省エネモードと金の人物

 初めて聞くシルクの声と高いテンション。

 翔太は思わず「天使か?」と、言いそうになる。


 冷静になるため本を読むスペースに荷物を置き、魔法書も置いておく。


 シルクの肩を掴んで「大丈夫か?」と揺らしてみるが、シルクはポカンとして首を傾げるだけ。


 少しずつクーラーが効いてきて、図書館が涼しくなっていく。

 それに比例するようにシルクは無邪気になって――、


「うふふー。図書館でやるメリットはねー、本がたくさーんあるところなの! だって沢山あると、その中の一つを動かすのが難しいじゃない? あとは何個も一気に浮かばせたりできるところかしらぁー!」


 今日の昼に会ったルーズのような口調が混じっているし、肩を掴まれたままでもなにも言ってこない。

 それどころか上半身を横に揺らして、いかにも楽しそうにしている。


「⋯⋯本当にシルクか? 大丈夫じゃなさそうなんだが⋯⋯」


「本当にシルクだってー! シルクじゃなかったら誰だって言うのよぉー!」


「本当にシルクならそれはそれでどうしたってなるんだが!?」


 ひとまずシルク本人だと仮定してこの状況を翔太なりに推理する。


 シルクが今日じゃなきゃだめという雰囲気を醸し出していたのは、こうなることを予想していたからなのか。はたまたこの状況は予想外なのか。


 翔太の脳内では全く考えていなかった予想外が起きていて、どうするのが最善なのかわからない。


「翔太ぁー早く魔法使ってよー!」


 肩を掴まれたままのシルクは翔太の胸の当たりをポコポコ叩く。威力は弱く、子どもがおもちゃを買ってもらえなくて拗ねているようだ。


「魔法の練習どころじゃねぇぞ⋯⋯てかこれなんの罰ゲームだよ! 考えたやつ出てこいよ!」


「罰ゲームよりはご褒美でしょー?」


「そうかもな、って! あっ、ちょ、やめて! くすぐったい!」


 今度は叩くのをやめて横腹をくすぐってくる。

 何故この状況になったのか考えさせてくれないほど密着してくるシルクに、解決策が思い浮かばず焦りながら照れる翔太。


「――あぁー。シルクってば暴走してんねぇ」


「――!?」


 どこからか声がしてハッとする翔太。

 その声に反応し、くすぐりを辞めてむーっと辺りを見回すシルク。


 見渡すが誰もいない。初めて聞く声だがシルクの名前を知っている。


 つまり相手はクイーンズか、その契約者――。


「翔太って言うんだっけ? シルクの新しい契約者。シルクがなんでこうなってるのかわかってないみたいだけど、教えてほしい?」


「教えなくてもいいのー! もう少し早く来てくれればよかったのに!」


 シルクの口振りからすると、シルクは待ち合わせしていたようだ。


 恐らくシルクが今日行くと決断した理由。救世主であろう。


 シルクは翔太の手をほどき、階段のほうへと飛んでいく。そこに人物は見えない。


「シルクの『省エネモード』って可愛いよねぇ。なにも知らされずこの姿を見たらさぞ驚くだろうよ。はぁ、こうなるかもっていう保険の為だけに呼び出された私の身にもなってよね?」


 シルクが足を止め、少し見上げて見るのは手すりの上。

 シルクが腕を目線の先に伸ばした瞬間、突如人物が現れる。


「今のシルクでもわかっちゃうかぁ、もう少し改良が必要な魔法だな」


「ふん。その程度の魔法に惑わされるほど子どもじゃないもん!」


 図書館に突如現れた人物は、辺りに金色の輝きを纏わせ、そこに立っていた。


 髪の毛が金髪で、軽いショートヘア。毛が細く、サラサラで、襟足の方が外巻きになっている。

 遠くからでも輝いて見える透き通った紫色の瞳は、アメジストの色に似ていて、服装は黒のジャージに金色の線。

 瞳の色と同じストーンが施されているピアスをつけていた。


 一見ジャージなので性別が分かりづらいが、きちんと女性である。

 何故ならシルクより胸の膨らみがあるからで――、


「あ、今いやらしい目で見てたな? お前覚悟しとけよ」


「いや、してないですよ!?」


 美しい紫色の瞳で睨まれて、怖いと思いながらもこれはこれでいいと思ってしまう翔太。


「さっきから疑問なんですけど、貴方は一体――」


 名前の予想はついている。

 だが何故ここにいるのか、シルクのこの状況はなんなのか早く知りたい。


 黒と金色の人物はシルクをお姫様抱っこし、こちらへ飛んで、挨拶をする。


「私は『ゴールド・クイーンズ』。ルイって呼んでくれ。呼び捨てで敬語なしな。あーこれで自分のことルイって呼べるな。なんか自分のこと私って言うの慣れねぇんだよ。っつことで、説明するからよく聞いとけよ」


