだ残っている。日本では湘南だか江ノ島が、聖地だったようだが、そこはもう浜辺を波に侵食され、お決まりの海面上昇の影響で、平成と比べると激変したことを、親切に教えておく。平成の諸君、湘南だか江ノ島でサーフィンをした思い出を作れ! そう書いている僕は、サーフィンとは無縁だ。僕がどういう人間かは、それほど重要ではないが、映画やゲームの引用をした点で、わかるはずだ。平成を懐かしむ、時代遅れな男だよ。いや、あの映画は昭和だったかもしれない。しかしDVDが出たのは平成のはずなので、許してほしい。僕の家のDVDコレクションは、ちょっと他では見られないぜ。再生機はすでに生産が終了していて、僕は中古ショップを渡り歩いて、二十台ほど確保してある。もっとも、日本製の再生機は、めったに故障しないのは今となっては過去の栄光だが、平成の製品の一途な頑丈さは僕にはありがたい。

 このメッセージは、驚くことなかれ、ノートパソコンで作成している。MacBookだ。製造年は二〇一六年だ。このパソコンを手に入れるのは、ものすごく苦労した。どうしてそんな骨董品というか、博物館に並んでいるようなマシンが必要かといえば、それは君たちに合わせるためだ。コンピュータ関係の発展だけは、令和に入っても、だいぶ進んだジャンルであることを伝えておこう。君たちの想像を上回るマシンは登場していないが、パソコン界隈でやたら強調される、薄さだの軽さだのは、君たちの理想がはっきりした形になってきた。だが、そんなハイスペックマシンでデータを作成して、君たちに送りつけるとどうなる? テキストで送ればいい? それはもっともだが、実は、テキストデータという概念が消滅した。実はこのメッセージも、こうして文字になっているが、僕は自分のマシンに音声を吹き込み、自動でテキスト化され、それが博物館クラスのMacBookを経由して、君たちの前に送られている。どこかのSFのごとく、脳内の思考を出力する手法はないが、もはやキーボードを打つことも珍しい。音声入力が一般的で、僕は昔を懐かしむ気持ちからコンピュータには「コンピュータ」と呼びかけると、音声入力モードになるように、設定している。わかる? 「スター・トレック」だけど。これはいつか伝えると思うけど、電子データの規格がおおよそ統一されたこともある。

 さて、そろそろこの最初のメッセージも締めくくることにしよう。

 僕は未来を意図的に改変したいわけではないのを、はっきりさせておく。さっきも伝えたように、過去をいくら操作しても、僕には何の影響もないからね。もちろん、過去にメッセージを送ることで、僕という人間は歴史に残る偉人になるか、そこまでいかなくても、ネット上の百科事典に僕の名前が載るかもしれない。もちろん、僕の名前の項目ができるわけではなく、過去へメッセージを送るこのシステムに関する項目で、最初期に実行した人間のうちの一人が僕である、と記述される程度かな。そうだ、このシステムを考え出した男の弟子で、システムを実際の形にしたのは一人の男性である。彼は今、八十三歳になる。名前を明かすと、不測の事態が起こるかも知れないので、この点だけは、絶対に秘匿する。ここでは便宜上、彼を、ドク、と呼ぶ。実際、博士号をいくつも持っているしね。世界最高の頭脳、と呼ばれたし、彼のチェスの腕前はプロにも負けない。将棋も強い。羽生善治と対局したことがある、と言っていたけど、これは眉唾。チェスの方は本当の実力者で、ボビー・フィッシャーの再来、と呼ばれたと本人は言っているし、彼の評伝にはそのエピソードがちゃんとある。

 話が逸れたな、ごめん。僕が過去を変える気もないのに、何でこんなことをしているか、不思議だろうね。今のところ、人類は、というか、世界を観測する個々人が、今、生きているのとは別の流れの先の世界へ、自分を飛ばすことはできていない。ドクもそれはできない、と明言した。だから、僕が過去を改変し、新しい未来を作ったところで、意味はない。そう、この言葉が全てだね。意味はないんだ。実験精神も、野望も、興味もなく、このメッセージは構築されている。

 要は、君たちに令和を少し紹介したいだけだ。そのための手法が今の僕にあり、道具も揃い、やる気も出た。やる気は大事だ。

 僕の暇つぶしに付き合わされるのも不快だろうが、僕はそれにやる気を発揮しよう。

 さあ、では、これから君たちに定期的にメッセージを送る。

 君たちが生きて行く令和が、楽しい世界に変わることを願う。

 これは善意と思われるかもしれないが、僕に善意はこれっぽっちもない。

 暇つぶしなんだよ、本当に。

 とりあえずはこのメッセージを送る。受け取ったら、ちょっとは驚いてもらえると嬉しい。



This Message is END.

Reply - Impossible.

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P.S. GOOD LUCK!

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