親友 第四章

 目覚めるとはくの部屋だった。

 拘束されているのかにくたいが不自由だ。

 右目がひらかないので左目でかいわいへいげいすると三人の人物がせんかいしていた。父親と母親と見覚えのない青年である。なにゆゑか最初にこえをかけたのはなぞの青年であった。そうぼうかいわいを滅紫色にした青年は小説家志望の生徒がとびおりてからのいちいちじゆうを物語った。おしなべてなにゆゑか青年のじようぜつなるたんがなにを意味しているのかもうろうとしてわからない。青年はつづける。〈そんで警察さんと協力してあんたを中央そうごう病院に搬送したわけだ〉と。〈親御さんがちゆうちよしてるらしいからおれからいうけどあんた左脳っていうのにしようがいがのこって右半身不随になったんだよ〉と。〈右手右脚はうごかせねえし言葉もしゃべられねえらしい〉と。つづけて〈おれは親御さんにいってやったさ〉と。〈自殺ってのは簡単じゃねえ一種のひとごろしだおれも人間のくずだけどよおひとをきずけることだけはしたことねえんだってな〉と。途中からきよしはじめた両親はやくやく物語る。父親いわく〈お金も学校ももういいよ〉と。母親いわく〈頑張って生きて〉と。

 青年はひもすがら生徒を介抱した。

 やく中毒患者によると両親は無論こうしのぐために仕事にしんしようたんしている。青年は元来長岡市内の工業ちゆうみつ地帯の大手製紙会社の御曹司らしく生活費にはぼうしていないのでやく中毒のリハビリテーションもほうして看病しているらしい。青年いわく〈あんたがねむってるあいだに裁判があってなおれ執行猶予三年になったんだ〉と。〈だけどようおれはもうやくなんてやらないよ生きる糧ってのがみつかったんだ〉と。〈あんただよ〉と。り青年の言葉はめいちようと理解できない。青年は情熱うつぼつとして献身的に物語りつづける。青年は毎日物語った。人生について。いのちについて。人間について。平和について。いずれもどうでもよいことにおもわれた。自分は一度死んだのだ。かててくわえて現在は半身不随となっている。人生も人間も平和も関係ない。やがて青年はきんじやくやくとして病室にってきた。いわく〈これで文字をうつとこっちがしゃべってくれるんだってよ〉と。PC用のキーボードとしようがいしや用のタブレットらしい。やくやくちら側からも意思疎通できるようになったが歓天喜地するほどでもなかった。

 車椅子生活がらんしようした。

 うつゆうながら右半身不随のリハビリテーョンをはつじんびようじよく上での左半身の運動からびようじよく上での鎮座猶且びようじよくからのきつりつまで遂行する予定であった。びようじよく上で鎮座するのが限界でてきちよくもできない。やがて中央そうごう病院のリハビリテーョン科にって車椅子によるせんの練習をはつじんした。けんじんなる車椅子をおしてくれる青年いわく〈半身不随ってのは六箇月以内にあるけないと絶望的らしいんだ〉と。〈わるいがお医者さんのいうとこじゃああんたは一生あるけないかもしれん〉と。絶望することはない。絶望はしきっていたのだ。で青年は車椅子をおして病院かいわいの散歩コースを散策させてくれた。いわく〈ずっとあんたにわせたかったやつがいるんだよそいつもあんたにいたがっていてな〉と。青年が指差したベンチでは少年が風景画をえがいている。内藤清一だ。とおもって左半身でもんぜつびやくした。青年は車椅子をおしてゆく。キーボードをたたく。〈ゆるしてゆるして〉と。画家志望の生徒は音声にかえりみていう。〈ごめんねぼくのせいで〉と。

 ふたりは散策した。

 かんとして微笑した青年がとんざんすると画家志望の生徒が車椅子をおしながら散歩コースをしようようかつせしめてくれた。いわく〈賠償金も裁判ももういいよ〉と。〈ぼく生まれてからひとりも友達がいなかったんだ〉と。〈かわりでもないけれどぼくのともだちになってくれないかな〉と。小説家志望の生徒は顔面そうはくで沈黙している。相手はいう。〈しのはら君は小説家になりたいんでしょ〉と。〈USBメモリのなかの小説んだよ面白かったよ〉と。〈もしよかったらぼくのために小説を書いてくれないかな〉と。〈ふたりで漫画家になるんだよ〉と。〈しのはら君が物語をつくってぼくが絵を描くんだ〉と。小説家志望の生徒はキーボードをたたく。〈そんなことでゆるしてくれるの〉と。相手はいう。〈ゆるすとかじゃなくてぼくたちともだちになったんだから〉と。〈きみの遺書もんだよ〉と。〈うまれかわったらともだちになれるかもって書いてあったね〉と。こくそくとしていた小説家志望の生徒はやくやくじよちようしてキーボードをたたく。〈ぼくらのゆめってかなうのかな〉と。画家志望の生徒は車椅子をそそばしっておしながらいう。〈かなうまで車椅子をおしてゆくよ〉と。

 ふたりはおなじゆめをもった。

 筆名は〈しのはら清一〉だ。

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