「やっぱり。了解、ルイだな。早急に説明を求む」


 見た目からして予想はついていたが、ゴールド・クイーンズだったようだ。


 ルイと名乗った気性の荒い女性は説明をつらつらと述べる。

 だがその内容に無駄話も多く、途中シルクの妨害もあったのでまとめると。


 ―――――――――――――――――


 一、シルクの今の状態は、省エネモード。

 二、これは魔力が減るとなる。

 三、省エネモードになったクイーンズはキャラが豹変する。

 四、省エネモードは魔力切れと言う訳ではない。

 五、自分が省エネモードになることを予想し、暇そうなルイを呼んだ。

 六、シルクが今日じゃなきゃダメな理由は知らない。


 ――――――――――――――――――


「っとまぁこんなもんか。省エネモードって言ってもシルクの場合、まだ上級魔法三つくらいぶっぱなせるだろうから安心しな。ほかのクイーンズより省エネモードになるのが早いだけだ。そんなに気にしなくてもいいだろうよ」


「なるほど⋯⋯キャラが豹変するのは、なにかしらワインの意図があるのか?」


「さぁね。母さんの考えることなんざ知ろうとするのが無駄さ」


 一通り説明を終えたルイは、シルクを椅子に座らせ、頭を撫でる。


「んじゃ、ルイはさっさと役目を果たして帰るとするよ」


 そう言って頭を撫でていた手から魔力を注いでいく。


 ルイの周りに輝いている金色の光が少し薄くなり、無邪気なシルクが徐々にいつものシルクに戻って――、


「よし、これで大丈夫だろ」


「あ、ルイ⋯⋯ありがとうなのよ。はぁ、省エネモードって本当に嫌ね。自分が変になるもの」


「あれ? シルクが素直にお礼言ってる。まだ魔力足りない?」


「ムカッときたわ。ルイが省エネモードになるまで魔力吸い取ってやろうかしら。」


「あ、いつものシルクだ」


 シルクがいつも通りになって、翔太も安心する。

 ルイは「んじゃ! また会う時に覚えとけよ」と言って、文字通り消えていった。


「また会う時覚えとけってなにかしら? ルイになにかしたの?」


「あ、いや。なにもしてないよ」


 視線を逸らしながらなにもないという翔太。

 絶対なにかあったのだろうと察するが、シルクは深く追求せず――、


「予定より遅くなってしまったけれど、今から練習始めましょ」


 と、いつもの口調で、手をパチンと鳴らして仕切り直した。


 ――――――――――――――――――


 ルイの魔力提供によって翔太の死亡フラグが回避され、安全に魔法の練習ができるようになった。


 翔太は本棚をすり抜け、分厚く重たそうな本を見つける。

 そしてその本を対象にして、浮遊魔法をかける。


 空中に浮いたまま浮遊魔法を使うのはシルクの案だ。

 浮いていたまま別の魔法をかけるのは初めてで――、


「な、中々集中できない。というか集中力がないと魔力を意識して集めることが困難だ」


 集中して魔力を溜め、一気に放つのが浮遊魔法。

 魔法を使うには集中力が必要不可欠であり、環境が変わることによって集中できない人にとっては、魔法を使うのは難しい。


「目を閉じて視界から入ってくる情報を遮断。魔力が溜まったら目を開けて詠唱するといいわ」


「アドバイスありがとよ、試してみる」


 早速シルクが言っていた通りに実践してみる。


 目を閉じて視界を真っ暗に。そして眉間に意識を集中。眉間や額に魔力を溜めるイメージで――、


(今だ)


 魔力が丁度いい塩梅に溜まったのを感じ、目を開け、一冊の本目掛けて魔力を放つ。


「浮遊魔法――開始!」


 詠唱した瞬間、本棚から本が動き出す。

 だが動いた本は狙った一冊だけではなく、隣の本も動いていて、


「くぅー! 一冊だけを狙ったつもりだったのに」


「まぁしょうがないわね。ちょうど二冊浮かすことができたんだし、二冊を本棚から出してそれぞれ違う動きをさせてみなさい。」


 どうせ複数の本を動かす練習もしなければいけないので、今回の失敗をもう一つの練習に活用する。


 翔太は「二冊を別々に操るってピアノを両手で弾くくらい難しいだろ」と突っ込みたくなったが、堪えて意識を集中させる。


 本棚から本を抜き出し、右に浮かべた本は本を開くように。左の本は空中で回転させることにした。


 魔力を再度溜める必要はないため、二つの本に送った魔力を遠隔操作するようなイメージで本を抜き出す。


 次は重なっている二冊の本を一冊づつ動かせるように離していく。

 これは前ならえの腕を、左右に広げるイメージだ。


 これもクリア。


 最後に別々の動きをさせる。最後の難関も手の動きでイメージを働かせ――、


(右の本は手をパーにするイメージで。左の本は手をグーのままくるくる準備体操をするときみたいなイメージで)


