首元を飾るのは家猫の象徴で

 スパルタ教育『十二日目』。


 シルクがスパルタ教育宣言をしてから、本当にスパルタ教育が行われた。

 それは現在進行形で行われており、どれだけスパルタかというと――、


「初級魔法は一日に四種か三種覚えて? 中級魔法は基本一日に二種だけど、三種覚えた日もあったな」


 十二日目にして初級魔法二十種、全て取得。

 中級魔法は現在習得中であり、現在までに十二種を取得している。


 今は中級魔法十三種目の『実体化魔法』を練習しているのだが、


「そうね。つべこべ言わずに今日も二種目いくわよ。一種目の『睡眠魔法』は成功して小豆は寝てるんだから」


「癒しの小豆がぁ」


「シルクも癒しでしょう? ほら、やるったらやるのよ」


「鬼すぎる⋯⋯でもその仕草は可愛いな!」


 シルクは両手をグーにして口元にあてるポーズをする。在り来りなぶりっ子ポーズだ。癒しというよりは可愛い。可愛いは癒しというなら癒しだろう。顔が真顔ではなく、無邪気な笑顔なら満点だった。


「はぁ、やるか」


 咳払いをして気持ちを切り替える。


 実体化魔法は「頭の中に浮かんだ物を実体化できる魔法」だ。

 想像力と細かなイメージ。素材や感触、匂いなど。細部までイメージしなければ失敗してしまう。


 そして翔太がこの魔法で実体化しようとしている物は、『小豆の首輪』だ。


 魔法の練習をしている間、なにかと小豆は練習台にされている。

 小豆は面白がっているのでいいのかもしれないが、中々外に連れて行けないのを心苦しく思っていた。


 ――せめて首輪をつけていれば、自由に外を歩いてこいと言える。


 そう思って首輪を作り出そうとしているのだが、


「やっぱりわからん! 難易度高すぎじゃないか?」


「最初は目の前に物を置いて、それを複製するイメージって魔法書に書いてあったでしょう?」


「そうだけど、俺が実体化したいのは別の物なんだよ」


「最初から難しい物作ろうとしてるんじゃないのよ。簡単なものからやってコツを掴むべし、かしら」


 シルクはそう言って翔太の目の前に消しゴムを置いた。確かにこれなら馴染み深いし、構造もわかっている。


 シルクの言う通り、まずは消しゴムを複製してみることにした。


(白くて、鉛筆や、シャーペンで書いたものを擦ると消える。擦ると消しカスが出て、本体の周りには青い紙が巻かれてる)


