シルク流ピクニック 後編

 フラグの意味を教え、話は戻る。


 翔太の髪が完璧な銀髪になるということは、地毛からなるというわけで、美容院に行って髪を切りに行く場合、美容師さんに勘づかれることはないのだろうか。瞳の色は地からこの色だが、シルクの瞳の色に近づく変化によって親や知人に怪しまれることはないだろうか。


 極端な話、結婚して子どもができた場合、翔太の子どもは地毛になる可能性もあるのか。


「結構重要なことなのに忘れてたシルクを許して欲しいかしら⋯⋯」


 整った綺麗な眉尻が下がり、つり目気味な目尻も下がる。強気なシルクが心から謝罪しているようで、翔太はあたふたしていた。


「大丈夫大丈夫! 俺も契約のデメリット忘れてたし」


「でもシルクは契約前に言わなきゃいけないことを忘れてたのよ?」


 第三者から見れば圧倒的にシルクの方が悪い。


 人に迷惑をかけていて、もうどうしようもないことだ。翔太はただ自業自得と言うだけで、迷惑はかけていない。


 翔太は大丈夫だと言うが、普通の人なら怒っていて当然だと思う。翔太が自分を犠牲にする性格だったため、こんなに平然としているのだろう。


「翔太はシルクを怒ってもいいのよ。それに色々溜め込んでも体に良くないわ」


「そ、そうかな。でも俺、人に直接怒ったこととか無いから⋯⋯」


「それじゃあ今まで自分に非がないことでも怒らずに過ごしていたの?」


「そうだな。それが原因でニートになったようなものだから」


 翔太は言うはずじゃなかったことを言ってしまい、黙ってしまう。


 シルクはもう知ってしまっていたことに対してどう反応したらいいのかわからず、翔太と同じく黙ってしまった。


 無言の時間ができて、気まずい空気が流れる。

 まだ出会って間もない二人きりの空間で、この状況が居心地がいいとは言えない。


 暫くしてシルクが口を開いた。


「その⋯⋯ホントにシルクが悪いのよ。ごめんなさい。でも、翔太のその性格は少し直した方がいいと思うわ」


「そうだな。シルクも、そのツンツンした性格、ちょっとは直した方がいいと思うぞ」


「うるさいわね、これは性格とかじゃなくて個性よ、個性」


 軽く冗談を言ってなんとか場の雰囲気は軽くなった。

 翔太は重たい雰囲気から解放され、背伸びをして、固まった体をほぐす。


 時間は二時ごろ。

 働いている人達はお昼ご飯を終え、会社に戻っているころだろう。


 外に出て一時間半ほど出かけていただけだが、翔太はそこそこ疲れていた。


「さて、ご飯も食べ終わったし帰ろうか」


「そうね。魔法も長く使うと勿体ないし」


 魔法でこの屋上まで来たのだから、降りるのもまた魔法を使う。


「バンジージャンプだと思って飛んでみなさい。着地する直前で速度を落として、怪我しないようにね」


 翔太はビルの縁に足先を出しながら、下を見下ろしていた。


 ビルの屋上から飛び降りるなんて普通なら自殺だろうが、魔法を使えば心配ない。だがきちんと浮遊感があるため怖いには怖い。


「バンジージャンプなんてしたことないぞ。あと怪我した場合、魔法で治癒して貰えたり⋯⋯?」


「軽い怪我なら治癒しないわ。魔法に頼らないためにもね」


「なるほど⋯⋯」


 高さは約二百メートル。およそ八秒で到達できる高さ。


 そこらのバンジージャンプよりよっぽど高い位置から飛ぶ。浮遊感より怖いのはこの高さだ。


 上空に投げ飛ばされたような体験をしたからマシかと思っていたが、飛ぶのが怖い。それを紛らすために喋っていたが、さっさと降りなさいといわんばかりのシルクの顔を見て、


 ――決心して飛んだ。


 上空にあがっていくときとは違い、地面がある。

 叩き付けられるのではないかという恐怖に、うまく魔法をコントロールできるのかという不安。


 ――飛んでしまったからにはうまくやらないと。


「うおおおお!!」


 地面からおよそ十メートルで失速し、一メートルで止まった。止まってからゆっくり残りの一メートルを降りて、無事着地。


 着地したとき、翔太の足は登山したあとのように震えていた。


「こっわ!! さっきみたいに足の震えが⋯⋯慣れねぇよ⋯⋯」


 独り言を呟く翔太の横にシルクが来る。シルクは地面から一メートルの距離で即座に風を送り、その風によって落下による衝撃を無効。送られた風は周囲に影響を与える。


「怪我はなかったようね。凄い躊躇しながら着地したようだけど⋯⋯初めてにしては上出来だと思うわ」


「上出来って言われても、隣でかっこいい着地見せられたら素直に喜べねぇよ! なんだあの着地。着地寸前で地面に風を送って自分の体を止めるみたいな」


「実際に地面に風を送って衝撃をなくしているわ。飛行魔法だけでも衝撃をなくせるけど、あのほうがかっこいいでしょ?」


「かっこいいけど、その分魔力を使うよね? 魔力は温存するんじゃないっけ?」


 シルクはむっと頬を膨らませ――、


「今日はいいのよ! まぁでも、正直かっこつけたかっただけかしら」


 と、かっこつけたいがために魔力を消費したと自白した。


