飯テロとはまさにこのこと

「もうすぐ五時だぞ⋯⋯魔法は成功しないし、シルクたちも帰ってこないし。あいつらどこまで行ったんだ?」


 シルクと小豆が出かけたのは二時頃。

 散歩程度だろうと思っていたし、まさか五時になっても帰ってこないなんてことは考えていなかった。翔太は窓の外を眺め、そわそわしている。


「にしてもここまで成功しないなんて⋯⋯」


 今までに三十九種の魔法を習得した翔太だが、今までこれほど時間がかかったことはなかった。


 翔大のイメージは完璧で、魔力も充分ある。


 なのになぜ失敗ばかりなのか。


 答えはシルクが傍にいないから、というシンプルな理由なのだが、翔太は未だに気付かない。


「スパルタ教育の疲れが出たとか、スランプとか⋯⋯それなら休むしかないよな。どうせできないんだし、夜ご飯作っとくかぁ」


 何度も何度も読んだ魔法書を閉じ、立ち上がる。

 ずっと座っていたせいか立ちくらみがして、思わずソファの背を掴んだ。


 最近はシルクが料理を担当していて、翔太は魔法の練習をしている。なのに食材を買いに行くのは翔太なので、なんの意図があってこの食材を買ってきたのか、シルクは汲み取らないといけない。


「この前買ってきた食材がどれだけ残ってるかな⋯⋯って!?」


 翔太が久しぶりに冷蔵庫を開けると、冷蔵庫の中身が劇的な進化を遂げていた。


 それは冷蔵庫が勝手に変わったわけではなく、シルクが使いやすいように分類、収納してくれていたからだ。


 しっかりラベルまで書いてあり、パッと見ただけでどこになにがあるのかがわかる。


「こんな収納ケース持ってない⋯⋯これシルクの私物か! というかなんだこれ! 完璧じゃねぇか!」


 冷凍庫は、上にスライド式のトレーがあり、そのトレーをずらすと下の段が現れる。いつも食べるアイスはトレーに収納され、トレーをずらして下の段を見ると冷凍ご飯が一人分づつラップに包んであったり、余ったカレーが冷凍されていたりした。