 そのイメージを一気に本に伝える。


 すると、右の本は開き、左の本は空中で回転することができた。


「お、おぉおお! ちゃんと思った通りにできたぞ!」


「よくできたじゃない。今度はその二冊を元の場所に戻してみなさい」


 ――元の場所に戻す。


 そう言われて本棚を見ると、左の本が倒れ、しまうスペースがなくなっていた。


 この場合は倒れている本をなおし、固定してしまわなければならない。

 手を使ったほうが早いが、ぐっと堪えて再度イメージを練る。


 まずは浮いている二冊の本を操っていく。


 右の本はパーがグーになるイメージ。

 左の本は動くのを止めるイメージを送る。


 すると右の本は閉じ、左の本は動きが止まった。


 本の向きを揃え、背表紙が翔太のほうを向くように重ねて空中に固定。


 あとは倒れている一冊の本を操り、しまうスペースをつくるのだが――、


「あの本に浮遊魔法をかけたい場合どうすればいいんだ?」


 新しくまた浮遊魔法をかければいいのか、それとも別の方法があるのか。


 シルクは学校の先生のように「いい質問ね」と、どこか嬉しそうにして翔太に教える。


「新しく魔力を使ったり唱えたりする必要はないわ。今操っている本に放った魔力を、新しく操りたい物へ分けるイメージで扱うの」


 また難しいことをしなければいけないらしい。

 頬に垂れてきた汗を服で拭い、魔法をかけている二冊の本から魔力を分け与える。


 翔太が苦戦する中、シルクは高みの見物をして本を読み漁る。


(魔力を割って、割った魔力を倒れてる本に。あとは本を元通りに戻して――)


 魔力を可視化していない状況ではイメージがとても重要になってくる。

 見えないものを脳内補填し、その結果――、


「う、動いた!」


「やるじゃない。最後は浮かんでる二冊をしまえば完了ね」


 ピッタリ重ねられた二冊を本棚にしまい、魔法を解除すれば――、


「浮遊魔法――解除」


 本は重力に身を任せ、本棚の板に落ちる。


 なんとか成功した翔太は、得意げに「やればできる子なんで」と言っている。

 そのドヤ顔が鼻につくが素直に「そうね、さすがだわ」と、褒めてあげるシルクだった。


「じゃあ最後にもう一回、一つの本に魔力を送って終わりましょ」


「よし、リベンジだ」


 最後の練習として本棚の中の一冊に狙いを定め、眉間や額に魔力を集める。

 そして目標の本に向かって、矢のように魔力を放つ。


 詠唱――。


「浮遊魔法――開始」


 狙った本を引き抜いてみるとその本のみが動き、本棚から出すことに成功した。リベンジ成功である。


「よっっし!」


 喜びのあまり、翔太は空中でくるくると回っている。

 それに釣られて本も回りだした。


 意思とイメージが混ざり合うと、物にも影響してしまうようだ。


「以心伝心しているようね。面白い光景かしら」


「ああっと、本とのイメージを遮断しないといけないな」


 反省して本の回転を止め、本棚に戻し、自分だけがくるくる回る。

 その姿もだいぶ面白い光景なのだが、翔太は気付いていないようだ。


「あっ、浮遊魔法――解除。よし、これで次の魔法が使えるだろ!」


 しばらく回り続け、思い出したかのように本にかけた浮遊魔法を解除する。


 するとシルクが、光る魔法書を持っていて。


「新しい魔法が追加されたわよ」


 と、そう言ってシルクは魔法書を開き、翔太に見せる。

 開いたページは光っていたページで、光が文字を書き出していた。


「文字が浮かんでくるこの光景は、何度見てもワクワクするわね」


「す、すげぇ⋯⋯」


 レーザーの光で文字を書くように文字が浮かぶ。

 そしてその光は次第に収まり――、


『初級魔法、二種追加されました』


 ワインの声で、脳内に言葉が響く。

 ページを見ると、本当に魔法が追加されていて。


「『記憶魔法』に『言語魔法』か。また練習しなきゃだな! よし、そろそろ帰るぞー」


 新しい魔法の詳細を見たい気持ちを抑えつつ、魔法書を閉じ、帰ろうとする。


 その背をシルクはあたふたしながら見つめていて、


「あ、待って。いや、待ってくれなくても⋯⋯いや、待ってほしいかしら!」


 翔太のシャツを掴んで待ったをかける。


「どうした?」


 翔太は内心、「今日じゃなきゃダメな理由は今から言うことかな」と、察していた。


 だが未だになにが目的だったのかわからず、引留める理由もわからなかった。


「そ、その⋯⋯」


 シルクは俯いて視線を逸らす。

 まるで告白されているかのような錯覚を受けるが、そんなはずはないと翔太は知っている。


「シルクとここで――」


「ここで⋯⋯?」


 知っていても、妙に心臓がバクバクしてしまう。


 翔太の脳内は、シルクに覗かれたらビンタされるようなことを考えていて、「なに考えてんだ」と自分に突っ込みを入れつつ、正気を保つ。


 そしてシルクが次に放つ言葉を待ち望み、唾を飲むと、シルクは思いもよらぬことを言って――、


「シルクとここで――猫を育ててくれないかしら!」


 猫を育ててほしい――。


 猫。猫、猫かぁ、と気が抜ける翔太だった。

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