第8話 夜桜に誘われて

春めいてきた。

ここしばらくは次の大きなイベントに向けての打ち合わせを兼ねた食事会等で帰りも遅くなり、タクシーでのdoor to doorの生活を送っていた。

久しぶりに駅から川沿いをゆっくりと歩いて帰る。

途中の公園は平日にも関わらず、花見客でごった返している。

夜になってお酒も入っているようで、なんだか夏祭りのような活気だ。

公園を過ぎると、心地よい静寂があった。

川沿いの桜も満開、夜風に花びらがまるで雪のようにヒラヒラと舞う。

空をあおぎながらゆっくり歩いていた。


「お嬢さん!」

ポンと肩を叩かれて、驚いた。


「うわ!」


倒れそうになって、グッと肩を支えられた。

「おい!そんなに大きなリアクションしなくても……」


「また出た! 藤田健斗。もう! びっくりするじゃない!」


「また出た! フルネーム。飲んでんのか?」


「は? まさか?」


「だよな? でもそんな歩き方してたら花見帰りの泥酔オンナと思われるぞ」


「そんなフラフラしてないわよ!」


「いやいや、隙だらけで悪いオトコに引っ掛けられるぞ」


「あなたみたいな?!」


「どこが?!こうしてカバーしてやってるだろ?」


「何がカバーよ! 私が桜吹雪を楽しんでるのを邪魔してるだけじゃない」


コンビニが近づいてくる。


「あ、『彼氏』発見!」


「もう!いつまでもいじらないでよ!」


「今日は特大シュークリームかな?」


「うるさいなぁ!」


健斗は愉快極まりないといった様子で笑っている。


「なにか飲もうぜ!おごってやるよ」


「なんでおごってくれるわけ?」

ジロリと睨む。


「拾得物のお礼に」

カードケースを彼に返したあの夜の光景が目に浮かんだ。

一瞬にしてかき消す。


「…それなら、安心しておごられようかしら」



「結局ビールかよ?!」


同じ缶を持ちながらも、健斗が口を尖らせる。


「だって最近イベント続きでお花見も行けなかったのよ。夜桜楽しむならやっぱりビールでしょ?」

「まあ、そうかもな。しかし、いいオトナが川沿いで立ち飲みかよ」


「風が気持ちいい~!」

手すりを手でつかんで後ろに反り返る。


「前にもそんなこと言ってたな」


「ずいぶん時間がたった気がするわ、なんせ忙しかったからね」


健斗は手すりを背にして、ビールをグイッとあおった。

「なあ、あんな感じで毎回イベント仕切ってるのか?」


「ううん、色々。ホントに一つ一つの仕事はバラバラよ。準備をたくさんしても一瞬で散ってしまう。ホント桜みたい。でもきれいに咲かせるために時間も思いもたっぷりかけてその一瞬にかけるの」


「そうか、仕事、好きなんだな」


「まあね。あなたは? 仕事が好き?」


「まあ……いつのまにか仕事になってたって感じだから、好きもなにも、って感じかな」


少し言いにくそうにかれんが言った。

「私、正直言って今でも信じられないんだけど……」


「俺が大学の准教授だってこと?」


「ええ、あまりにもイメージが……」


「確かに、信じがたいかもな。若くてイケメンだし?」


「またチャラいこと言って!」


「俺が言ったんじゃなくて、由夏さんがそう言うの!」


「確かに言いそう。 私にもそう言ってたわ」


「だろ?」


「どうして その仕事を選んだの?」


「そうだな…宿命ってやつかな」


「 宿命か……」


「そこ、「ロマンチストだ」って茶化さないのか?」


「うん。宿命っていうのも、あるのかもなって」


「そっか。そんなふうにスッと受け入れてくれた人、あんまりいねえわ」

サクラを見上げながら、また一口あおる。


「色々な業種の人に会うからかな、みんな多かれ少なかれ、何かを背負って生きてるなって、そう思うようになったの」


「お前自身は? 今の仕事に宿命を感じてるのか?」


「ホントのところ、まだわからない。好きかどうかと聞かれたら好きだと即答出来るけどね。その二つが直結してないといけないものなのかどうか…それが判らなくて、昔はね、会う人に片っ端から「どうしてその職業に?」って聞いてた。でも当時はあんまり解ってなかったと思う。今なら少しは解ってきたかも」


「落としどころ……みたいな感じかな?」


「そうそう、解る! 何を選んだとしても、みんなそれが「自分」なのよ。もちろんまだ進行形の人が沢山いるなかで、何かを宿命とは思えない人が殆どだろうけど、少なくとも私が出会った人達は、それぞれ仕事に愛があったわ」


