『学院にこんにちは』

街に出る




 人に見つからないように出なければならないかもしれないと思っていたが、出た廊下には人気がなかった。


 誰一人として出くわさず、教会を出た。

 外は、空気がひんやりとしていて肌寒い。

 太陽はまだ出ていないようで、しかし向こうの空がわずかに明るくなってきていた。

 早朝だ。


「どうして、ついてくる」


 教会の敷地から出たところで、リーデリアは振り返った。

 感じていた気配に間違いはなかったようで、案の定神が立っている。


「身勝手な神々に怒っているんだろう? それなら神様が一つ、人間の世界を見ていこうじゃないか」

「……百年経ったとかいう間に見て帰れば、時間の有効活用だっただろう」

「あのね、これでも私はお前の命の恩人だったりするんだよ」

「救ってくれとは頼んでいない。一年ならまだしも、百年後の世界では少々色々困る」


 リーデリアの言葉に、神は首を傾げた。

 何が困るのか分からないらしい。時間感覚に共感が得られると無意識に思った部分があったことに、リーデリアは自分で呆れそうになった。

 そんなはずはなかった。


「何もわたしについて来なくてもいいはずだ」

「案内人がいた方がどこに行こうとか考えなくてもいいじゃないか」

「……わたしは案内人なんてしないぞ」

「勝手についていくから大丈夫」


 リーデリアは浅く息を吐いた。まったく。

 神を追い払う術など心当たりがない。


 最終的には、人間の世界を見ていくと言うのなら、責任を持って見聞させることにすればいいと、自分を納得させた。


「ついてくるなら、もうそれで構わないが、見た目をどうにかしろ。あと、そうだ……名前は何だ。わたしはリーデリア・トレンス」

「リーデリア」


 名前を繰り返した神の方は、少し考えたあと、エイデンと名乗った。偽名か?


 こうして、神を旅の連れとして、リーデリアは戻ってきた世界を歩きはじめた。


 ──目指すは、首都。

 国の中心にして、リーデリアが魔術師として仕えていた王宮がある土地だ。




 教会は、各地に小さなものから大きなものまである。

 日常的な祈りは小さな教会で行えばいいが、特別な祈りに際しては大きな教会で行わなければならないとされる。


 大きな教会は、首都の主教会を除けば、首都外の要所に七つある。

 リーデリアがいた教会は、首都外にある七大教会の内の一つだった。


 首都に向かうには、地道に徒歩で行くしかないかと思っていたら、運良く通りがかりの旅商人に出会った。


 これから首都に行くつもりのようで、荷馬車に乗せてもらえることになった。

 ついでに、服がぶかぶかだったこともあり、衣服を売ってもらうことにした。


 所持金は、元々旅のために持っていたものがあった。すぐに尽きるだろう。

 しかし百年経っているというから、まだ使えるだろうか。


 結局ブレスレットを犠牲にした。首飾りも、ブレスレットより大きな宝石がついているから首都に着いたら換金しよう。


 ローブを身に纏い落ち着いたところで、今何年かと聞いてみると、案の定と言うべきか、約百年の時が経っていた。

 信じざるを得ないらしい。

 別に、神の言葉を疑っていたわけではない。


「エイデン、落ちるぞ」


 その神はと言うと、辺りをきょろきょろしている。


 これから商売をするために首都に行くとあって、荷馬車には商品がぱんぱんに詰め込まれている。


 リーデリアと神は後ろに腰かけて、足をぷらぷらさせている状態で、荷馬車は動きはじめているから、落ちると置いていかれる。


 それなのに、神──エイデンは横の景色が見たいらしく、前のめりになって横を覗き込んでいるのだ。

 子どもか。


 見た目は子どもだったりする。

 リーデリアは同行を許すに当たり、神々しいと表現するべきか (神なのだから神々しいしいのは当たり前だ) 、自然発光している状態をどうにかしろと言った。


 その通り、どうも神々らしい存在感を消し (どうやって消したのかは分からないが、気配を消すようなものだろうか) 、髪と目の色を変え、外見の年頃をリーデリアと同じようにした神ことエイデン。


