寝ぼけ眼で見た光は

「おいおいこんな偶然って⋯⋯」


「偶然じゃなくて『運命』ってことでしょう」


「ルイの運命の人はこの少年なのだな!」


 病室でわちゃわちゃと話す三人と一匹。


 ルイを操り、ルイに尽くす者は助けた少年というわけだ。縁の巡り合わせはすごいと驚いている。


 翔太はベッドに書いてある少年の名前を見て読み上げた。


「『中渡なかと 未来みらい』って書いてある。この子の名前だろうな。さて、どうするんだ?」


 少年、もとい未来は窓の外を眺め、ぼーっとしている。

 ベッドの横に置いてあるメガネもかけず、ただぼやけて見える雲を眺めていた。


「シルクがこの少年の記憶を見た限り、ルイの契約者にふさわしいとは思わなかったわ。その、周りに流されて言いなりになるような子だったから⋯⋯ルイの自由奔放な部分を抑えられるとは思えなくて」


 それを聞いたルイは悩むように唸り、チラチラと未来の顔を見る。

 そのうちまじまじと見るようになり、深緑色をした瞳が気になるのか、前髪の下を覗き込むように近付く。


 その光景は、はたから見るとキスをしているように見えて――、


「うっ、恥ずか死にそうだ⋯⋯」


「どうかしたの?」


「いやなんでもないんだ、うん、なんでもない」


 翔太は昨日、自分がしたことを思い出し、恥ずかしくなって手で仰ぐ。


 シルクはピンときていないようで、首を傾げている。

「まぁいいわ」と切り替え、病室でウロウロしている小豆を捕まえた。


「小豆はどう思う? この未来っていう子はルイの契約者になれるかしら?」


「ふむ。ルイは意地悪なやつだが、面倒見はいいと思うぞ。この未来という少年がルイを怖がらなければうまくいくだろう」


 とてもまともな意見を出してくれた。猫なのにしっかりしている。さすが小豆だ。


 未来を眺めていたルイが「よし」と言って姿勢を正す。

 どうやら決心ついたようだ。


 もし別の人がいいと言い出せば、また人探し魔法で見つけに行くことになるだろう。

 とはいえ翔太たちがいなくても魔法で見つかるため、ここで解散することになるだろうが――、


「――ルイはこの未来と契約するぞ! 断られなければだけどな」


 へへっ、と、苦笑いのような笑みで言う。

 まるで両親にようやく結婚すると告げるような表情だった。


「じゃあちゃんと姿を現して説明しなきゃね」


「俺のときは魔法書読んでくれって言われて特に説明なかったけどな」


「た、多分説明してるわよ。魔法書を読んでもらった上で説明した⋯⋯かし⋯⋯ら?」


「自信ないのかよ」


 翔太のツッコミで笑いが訪れる。


 ――その笑い声のせいで、足音がかき消されていた。


 病室の外を走る足音。

 慌ただしいその足音が、こちらに向かっていることに気付かず――。


「お兄ちゃん大丈夫!? って、この人たちは?」


 足音の主はドアを開けるなりシルクとルイのほうを見ている。


 ――否、見えている。


「⋯⋯? あぁ、結羅ゆうらか。この人たちって⋯⋯どうした? 結羅と僕以外誰もいないけど」


 未来は『結羅ゆうら』と呼んだ人物を見てそう言う。


 翔太たちは見られていることに驚き、息を飲む。


 ドアから入ってきたのは少年というには可愛らしく、少女というにはやんちゃな男のだ。背中に背負うチョコレート色のランドセルを見ると小学生だということがわかる。


 男の娘は驚き、とりあえずドアを閉める。


「えっと、なんでもないよ。ただちょっとその、幻覚? みたいなのが見えちゃったみたいで。アハハ⋯⋯」


 双方驚きが隠せず、この状況を打破したのは――、


「あら、『二人』ともどうしたのぉ?」


 黒のレース生地に黄色の小さな花が所々に刺繍してあるワンピースを着た、お嬢様のような口調で喋る人物。


 その人物は閉じられたドアをすり抜けて入ってきて――、


「ローズ⋯⋯!?」


 驚いたルイが思わず口を開く。


 その反応で結羅は状況を把握し、ローズは未来に触れ、魔法を展開させる。


「睡眠魔法、開始」


 結羅を見ていた未来の瞳が虚ろになり、まぶたが閉じて眠りにつく。

 魔法を解除しなければ、最低でも一時間は寝たままになる。


「さて、シルクとルイはどうしてここにいるのかしらぁ。ローズの契約者であるこの結羅の『実の兄』の病室に、なにか用でも?」


 結羅は無言で頷き、サラサラの黒髪が揺れた。


 ローズと結羅の反応的にシルクとルイしか見えてないことに気が付いた翔太はシルクの肩を叩き、耳打ちをする。


