第35話 不死王

 ヒツギはフィリシアとのチャンネルを切り、次なる敵を見据える。


「我こそは北の猛将! 魔術師団副団長、バルバロッサ・クレメールなり!」


 遠方から魔術音声を用いて、カルトガルド公国の敵将が大きな声を上げた。


「ミッドヴァルトを統べる、魔の森の王よ……貴様を処罰する!」

「威勢の良い奴だな。その顔が絶望に歪む様を見るのが、今から楽しみだ」

「戯言を抜かすな! 遍く天の光はすべて星となって降り注ぐ――《流星群》!」


 数多の光が連なり、それはやがて巨大な隕石となって、ヒツギの頭上に飛来した。

 バルバロッサとは距離が離れていたため、《虚空暗黒領域ヴォイドフィールド》で彼の魔術が発動する前に無効化することも叶わず、詠唱付きの大魔術を食らうはめになる。


「《遠隔死体召喚》……出番だ。盾となれ、餓死髑髏。怨嗟の叫びを上げよ!」


 餓死髑髏がしゃどくろ。地球では、戦死者や餓死者の恨みが集積した、巨大な妖怪と言われている。深夜になるとガシャガシャと音を立てながらその姿を現し、人間を亡者の世界へと誘う。


「Aaaaaaaaaaaaaaaa! AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaa――――――!」


 大気が軋むような不協和音。憎悪によって駆り立てられた亡者の魂が唸り、脳内を掻き毟るような異音を周囲に撒き散らす。1000メートル越えの超巨大な骸骨が顕現した。

 灰色の骨だけの身。蒼白い焔を伽藍洞の眼孔に灯し、顎骨をリズミカルに奏でている。


 餓死髑髏のあばら骨の内に収納されたヒツギは、バルバロッサの《流星群》を食らっても傷一つ付いていない。それどころか、彼が召喚した餓死髑髏自体も無傷だ。


「なん……だと……。わ、私の、切り札である《流星群》が……効かない……」

「なんだ、もう終わりか。まるで張り合いのない男だったな。私の足元にも及ばぬ」


 餓死髑髏の頭部に乗り移ったヒツギは、そのまま餓死髑髏を進撃させ、周囲のカルトガルド公国兵を蹴散らしていく。死に絶えた公国兵は漏れなくヒツギのアンデッドとなった。

 ヒツギを頭に乗せた餓死髑髏は、ついにバルバロッサの目の前に到達した。


「ご苦労、餓死髑髏。そしてさらばだ、バルバロッサ。……《ダークネスブライト》!」


 すべてを呑み込む圧倒的な闇が迫る。

 ヒツギの手のひらから放たれた暗黒の波動が、バルバロッサ・クレメールの体を跡形もなく消し飛ばした。その余波で彼が立っていた高台が崩れ落ち、下にいた兵士たちも大勢潰れる。血肉が飛び散り岩壁は鮮血に染まった。


「A、Aaaaaaaaaaarrr、A、A、ruuuuuAaaaaaaar!」

「そうだな、餓死髑髏。消し飛ばさず屍兵にすればよかった。勿体ないことをしたな」


 ヒツギが餓死髑髏の頭を撫でる。餓死髑髏とは対話できないが、彼はヒツギのお気に入りの《骸骨兵》であった。付き合いも長く、召喚時は毎度同じ個体が呼び出される。


「気を取り直して、通信を続けるか。ルナ、カルトガルド公国兵の壊滅まで――」

『あぁん! ヒツギ様ぁ♪ やっとわたくしに連絡くださったのですね』

「私は後どれぐらい待てばいい? 魔王のお前がいてこの蹂躙速度……正直、遅いぞ」

『も、申し訳ございません! アーガス王国兵は傷付けずに、とのご指示だったので』

「言い訳は聞きたくないな。誠意は態度ではなく結果で示せ。アーガス王国が陣を敷く周囲一帯のカルトガルド公国兵を直ちに殲滅せよ。その後、フィーと合流し、ラクラとバーミリオンとクインを回収し、所定の位置へ移動。そして我々は速やかに撤退する」

『かしこまりました。必ずやヒツギ様のご期待に応える働きをしてみせます』


 ヒツギの《低級霊》越しに、彼女が頭を下げた。次にルナが顔を上げたとき、その表情は憤怒に染まっていた。今まで堪えに堪えてきた苛立ちが爆発する。


『ああ、腹立たしい。お前たちのような砂利を庇っていたせいで、我が王に失望されましたわ。旦那に冷たくされる気持ちがあなたたちに分かるの? この恥辱、どう晴らしてくれようか。【アーガス王国兵に告げる! 今すぐわたくしの後ろに下がりなさい!】』


 ルナ・バートリーが放つ《真祖》の《魔声》によって、彼女以下の生物は強制的に体を動かされる。それはすなわち今、彼女の障害になっている兵のすべてに当てはまった。


『これで道は開けましたわね。手間をかけさせやがって……滅びろ、帝国の狗!』


 ルナの両腕に膨大な魔力が充満して弾ける。

 《デス雷撃ライトニング》が両手のひらから放たれた。超電磁砲のような電撃が、周囲一帯をまとめて焼き焦がす。


『はぁ。虚しいですわ。最初からこうしておけば、叱られずにすみましたのに』


 ルナの視界に入る人間はもう一人もいない。《低級霊》すらも皆消し飛ばした。

《操眼》からの《死体操作》で《骸骨兵》を使役していた、ヒツギはため息を吐く。


「少し強く言い過ぎたかな。でもルナはすぐ調子に乗るから、仕方ないよね」

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