Day 21

クリスマスも近づく12月。

私は、茉莉ちゃんが買ってくれたお気に入りのコートに身を包んで、桜が丘病院へ向かった。

今日は彩恵ちゃんとの約束でもなく、ボランティアでもない。

私の進路相談だった。

「そうか・・・。日菜ちゃんは文系の大学を考えてるんだね」

暖房が程よく効いた談話室で、一華さんは私と向かい合って座り、さっきから私の話を真剣に聞いてくれている。

なんだろう、学校の先生よりも全然話しやすい。なんて言ったら、学校の先生に怒られそうだけど。

「一華さん、本当にありがとうございます。一華さんも忙しいのに・・・」

「大丈夫だよ。私こそ、相談に乗るのが遅くなってごめんね。そうだ、日菜ちゃんは文系の科目の中でなにが得意なの?国語?英語?」

「英語・・・かな?得意って言っていいのかわかりませんけど、好きです」

「じゃあ、外語大学なんてどうかな?」

私はその名前に思わず「ええっ!」と声を上げた。

確かに英語は好きだけど、外語大学を目指せるレベルじゃないと思う。そんな選択肢は今まで全くなかった。

驚く私を前に一華さんは「ごめん、不意に思いついただけなんだけど・・・」と慌てた様子で言う。

「好きなことを大学で勉強するのが、1番なんじゃないかと私は思って・・・。あ、もちろん私の勝手な考えで。日菜ちゃんの学校の先生とか、親御さんとかのご意見を聞いて。あと、日菜ちゃん自身の考えを1番に聞いてあげてね」

ふと、私は目の前の一華さんを見て思った。

一華さんって、当たり前だけ、難関の医大を受けて、合格して、そこで勉強して卒業して、次は研修医・・・。いばらの道と分かって進むのはかなりの覚悟と根性が必要なはずだ。

「あの、私の進路の話からそれちゃうんですけど」

「うん」

「一華さんは、どうしてお医者さんになったんですか?」

一華さんは一瞬だけきょとんとしたが、すぐにいつもみたいに私の目をまっすぐに見て答えてくれた。

「私、両親ともに医者でね。父が心臓内科で、母が小児科」

想像はしていたけれど、開いた口がふさがらなかった。両親揃ってお医者さん!

しかもお父さん、心臓内科!?

私にとってはもうドラマの世界・・・!

「どちらかというと裕福な家庭だったし、私は一人娘だったから、「じゃあ私も医者になるんだろうな」ってなんとなく思ってたの。でも高校生の時に病気に・・・、って話は、聞いてたんだっけ」

「あ、はいっ」

「高校生の時の病気がきっかけでね。病気にかかるっていうのが、どれほど辛くて大変なのかっていうことがちゃんとわかって。そこから本気で医者になりたいと思ったの。小児科か心臓内科か迷ったりもしたけど、やっぱり私は、幼い子供たちに自分と同じ思いはしてほしくなかったから」

私はその話を聞いて思わず拍手をしてしまう。

なんてすごいんだ。高校生にして自分のやりたい事と目標を確立させた一華さんが、今まで以上に眩しく見えて仕方がない。一華さんはひたすら謙遜してるけど。

「拍手をもらうほどのことじゃないよ」

「そんな!私なんて、まだ何がやりたいのかも決められてないのに・・・」

「でもそれって、まだいろいろな選択肢が日菜ちゃんの中にあるってことだよ。決められてないからこそ、いろんなものに挑戦できるよ。迷う時間も大切だと思うな」

ああ、なんだかじーんと来た・・・。

最近、周りも私も、先生たちも焦ってばかりだったからな。そっか。そう言う見方もあるのか。なんだか心が軽くなった。

そんな私の想いを汲み取ったかのように、一華さんは優しく言い聞かせてくれる。

「日菜ちゃんなら、大丈夫だよ」

「はい・・・!」

その時ドアがノックされて、病室にいたはずの彩恵ちゃんと和彦さんが顔をのぞかせた。点滴と手をつないだ彩恵ちゃんは振り向いた一華さんに嬉しそうに駆け寄ると

「飴どうぞ!」

ポケットから可愛らしい飴を2つ取り出して渡してくれた。進路相談なんて難しい話をしている時は糖分をとらないと、と和彦さんが隣で言ってウインクをする。一華さんは彩恵ちゃんの小さな手から飴玉を受け取ると