「これだけ冷凍ご飯があれば使ったほうがいいな。味噌汁は作るとして、おかずはどうするか」


 知らぬ間に使いやすくなった冷蔵庫に感動し、今日の献立を考える。


 冷凍庫を物色していると、一口サイズに切った鶏肉と鶏皮が冷凍されていた。これを使って唐揚げを作るんだなと察し、唐揚げを作ることにする。


「しっかっし夏場に揚げ物作るとか拷問だよなぁ。油跳ねるし暑いし」


 鶏肉を解凍している間に合わせ調味料を作る。鶏肉が解凍できたらこの合わせ調味料に漬けて、味を染み込ませるのだ。


「合わせ調味料は完成っと。あとは味噌汁だな。具は豆腐とわかめとえのきに小ネギでいいか。しかしえのきがこうやって冷凍されてると便利だな。俺もやればよかった」


 えのきが横半分に切ってほぐしてタッパーに入っていた。

 取り出すと簡単にほぐれ、便利さはもちろん、きのこは冷凍するとうまみがアップする。


 その豆知識を知っていた翔太は、シルクの炊事力に驚いていた。


「俺がめんどくさくてやらなかったことをやってる、流石シルクだな」


 ブツブツ独り言を呟きながら、片手鍋に水を入れて沸騰させる。

 使いかけの豆腐を切って、小さめに切る。小さく切るのはちょっとしたこだわりでもあり、好みでもある。


 味噌を溶かしている間に鶏肉が解凍できた。味噌汁の味を調節して完成したら小ネギを入れて蓋をする。火は止めて、余熱でネギに火を通すのが翔太流だ。


「――!」


 蓋をして火を止めたところで突如視界が明るくなる。


 これはシルクのメリットである「シルバー・クイーンズと一緒に行動している限り、暗いところでも、明るい時と同じくらい明るく見える」、の効果だ。


 つまり、シルクが帰ってきている。


 シルクと小豆は透明なので、ドアを開けれない。

 翔太は急いで玄関に行ってドアを開ける。


「ただいまなのよ」「ただいまなのだ」


「⋯⋯」


 そう言ってシルクと小豆は部屋に入る。

 翔太はなにもいわずにドアを閉め、それから小豆の透明化魔法を解く。


「透明化魔法――解除。⋯⋯で、どこまで行ってきたんだよ。もう五時二十分だぞ?」


「ちょっとそこまでってやつなのだ」

「そういうことね」


「ちょっとそこまでってどころじゃないだろ。俺はてっきり一時間くらいで帰ってくると思ったのに」


 無事に帰ってきたことに安堵するが、遠くに行くなら行くといってほしかった。


 透明化魔法をかけたとはいえ、通過魔法をかけなければ車に轢かれるし、自転車にぶつかる。

 そうなった場合、周りの人は気付かず、運転した人は「なんだ今の衝撃」、としか思わない。


 シルクがいれば基本大丈夫だと思っていたが、万が一という場合がある。

 万が一を考え始めると不安が募るもので。


「久しぶりに外に出たんだもの。口うるさい親みたいなこといわないでほしいわね。もう五時というかまだ五時じゃない?」


「まぁ確かに⋯⋯」


「それに、自分と小豆一匹守るくらい容易いのよ。今の魔力なら上級魔法百回でも使えるわ」


 シルクの自信満々発言を聞くと守る相手ではないのかと思ってしまう。

 それに加え、上級魔法百回使えるというのも冗談ではなく、わりと本気なので侮れない。


「あ、今夜ご飯の唐揚げ作ってるんだけど、切ってあった鶏肉使ってもよかったか?」


「察しがいいわね。唐揚げ用に仕込んだものだから作ってくれてありがたいのよ」


「我も唐揚げ食べたいぞ! いつも二人で美味しそうに食べててずるいのだ!」


「猫には味が濃すぎるからダメよ」


「くぅ、我も人間がよかった⋯⋯いや、この愛らしい猫の体も捨てがたい。味覚だけ人間がよかったのだぁ!」


「撫でてあげるからそれで我慢しなさい」


 野良猫時代から人間の食べる食べ物を羨ましいと思っていた。


 特にお祭りで屋台がでたとき、こぞって買う唐揚げに興味があった。

 子どもも大人も美味しそうに食べるその姿を見て、羨ましかったのかもしれない。


 かき氷にも興味があり、捨てられた食べ残しを食べたことがあるが、細かい氷としか認識せず。美味しくないという結論に至った。


 初めて訪れる街を歩き回って、帰りは景色の見える電車で帰ってきた一人と一匹。

 疲れているだろうが、そんな素振りは微塵も見せない。

 翔太にどこに行ってきたのか、なにをしていたのか質問されないためだ。


 シルクが小豆を撫でているといつの間にか寝てしまった。

 昼寝をしていないので無理もない。夜ご飯ができるまでの仮眠だ。


 シルクはそっとクッションの上に小豆を起き、手を洗ってキッチンに立つ。


「それで、唐揚げはどこまで進んでいるのかしら」


「油を温めてる最中だ。もうすぐ終わると思う」


「そう。なにか手伝うことは?」


「うーん、じゃあ洗い物してくれるとありがたい」


「了解なのよ」


 会ったばかりの頃よりも、二人の関係は近くなっていた。

 隣に座ることもできるようになり、肩が触れても「あっごめん」なんて言わなくなった。


 翔太がシルクに対して普通に接することができるようになったのは大きな進歩だろう。それでも家族や親友の距離感に比べればまだ遠い。

 やっと普通の友達になれた、という程度だ。


 うまくいかない対人関係の中で、シルクは翔太に合っていたといえるのか。

 それはもう少し先にならないとわからない。


 シルクは翔太に頼まれた洗い物をこなし、翔太はいよいよ揚げる工程に入る。


 ビニール袋に片栗粉と下味をつけた鶏肉を入れ、空気を閉じ込めて振る。

 この方法の良いところは洗い物が減るというところと、満遍なく片栗粉がつくことだ。祖母から教わったちょっとしたテクニックである。


「あのさ、遮断魔法なんだけど。⋯⋯ずっと練習してたのにできなかった。夜にまた練習するからコツ教えてもらえるか?」


「あぁ魔法ね。できなくて当然なのよ。だってデメリットに引っかかるもの。まさか忘れてたの?」


「はっ、デメリット⋯⋯!」


 ここでやっとデメリットの存在に気付く。遅い。

 翔太はハッとした表情で、振っていた手を石のように硬化させていた。


 シルクはデメリットを知っていたが、翔太なら適当に時間を潰すだろうと考えていた。