 シルクの使った風を送る魔法は「突風魔法」という中級魔法だ。初級魔法より魔力を使う魔法を、ただかっこつけたかったがために使うのは、勿体ないといえば勿体ない。


 ほかのクイーンズならまずやらないだろう。


 だがシルクは魔力を貯蔵できる大きさが大きい上に、魔力がたまるのも早い。その結果できた技といったところか。


「これからは無駄に追加で魔法を使わないこと! オーケ?」


「オーケかしら」


 ただ用心深い翔太は無駄に魔力を使わせたくない。もしかすると敵がいるかもしれないし、急に襲われて魔力がなくて戦えませんなんて嫌だからだ。


 そう思って約束をした。指切りげんまんもしない口約束だが。


 荷物が入ったリュックを背負って歩く翔太と、全身黒でまとめたシルク。


 傍から見れば、微笑ましいカップルに見えるだろうか――。


 そんなことを一方的に翔太は考え、誰からも見られない状態で歩いていく。


「家帰って荷物置いて、それからシルク用の食器とか買いに行くか?」


 これから同棲するようなものなのだ。

 当たり前のように一人分しか食器がない状態では可哀想だろう。


「ベッドや服はあるのだけれど、食器はないわね⋯⋯日が暮れるまで時間もまだあるし、できれば買いに行きたいわ」


 契約者探しで一人の時は基本外食。

 ゆえに食器は要らず、屋上で寝るシルクにとって要る物は、ベッドなのだ。


 食器を買いに行くことになると、なぜかシルクがルンルンし始めた。


 理由は翔太が想像していたこととは違う理由で――、


「やっと食事以外にお金を使うときがきたわ!」


「う、うん。⋯⋯え? シルクってお金もってるの?」


 翔太は同棲カップルみたいでいいなと思っていたのだが、シルクにはそんな思考が一ミリもなかったようだ。


「お金は魔界から支給されているわ。食事は大体コンビニのおにぎりで、寝床はさっきお弁当を食べたお気に入りの屋上ね。お金の使い道がよくわからないから使ってなくて⋯⋯貯金ばっか増えていてどうしようかと思ってたのよ」


 魔界から「月に二十万円」、日本円で振り込まれている。


 だが実質月に使うお金は三万円程度で、残りは貯金。契約者がいた時期はよく使っていたらしいが、貯金額がすごいことになっていそうだ。


「代わり映えのなさそうな日々を過ごしてきたんだな⋯⋯俺もそう変わらないが」


「翔太よりは刺激的な日常を過ごしてきたつもりよ」


 確かにシルクの方が魔法が使えるという点では刺激的だろう。でも同じようなことを毎日繰り返すことに関しては、さほど差はない。


「そういえば翔太は普段どうやって生活しているの? ニートってことはお金はどうしてたの?」


 傷みを知らない髪が首を傾げることによって揺れ、落ち着くような、花のようないい匂いがした。


 翔太はその匂いにドキッとする。


 だがドキッとしたのはそれだけではなく、心の弱い部分を突くことを言われたからだ。


「いきなりグサッとくること言うね⋯⋯一応塾講師のアルバイトと、貯金でなんとかしてた」


「なるほどね」


 シルクはため息をついて、少ししたあと、またなにかを思い出したかのようにハッとして――、


「翔太。朗報を思い出したわ」


「え、それほんとに朗報なの? というかまた重要なこと忘れてたんじゃないだろうな?」


 疑いの目で銀色の短髪は言う。

 絹のような髪の少女はバツの悪そうな顔をして。


「重要なことだとは思うんだけど、翔太にとってはそこまで重要じゃないわ。⋯⋯多分」


「その最後の『多分』が怖すぎるんだが」


 翔太は疑いながらジト目でシルクを見る。


 シルクは「えっとその、あの」と言いながら慌てふためき、翔太は本当にせかますのヒロインのようで可愛いなと思う。


「その、翔太には仕事を辞めてもらわないといけないのよ⋯⋯」


 ――翔太、本日二度目の絶句。


「魔法の練習に専念するため、というかミッションのために、ね? ちゃんとお金は魔界から支給されるから心配しなくて大丈夫なのだけれど⋯⋯」


 また大事なことを言い忘れていたのかと頭を抱え、別のことにも驚いていた。


 ――魔界はどれだけこの日本と関わりがあるんだ?


 クイーンズが六人、一人につき月二十万円。契約者にも同じだけ払うとして、最大月に二百四十万円も払えるというのか。


 ミッションによって利益が出るのか、はたまた日本政府と繋がっているのか――。


「また忘れてたのは本当にごめんなさい。でも翔太にとって働かなくていいのは好都合なんじゃないかと思って⋯⋯」


「働かなくていいのはめちゃめちゃ嬉しいよ。けどシルク、今日二回目だ。まだ忘れてることとかない?」


 少し問い詰めるように翔太は言う。


 するとシルクは自信満々な顔で――、


「絶対とはいいきれないけれど、もう言い忘れてることはないわ!」


 家にちょうど着いたとき。


 保険をかけつつ、自信満々に言えないことを自信満々に言うのだった。

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