 金髪碧眼の子どもになっていた。

 ちなみに、ブレスレットとリーデリアのみの衣服では価値が釣り合わないと言われたため、エイデンの衣服も全取り替えした。


「こういう移動も楽しいなあ」

「そうか」


 そうか、のところでガタンッと派手に揺れて舌を噛みそうになった。


 神々は、時折降りてきた姿を見ても宙を飛んでいるから便利だろう。

 どうもこの神は、移動方法もリーデリアと一緒にしてくれるらしかった。人間に紛れるのならその方が好ましい。



 首都についたのは昼過ぎだった。


「お姉ちゃん、弟と離れないようにしなよ。首都はいいところだが、怖い大人が紛れてる。見目がいい子は攫われたりすることがあるって聞くからな」

「おとうと……?」


 荷馬車から降りて、商人と別れるといったときに言われて、ぽかんとする。


 攫われる云々はさておき、リーデリアは、示されている隣を見る。

 金髪碧眼の少年がいる。もちろん例の神だ。


「随分綺麗な子だ。女の子と間違えられたら、もっと攫われやすくなる。お姉ちゃんもまだ小さいから、本当に気を付けるんだぞ」


 何というか、言われてみると、姿を変えた神の顔立ちは綺麗なままだ。単に綺麗で済むだけましになったと思う。


 それでこの綺麗な少年と、外見は同じく子どもなリーデリアの二人だけでは、危険な目に遭うかもしれないと思って言ってくれたようだ。


 優しい商人だな、と思いつつ、弟とかいうのを否定するのも面倒なので「気を付けます」と答えた。


「乗せてくださり、ありがとうございました」

「気を付けてな」


 商人とはそこで別れた。

 さて、首都には着いた。


「随分賑やかなところに来たね」

「ここは、首都だ」


 国で最も多くの人が住み、集まる都。

 王宮があり、魔術師が最も多くいる土地でもある。


 商人に乗せてきてもらったことで、一年中賑やかな通りに立っている。日中ということもあり、人々で満ち、目の前を人々が通りすぎていく。


 誰も、ここに神が紛れているとは思わないだろう。


「ここから、わたしの家に向かう」


 リーデリアは首都に家を持っていた。

 ここは賑やかだが、首都にも閑静な場所は存在する。


 リーデリアの家は、静かな場所にあった。ひとまずこの通りを抜け、そこへ向かう。


「人が多いから、気をつけろ。まあ、別にはぐれてもわたしは困らないが……エイデン?」


 横を見て注意を述べようとしたら、見目麗しい少年はいなくなっていた。


 まさか、誘拐されたか。

 商人の言葉が頭に過った。


 そういう場合、どうするべきだ。弟子なら、一も二もなく助けに行くが……あれは神である。


 と、思っていたら、人混みを掻き分けるようにして、人間にしてはやはりきらきらしい姿が戻ってきた。髪の色のせいか。


「ああ、リーデリア、いた。あっという間に流されてしまったよ」

「誰かに連れていかれたのかと思っていたところだった」


 そしてその場合助けに行くべきかどうか悩み、別に大丈夫かという結論を出す直前だった。


「しかし流されたとは……きみは本当に神か?」

「もちろん。それは便利に力を使ってもいいと言うのなら……」

「やめろ」


 こっちが悪かった。


「じゃあ、改めて。この通りを抜けるから、迷子にならないようにわたしのローブを持っているんだ。……いや、わたしがきみのローブを引っ張って行ってやろう」


 野放しにすれば、何をしでかすか分かったものではない。


 弟子でもこんなに手はかからなかった。

 ……弟子、と思い出して胸が少し痛んだ。この世界には──。





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