愛情 第四章

 しあわせにすごした。

 ゑみちゃんのかげだった。

 ぎようふうしゆんえいきよけみしてひもすがら零細鉄工所でびんべんしていた。である。大企業からの大量ロット生産のために残業して汎用旋盤にきよくべんしている男性にくだんのAVの先輩がそそばしってきた。いわく〈社長がおまえをさがしてるんだ事務所にれんらくがきたっておまえ携帯気付かなかったろうおまえの自宅が火事らしいんだ〉と。汎用旋盤を停止させ第一棟の二階に鎮座する事務所へとばくしんする。電話越しにたんをきっていた社長が男性に勘付く。〈きみの家族からだ〉といわれて受話器を譲渡される。母親のこえだ。〈ごめんわたしの不始末で火事になっちゃってもうひとつ製紙工場が火事らしくて消防もおくれてるの〉と。〈ゑみちゃんは〉とすると〈家のなかで〉という。社長のりようしようもなく電話をきるとてんしながら階段を降下してまつしぐらにマンションへとまいしんした。きやしやなるきゆうきようひやくがいで全身全霊をこめて疾駆する。信号無視もしたがおうどきへきすうでは交通量も寡少だ。ふくらはぎにとうつうをおぼえててきちよくする。いそがないと。ゑみちゃんが〈死んで〉しまう。火災の煙霧を仰視せんときゆう窿りゆうをみあげる。天の河がれいだった。

 マンションにほうちやくした。

 わいざつなるあいじゆうおうに交錯するはちがいには巨億のけんれいさんそうしてえんせいをみあげていた。邪魔だ。うまひんせきしながらマンションの入口へとばくしんする。消防が地団駄をふんでいるためせきけいが鉄壁となってひやくれいようそく阻止している。けいのひとりと母親がけんけんごうごうかんかんがくがくの議論をしていた。母親が〈人形がいるんです〉というとけいは〈人間じゃないんでしょう〉という。父親が〈人間とおなじなんです〉というのでけいは〈わかりましたわかりました〉と微苦笑する。男性がほうちやくすると母親は〈ごめんねごめんね〉とひやくまんいうだけだ。だれもたすけてくれない。おれがたすけるしかない。男性はそうの警察に〈ひとごろし〉といいひともんちやくおこしてからバリケードを瓦解せしめてマンションにちんにゆうしていった。背後からけいが〈野郎〉とほうこうしている。ばいえんは空気よりも軽量なので一階は無事だ。階段をとうはんして五階までほうちやくするとすがに異臭ふんぷんとしておう感がする。作業服にほうしていたウエスでこうこうぼうぎよすると自宅のとびらを開放した。刹那いんうんたる熱気とともに煙燄天にみなぎった。両手を火やけどしたがはやとうつうもかんじない。

 わたしはせきをおこした。

 自宅にってゆく。玄関かいわいの台所が火元らしく入口からしてほうはいえんきおっている。床面や壁面からはくいろえんえんとともに煙霧がうつぼつとしてそんきよしても直立しても前進できない。まんしんそうになるかけむりで窒息するか。ふくするかたちで全身を火やけどさせながら自室へとちんにゆうする。自室はまだ無事だ。ゑみちゃんがベッドに鎮座している。ゑみちゃんを抱擁して居間にばくしんする。ゑみちゃんの四肢がえんでとろける。ラブドールといってもダッチワイフとは相違し関節がほうされているので体重は二十五きろぐらむある。単純明快に居間のまどからほうてきしたら地面でこつぱいになる。といえども入口にきびすをかえしたら自分はとまれかくまれゑみちゃんは融解してしまう。居間をへいげいすると古新聞をてんじようするためのビニールテープが一巻きあった。ビニールテープでゑみちゃんのにくたいがんがらめにして十メートルじようのロープをつくる。男性は最後にしようじゆする。〈ゑみちゃん愛してるよ〉と。ゑみちゃんは微笑していった。〈ありがとう純一さんにえてよかったわたしも愛してるわ〉と。男性はなみだをぬぐってまどへとむかった。

 ふたりはけつべつした。

 ゑみちゃんをまどのそとにつるして〈さよなら〉というとすでにゑみちゃんはしゃべらなかった。男性はかんとしてロープをたらしてゆく。ゑみちゃんは無事に地上へ降下してきんじやくやくたる両親に抱擁された。地上から父親が絶叫する。〈おまえはどうする〉と。男性は微笑しててのひらをふった。居間の卓子のかたわらへもどると煙霧で窒息しないためにじゆうたんぎようした。しゆうえんをまつだけだ。iPhoneに電話がかかってきた。愛妻家連盟の統合失調症であるリーダーだ。男性は電話にでる。〈すまないけれどひまじゃないんだいま死ぬところなんだよ〉と。リーダーはいう。〈たすけられなくてもうしわけないところでゑみちゃんは〉と。〈ぼくのいのちにかけてまもったよ〉というと〈ゑみちゃんを愛しているんだね〉という。男性は〈ぼくの人生は一体のラブドールがすべてだったなんて無意味なんだろう〉といった。リーダーは〈だれかを愛せたらその人生は無意味じゃないよ〉とこたえる。男性は最期の言葉をのこした。〈わるいけれど意識がもうろうとしてきたじゃあね〉と。

 男性は焼死体として発見された。

 全身の火やけどでケロイドはかくれていた。

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