 イメージを固め、魔力を消しゴムの形になるようにして放ち、唱える――、


「実体化魔法――開始」


 魔力を放った机の上には消しゴムが置いてあった。


「おぉお!」


 だが触ってみるととても固く、ゴムだということをイメージしていなかったためこうなったようだ。


「これは失敗ね⋯⋯もう一回やってみなさい」


「一つでもイメージが欠けてるとこうなるのか⋯⋯くそぉお!」


 魔法書が光らないのでもう一度魔法を使う。

 今度は前回と違い、素材はゴムで、触ると反発することも加えて魔法を唱える――、


「実体化魔法――開始」


 机の上に馴染み深い長方体をイメージして魔力を放つ。

 触ってみると思った通りの反発力だ。隣にある本物と比べても見た目の差はないだろう。


「よし! 魔法書は?」


「光ってるわ。そろそろアンロックされた魔法の種類がわかるわね」


 次の魔法がわかるまで、つくった消しゴムを触って遊んでみる。


 比べてみると翔太がつくったほうが弾力があり、ゴムの匂いがしなかった。匂いの指定をしなかったからだろう。


 そしてノートにシャーペンで文字を書き、消してみると、一回で綺麗に消えた。何度も擦らなくても綺麗に消えるなんて画期的だ。


 ずる賢い翔太は、商品化したら爆発的に売れそうだなと思ってしまった。


 そんなことをしていると魔法書の光が収まり、シルクと翔太の脳内に声が聞こえる。


『上級魔法が解放されました。そして上級魔法二種追加されました』


「やっと上級魔法!」


「まだ中級魔法が二種残っているから、明後日から上級魔法の練習ね」


「これ以上難しくなるのは目に見えてるけど、やっぱり楽しみだ。ちなみになにが追加されたんだ?」


「『分身魔法』と『乗っ取り魔法』よ。自分で確認し――」


「分身魔法! 分身の術ができるわけか⋯⋯明後日が楽しみだな!」


 シルクの声に被せて喜ぶ翔太。「大袈裟に喜ばなくてもいいのに」と、シルクは呆れている。


 今日は比較的失敗せずにできたため、魔力に余裕がある。


 翔太は小豆の首輪を作ろうと決意し、まずはノートに書いてイメージを見える化する。


 翔太がイメージするのは、赤のベルトに、小豆の瞳の色と同じ琥珀色の鈴をつけた首輪だ。


 だが、鈴の細部と、カチッとはめる留め具がイメージできない。


 絵を描くのが得意ではない翔太は苦戦し、「デザイナーになった気分だ」と言いながら試行錯誤をしていく。


「ネットは偉大だな⋯⋯よし、あとは小豆の首周りの太さがわかればオールオッケー!」


 長さは調節できるようにするつもりだが、大体のベルトの長さが知りたい。


 睡眠魔法がとけ、いつの間にかシルクと遊んでいた小豆を捕まえる。


「ちょーっと失礼しますよー」


「あっ」


「いいぞ。我の隅々まで調べ尽くすとよい」


「ゴローンってお腹見せてますけど、そんなに調べません。はい! ありがと」


 素早く小豆の首に紐を巻き、大体の長さを測る。


 すぐ終わったせいか「これだけでいいのか?」と、若干物足りなさそうだ。


「シルクー! また猫じゃらしで遊んでほしいのだ!」


「シルクはもう疲れたかしら⋯⋯夜ご飯作るから翔太に遊んでもらいなさい」


「俺は魔法の練習が、って――」


「膝に乗るくらいよいだろう? ここでゆっくりさせてほしいのだ」


「可愛いなぁ!?」


 膝の上でまるまり、上目遣いで見つめてくる小豆が可愛いすぎたので許すことにする。


 シルクは言った通り夜ご飯の準備としてご飯を炊き、味噌汁を作り始める。


 出汁の香りがする部屋で作業を進め、やっと細部までデザインができあがった。


「あとはこれを魔法で――」


 スパルタ教育が開始してから、以前より集中力が格段にアップした。


 膝の上に小豆がいようが関係ない。練習の成果を発揮する。


 まずは全体のデザインのイメージを浮かべ、その材質や大きさ、形など、細部まで鮮明にイメージする。

 こだわりの琥珀色の鈴は、きちんと音が鳴るように構造を調べてその通りになるようにイメージをする。留め具も調べた情報を元にして、頭の中で完成。


 あとは魔力を放ち、唱える――、


「実体化魔法――開始」


 消しゴムのときよりも魔力が一気に減ったように感じ、一瞬目の前が真っ暗になる。次第に視界が鮮明に見えるようになり、机の上にはイメージ通りの首輪が――、


「せ、成功だ!!」


 首輪を手に取ると、チリンと音が鳴る。ちゃんと音が鳴ってくれてさらに嬉しくなる。