 そそくさと逃げるように出て行ったのは、翔太に考える隙を与えないため。

 効果はあったようだが、まさかまたデメリットを忘れているとは予想していなかった。


「記憶魔法で覚えたでしょう? まぁ記憶魔法を使わないとダメだけれど。いい加減覚えなさい?」


「精進します⋯⋯」


 教師だったはずなのに生徒の立場になっている。


 シルクから学ぶことは多く、魔法のコツや自己肯定感の大切さを学んだ。

 まぁシルクの場合、自己肯定感を少し抑えたほうがいいと思うが。


 翔太は反省しながら鶏肉を揚げる。

 パチパチジュージューといい音が鳴り、よだれが出てきた。


 揚げる音は激しい雨の音と似ていて、睡眠用BGMになりそうだなと翔太は考える。


 そんなことを考えていると腕に油がはね、思わず「あっつ!」と声をあげてしまう。

 シルクは不老不死で怪我もしないそうだが、火傷もしないのだろうか。

 火傷もしないならシルクにやらせたほうがよかったのでは? という思考が過ぎったが、時すでに遅し。

 パチパチという音の方が目立つようになって、タイマーが鳴った。


「洗い物終わったわ。ご飯は冷凍を温めればいいのね?」


「察しがよくて助かる。ついでに小豆のご飯も頼む」


「わかったわ」


 唐揚げをキッチンペーパーを敷いたお皿に乗せて、第二弾を揚げ始める。またいい音がして嬉しくなるが、油がはねるのも毎度のことで。「あっつ!」と、再度声をあげた。


 そしてシルクは冷凍庫からご飯を二人分取り出し、レンジで温める。

 その間に小豆のキャットフードを準備し、水も変える。


 コップにお茶を注いで、箸を机に。味噌汁を温め直し、お椀によそう。

 言われたこと以外もやってしまうのが流石だ。


「それにしても夏場に揚げ物はやっちゃダメだな。買ってきたほうが楽でいい気がする」


「そう考える人が多いから夏場のお惣菜は揚げ物が売れるそうよ。みんな考えることは同じね」


 キッチンとリビングに仕切りがないのでクーラーは効いているはずだが、汗がぽたっと落ちる。それを服で拭い、襟元を掴んでパタパタと風を送る。


 足元に扇風機をもってきたいくらい暑い。

 夏のキッチンは戦場だと、毎年感じている。


 ご飯を温めていたレンジが鳴って、じきにタイマーも鳴る。

 第二弾の唐揚げを器に盛って、完成だ。

 作り置きしてあったきゅうりの塩漬けを出して、小豆を起こす。


「「いただきます」」

「ふわぁ⋯⋯」


 美味しそうにできた唐揚げを噛むと、サクッといい音がなり、中から湯気が出てくる。ちゃんと火も通っていて、味も染み込んでいる。ジューシーでとても美味しい。


 暑いキッチンという名の戦場をくぐり抜けたあとの唐揚げは絶品だった。


「やっぱ唐揚げ最高⋯⋯」


「ふふっ、確かに美味しわ。⋯⋯うん、味噌汁も美味しくできてるわね。ちゃんと味噌入れてから沸騰させてない」


「料理の知識は結構あるんでね」


 これでもずっと料理をしてきた身。

 味噌汁の味噌を入れてから沸騰させないのは祖母から散々言われた常識だ。


「むー、やっぱりずるい。飯テロというやつじゃないか? 人間は唐揚げを食べると幸せそうな顔になるのがずるい! 我も唐揚げを食べて幸せになりたいのだ!」


 食わせろと言わんばかりに翔太の足をつついてくる。

 起こされた小豆はご飯を完食しており、おかわりをねだってくる。


「ダメだって。猫には猫の美味しいものがあるだろ? チュールとか――」


「チュール!」


「翔太、ダメよ。可愛いからってあげようとしちゃ」


「いや、でも一日四本までいいなら一本くらいあげても」


「そうだそうだ! 二人だけ美味しい物食べてずるいのだ!」


「ぐぬぬ⋯⋯」


 小豆は二人から見えるように机に飛び、視線を集める。


 そして――


「にゃーん?」


「「――!」」


 そう可愛く鳴いた。だが、ただ可愛く鳴くだけではない。


 犬のお座りの姿勢で、右の前脚を顔のあたりへもってくる。

 そのあとに首を傾げれば可愛い小豆の完成だ。


 その鳴き声や仕草に、二人の心は完全に撃ち抜かれた。目がハートになってしまう。


 幼い我が子が可愛いのは親のあるあるだろう。それと同様、二人は小豆の可愛さに負けてしまう。


「くっ。俺達だけ美味しそうに食べてちゃ小豆が可哀想だよな。そうだよな」


「そうね⋯⋯そうよ。翔太、小豆にチュールを与える権利を授けるわ」


 そう言ってシルクはクイーンズ特有の魔法で保管していたチュールを取り出し、翔太に手渡した。


 小豆は「ちょろいもんだぜ」といった顔でチュールを待ち望む。

 自分の可愛さを自分で認め、自分が可愛く見えるよう計算すれば当然可愛いのだ。可愛いとちやほやされる子と考えることは同じ。戦略的に考えた結果、勝ち取ったチュールである。


「小豆。あーん」


「あーん」


 あーんといっても実際は口を開いてぺろぺろ舐めるだけ。

 やっぱりチュールは美味しいらしく、あまりがっついてご飯を食べない小豆ががっついて食べている。


「美味しそうに食べるよなほんと」


「実際美味しいんでしょうね」


 夢中で食べているといつの間にかなくなり、物足りなさやもっとほしいと思う。


 シルクはご飯を食べ終わり、ごちそうさまでしたと言ってから食器を片付ける。翔太ももうすぐで食べ終わりそうだ。


 今日ならもう一本くれるのではないかと思い、もう一度さっきの行動をしてみる。


「にゃーん?」


「くっ⋯⋯」「⋯⋯」


 翔太は再度心を射抜かれたが、シルクは表情を崩さない。

 シルクは小豆に近寄り――、


「シルクには同じ手口は効かないわ。一日一本までよ」


「鬼シルクなのだあ!」


 涼しい顔で小豆にデコピンを食らわせる。

 デコピンを食らった小豆は、「うぅ、痛いのだ。くれてもいいだろう!?」と、文句を言っている。

 それをみて翔太は、「今日もシルクと小豆が可愛かった」と、昇天しそうだ。


 小豆はいずれ二本目を貰うと目標を立て、可愛さ磨きに拍車がかかるのであった。

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