「彩恵、だいぶ顔色良くなったね」

綺麗な手を彩恵ちゃんの額に当てて、安心した表情で言った。彩恵ちゃんはそんな一華さんに元気いっぱいの笑顔を見せる。

「進路相談って、何の話?」

「高校卒業したら、どうしようかなっていう相談。将来の話」

「私、高校卒業したら、一華先生の通ってた大学行くの。それで・・・、あれになる。えっと・・・、研修医!研修医になるね。小児科の研修医になる」

指折りをしながら言う彩恵ちゃんの姿がたまらなく可愛くて、私も和彦さんも、思わず微笑んでしまう。

きっと目の前の一華さんも、同じ気持ちのはず。

「研修医は小児科だけじゃなくて色んな科を回れるんだよ。内科も外科も眼科も」

「えっ、そうなの?」

「彩恵が1番「ここだ」って思えるところにしな。私は、彩恵がやりたいことをやってくれれば、それだけで十分嬉しい」

「一華先生は、私がやりたいことやってれば嬉しい?」

「もちろん」

「・・・じゃあ、今日寝る前に一緒に本読んで」

一華さんはもじもじする彩恵ちゃんに、わざとからかうように聞く。

「彩恵は今何歳?」

「えっとね、2月で10歳。2分の1成人式」

「成人式までまだまだだね。いいよ。病室で待っててね」

その言葉を聞いた彩恵ちゃんは嬉しそうに、そのままぴょこぴょこと駆けて行って「勉強してきまーす」と笑顔で部屋を出て行った。和彦さんはそれを追いかけるように彩恵ちゃんの病室へと戻っていく。

また2人きりになったところで、私は一華さんに問うた。

「彩恵ちゃん、2月にお誕生日なんですね」

「うん。バレンタインデーが彩恵の誕生日」

プレゼントを用意しておこう、と心の中で呟いた。


「ありがとうございましたー」

病院から帰ると、花屋さんは多くのお客さんで賑わっていた。クリスマスシーズンとあって定番のポインセチアを買う人や、恋人や奥さん旦那さんに向けて花を買う人、中にはプロポーズのために花束を買っていく人など、色々な理由で花を求めている人がたくさんいる。

私は今日最後になるであろうお客さんにバラの花束を渡すと、笑顔で見送って2階のリビングにあるソファーに倒れ込む。

「疲れたー」

「だから言ったじゃんー、クリスマスとバレンタインデーは死ぬ思いするから、覚悟してねって」

するとその時、こんこんと花屋のドアがノックされた。茉莉ちゃんが慌ててらせん階段を駆け下りて出てみると、和彦さんが立っていた。

「和彦さん!」

「日菜ちゃん、さっきぶりだね」

寒そうに両手をこする和彦さんに、私はすぐにコーヒーを淹れる。コーヒーの湯気が何とも温かそうに見える季節になったことを実感した。和彦さんは「ありがたい」と言ってコーヒーを一口飲んでから、話を切り出した。

「2人に、彩恵ちゃんの誕生日会を手伝ってほしいんだ。急だと思うし、実はまだ何も決まっていないんだけど・・・、どうかな?」

「えっ!!やりたいです!」

「私も私も!!!やだもー、和彦さん!私と日菜が断るわけないじゃないですか」

和彦さんは私と茉莉ちゃんの反応を見ると、いつもの優しい笑顔で

「2人ならそう言ってくれると思ってたよ。ありがとう」

そう言った。

お店の片づけをいつもの倍の速さで終わらせた私と茉莉ちゃんは、すぐにチラシとボールペンを持って、和彦さんのもとに向かう。こういう時はアイディアマンの茉莉ちゃんが大活躍する。茉莉ちゃんは思いつく限りのアイディアを書きだしていく。

「夜ご飯が終わった時間にやろうって一華は言ってるんだ。彩恵ちゃんの個室、広いでしょ?だからそこにみんなで集まって、何かしようって」

「いいですね。使えるものは使いましょう」

「一華さん発案なんですね」

私が言うと、和彦さんは頷く。一華さんが、10歳という節目の誕生日でもあるし、お父さんとの一件もあって落ち込んでいた彩恵ちゃんを楽しませてあげたいと、和彦さんに助けを求めてきたらしい。

ちなみに一華さんは今、木原さんたちにも協力要請中だそうだ。

その後も当日の彩恵ちゃんの病室をどう飾り付けるか、何をするかを茉莉ちゃんと私がはしゃぎながら決めていたら、不意に和彦さんが「ぱんぱん」と手を叩いた。振り向いた先には、何やらやけに楽しそうな和彦さんの笑顔がある。

「実は、この誕生日会の裏の企画があります」

「「裏の企画??」」

私と茉莉ちゃんは気持ちのいいほどに声を揃えて、顔を見合わせた。

裏の企画???

謎が深まるばかりの私たちに、和彦さんはめったに見せない「策士」の笑みで教えてくれた。

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