「なにができたの? ⋯⋯って、小豆の首輪じゃない! よく作れたわね」


「ふふーん! どうだ、すごいだろ?」


 翔太は自信満々に首輪を見せる。魔法が成功したのは素晴らしいが、ドヤ顔が鼻につく。デコピンを食らわせたい顔だ。


「小豆のために作ったんだ、つけてみていいか?」


「我のために?」


「そう、小豆のために」


 小豆のためにと言われてしっぽを振っている。どうやらとても嬉しいらしい。


「好きにするがいい。我はシルクと翔太に飼われている猫なのだからな!」


「じゃあお言葉に甘えてつけさせていただくよ」


 長さを苦しくない程度に調節して、留め具をカチッとはめる。

 鈴の音が鳴って、黒の毛並みに赤の首輪が映えていて似合っている。


「どうだどうだ? 似合っておるか?」


「物凄く似合ってるよ! めっちゃ可愛い!」


「瞳の色と鈴の色を同じにしたのね。翔太にしてはいいじゃない?」


 翔太のこだわりポイントに気付くところは流石だが、一言余計だ。


「我も見てみたいのだ、鏡の前まで連れてってくれ!」


 そういうので小豆を抱えて洗面台まで持っていく。

 小豆は首輪のついた自分の姿を見て、あの猫のことが頭に浮かんだ。


 ――我も家猫になったのだな。あの猫と同じ、家猫に。


「家猫の象徴。⋯⋯悪くないのだ。似合っておる」


「首元が苦しいとか、鈴の音が気になるとかあれば言ってくれ」


「些細なことは気にしないのだ。苦しくないし丁度いいぞ」


 ――我が首輪をつける日が来るなんてな。まぁ、飼われる時点でいずれつけるとは思っていたが。


 あの猫と同じものをつけ、鈴の音を聞くと思い出す。

 人間の文化を教えてもらったり餌を探しに行ったりした日々。楽しかった日々を。


 今も充分楽しいが、あの猫がいたらもっと楽しかっただろう。


「翔太、ありがとうなのだ」


「お? 珍しいな、素直に感謝するなんて」


「むむっ」


 翔太のに猫パンチを食らわせてから、ひょいっと降りる。

 小豆はリビングに逃げてしまった。


「小豆はシルクに似て素直じゃないからな」


 苦笑いしながら小豆を追いかける。


 小豆は隠れたつもりなのだろうが、翔太から見れば鈴の音でどこにいるかわかっている。


 チリンチリンと音が鳴る方へ数歩歩けばそこには小豆が丸くなって隠れていた。


「ハイハイ、可愛いよ」


 そう言って小豆を抱き上げる。

 首輪があることでどこにいるのかわかるのはいいなと思う。思わぬ副産物だ。


「この鈴がなければ⋯⋯くっ、翔太の狙いはこれだったのかー!」


 棒読みだ。小豆は演技が下手らしい。


「ぐはははー大人しく撫でられるがいい!」


 棒読みだ。翔太も演技が下手らしい。


 ぐしゃぐしゃと毛並みを撫でられ、「ぐわあー!」と棒読みの悲鳴をあげる。やっぱり演技が下手らしい。


「見るに堪えないわ。夜ご飯もうすぐでできるから机片付けてくれるかしら?」


 やれやれと首を振り、この寸劇に終止符を打つシルク。

 一人と一匹は「はーい」と言って、何事もなかったかのように振る舞う。


 と、小豆がなにやらいいたそうにこちらを見てきて――、


「その、翔太」


「なんだ? やっぱり首輪は嫌だったか?」


「違う、そうではない」


「んじゃなんだ?」


 翔太はお椀に味噌汁を注ぎながら答える。

 シルクは小豆のキャットフードを用意して、小豆の前に差し出す。


 だが小豆はキャットフードに食いつかず、恥ずかしそうに言った。


「その、だな。もしよかったら、別のデザインの首輪だったり、服だったりを着てみたいのだ。作るのが難しければ作らなくてもいいのだがな⋯⋯?」


 チリンと音が鳴って、小豆の願いが翔太の耳に届く。


 どうやらお洒落として色々なデザインの物を楽しみたいようだ。本当に猫なのか疑いたくなる美的センスの高さ。猫はお洒落を楽しむ生き物なのか根本的な疑問が翔太を襲ったが、考えるだけ無駄だと思い、可愛い小豆に返事をする。


「作るのは難しいけど苦じゃなかった。そうだな、今度は白い襟の首輪を作ろう! つけ襟みたいなやつだな。楽しみにしててくれ」


 翔太がそう言うと、小豆は嬉しそうにしっぽを振り。


「ありがとうなのだ!」


 と言って、嬉しそうに鈴を鳴らしながらキャットフードを食べるのだった。

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