 シルクはこの場の状況を全て理解し、ため息をついてから言った。


「⋯⋯説明するわ、心して聞きなさい」


 ――――――――――――――――――


 翔太と小豆はローズと結羅に見られるために透明化魔法を解除。

 シルクとルイが見えていたのは、クイーンズとその契約者はクイーンズが見えるためだ。


 そして隣の部屋にいる患者に聞かれる可能性を考慮し、意思疎通魔法をローズがかけ、テレパシーで会話。


 窓から中の様子を見られないようカーテンをしめ、外から誰か来たときのためにドアのそばで小豆が聞き耳を立てている。


[なるほどねぇ。てっきり未来がルイにストーカーされてたのかと思ったわぁ]


 シルクの説明はいつも通り長く、ローズの理解力が乏しいため時間がかったが、誤解は解けたようだ。


[まぁルイにストーカー趣味があるのは本当だけれど]


[そうなの!?][そうなのか!?]


[否定できねぇ⋯⋯]


 驚く翔太と小豆に、シルクとローズが頷く。

 どんな経由でストーカー趣味がついたのかわからないが、クイーンズは本当にキャラが濃いなと思う翔太だった。


[でも今回はちゃんとした契約者探しよ。ルイと未来くんが契約すればローズも晴れて姿を現せるわけだし、結羅くんもお兄さんに魔法を隠さなくてよくなる。悪くないと思うわ]


 シルクはどちらにも利益があると主張し、ローズに契約を反対されないように立ち回る。


 だがその努力は必要ないようで――、


[ふわぁ⋯⋯まぁ契約できるならしたらいいと思うわぁ。ローズは反対しないわよぉ]


 ローズはピンクトルマリンのような瞳を眠る未来に向け、あくびをして答える。


 てっきり反対されると思っていたシルクとルイは目をぱちくり。


[け、契約したらローズたちと暮らすことになるんだぞ!?]


[クイーンズ全員屋敷で暮らしてたんだし、別に気にしないわよぉ]


 ローズは茶髪に黄色のインナーカラーが入ったゆるふわ髪をいじり、「それに」と言ってからシルクに目を向け、


[――ルイならまだいいわぁ]


 と、にやりと笑って言う。


 翔太はシルクがいじめられていたことを知らず、もちろん小豆も結羅も知らない。


 どんより場の空気が悪くなる。


 シルクはため息をついて一笑。

 一笑は嘲笑に変わり、透き通る空色の瞳でローズを刺す。


[まるで「シルクなら断ってた」って言いたそうな顔ね。仲良くする気がないなら無理に関わらなくてもいいのよ?]


 シルクは「自分より魔法が弱く、いつまでも子どものような態度をとるローズなど怖くない」というように跳ね除けた。


 その反応が憎いのか、予想外だったのか。 


[べ、別にぃ? 今は結羅が可愛いから、シルクに興味ないもの〜]


 返事になっていないような返事をして、結羅を後ろから抱きしめる。


[なんだよその言いかたー!]

[まったくなのだ]

[あはは⋯⋯]


 翔太と小豆はムッと怒り、結羅は苦笑い。


 どことなく雰囲気が和らいだところでルイが口を開く。


「んじゃあルイは契約するために姿を現すから、ローズたちは外から誰か来ないか見張っといてくれ。もし誰か来るようなら意思疎通魔法で連絡頼む。遮断魔法かけるからくれぐれも普通に喋りかけるなよ?」


「了解よぉ」とローズが言って、結羅は再び透明化魔法をかける。

 ドアをすり抜けて外で待機するようだ。


「シルクたちはここで解散で。今日はありがとな!」


「契約してくれるといいわね」とシルクは言って翔太は頷く。

 結羅と同じく透明化魔法をかけ、ローズたちとの意思疎通魔法を解除。


 誰か来ないか聞き耳を立ててくれていた小豆にも同じことをして、「契約が決まったら遊びに来いよ」と挨拶をし、帰っていった。


[よし。ローズ、睡眠魔法を解除してくれ]


 意思疎通魔法でローズに合図。

 気だるそうな「わかったわぁ」という声が帰ってきて、魔法が解除された。


「⋯⋯遮断魔法、透明化魔法、――開始」


 ルイは覚悟を決め、未来の前に姿を現した。


 目が開いた先に見えるよう立ち、魔力を金色に輝かせ、精霊のように漂わせる。


 未来は魔法による眠りから覚め、ゆっくりと、光のない瞳をあける。


「あ、れ⋯⋯結羅じゃない――」


 開かれた深緑色の曇った瞳。

 寝ぼけまなこで見たルイは――、


「まるで、雲間から差し込む太陽のようだった」と、彼は語るのだった。

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