「確かに、愛着はあるな」


かれんが健斗の方に向き直った。

上から下までじっくりながめる。


「急になんなんだよ?!」


「でも…やっぱり、信じられない! 生徒がいるんだよね。あなたを先生と呼んで、あなたに教えを乞う生徒がいるってことでしょ?」


「そりゃいるよ、何百人もだ。お前……またそこの話かよ?!」


「信じられない!」


「わかったわかった。そんな間抜けな顔して俺を見るな!」


「間抜けですって?!」


「ああ、間抜けだ。お前のそのカバンに付いてる猿だか熊だかのぬいぐるみそっくりだぜ」


「このキーホルダーは犬! 可愛いじゃないの!」


「なんで犬?」


「戌年なの!」


「あ……これ……」


「なによ? ああ……このキーチェーンね」


「本当に毎日付けてるのか?」


「うん。ホントに理由説明ができないんだけどね、ただ毎日ちょっとした時に眺めたくて」


「三連の星か? どういう意味があるんだ?」


「前に調べてみたらね、こういうアクセサリーが他にもあって、それらはポラリスっていうんだって」


「北極星か。三連なのに?」


「うん、森で迷ったら北極星を探して方向を知るって言うじゃない?  あれにかけてるんだと思うんだけど、海外では「何かに悩んだりしても、僕という北極星が導いてあげるよ」みたいな意味で、男性が女性に贈るプレゼントとして流行ってるらしいわ」


「じゃあやっぱオトコからのプレゼントなんじゃねえか?」


「でもずいぶん前から持ってるのよ。子供の頃だし」


「まあ、確かに高価なもんじゃないしな。まさか小学生のくせにめちゃめちゃキザな奴がいたりして?!」


「そんなクサい小学生なんてやだわ!」


「でも、かわいそうに。お前に覚えられてないのな!」


「まあ何の記憶もないわ……だけど大事にしてるんだからいいじゃない! 信心深いって笑われそうだけど、願掛けすることもあるし、毎日ちゃんと付け替えることでカバンを変えても忘れ物もしないしね! 願い事も概ねうまくいってるんだよね。なんか守られてるような気がして」


その時、フワーッと風が吹いた。

たくさんの桜吹雪が舞う。


「うわぁ……綺麗!」

両手を開いて、全身に花びらをまとう。


「ずっと咲いてたらいいのにね。散らないでほしい」


華やかに笑う彼女の横顔を見ていた。

その笑顔に吸い込まれそうになって、慌てて取り繕う。


「……そうだな。だけど、無限じゃないところが……魅力なんだろうな。期間限定。儚さ。切なさ。どれも女子の好きなワードだろ?」


「確かに……あ、そうだ! 次のイベントのテーマをそれにしよう! そうだな……2度とない夏の1ページ。違うな、もう戻らない……これじゃ失恋か? ん……忘れられない夏…….波の音が聞こえる…….」


「おいおい、どうしたどうした?急に仕事モード突入か?!」


「キャッチコピーが浮かびそうで……」


「それもプロデューサーの仕事か? よくもまあ、サクラを見ながら夏のことが考えられるな?!」


「あなたが出たイベントはオータムコレクションだったでしょ?」


「そっか、そうだな。俺、言われるがままに出ただけだから、なんもわかってなかったな」


「由夏から連絡行ってない?」


「あ、次のイベントの出演依頼か……あったあった」


「やっぱり。レイラちゃんとでしょ?」


「多分」


「なんかまだ半信半疑だからやりづらいけど……ファビュラスの人間としては、ちゃんとお願いしなきゃいけないわね。藤田健斗さん、どうぞよろしくお願いします」


「なんだその棒読み?! 心こもってないなぁ!」


「だってまだなんか騙されてるような気が……」


「なんだと?!」


詰め寄る健斗に、手をふりながら笑顔で応戦する。


「いえいえ、冗談冗談。ただ、私はさ、ここで会うあなたしか知らないから実感がないだけよ。今度のイベントはワーコレくらい規模が大きくて、しかも初めての分野なの。正直言うと、少しナーバスになってるかも……」


腕組みした健斗が、かれんをまじまじと見た。


「お前って、真面目だな」


「あら? あなたは不真面目なふりを?」


かれんが健斗の目を覗き込む。


「な、なんだそれ。やめろよ、その顔! なんだか今日は劣勢だな……そろそろ帰るか」


「あ、図星だから逃げるんだ!」


「面倒くせぇ、ビール一本で酔ってやがる」


「全然! 藤田健斗いじるの楽しいかも!」


首をふりながら前を歩き出す。

「さあ、行くぞ!」


「だから!あなたの家はあっちでしょ?!」


「いいから!」


コンビニの前まで来た。

信号が点滅しだす。


「行くぞ!」

かれんの手首をつかんだ。


「もう! また?! だから、なんで走るのよ?!」


「風が気持ちいいだろ?」


「走らなくたって風は吹いてるんだから……」


言葉を遮るように健斗が近づく。

かれんの髪に付いた花びらをそっと取った。


「ほら」

かれんの手のひらにのせる。


「あ、待った。ついでにこれも」

川沿いの手すりの上に落ちているサクラの花も取ってきてその手のひらに置いた。


「じゃあな」

いつものようにそう言って、いつものように右手をふらふらと振って帰っていった。


エレベーターの中で、手のひらのサクラをじっと眺めた。

髪についた花びらを取るときの彼の目線を思い出す。

かれんの目から視線が上がって、少し訝し気に顔を上げて、すうっと長い指が延びてきて髪に触れる。

すぐさま視線が合って、手のひらに……


なんだかドキドキしてしまった。

そういえば、前回、カードケースを渡したときには力一杯抱き締められて……

あ、だから私、意識しちゃったのかな?

同じ場所だったし?!


藤田健斗はさっきの様子じゃ、抱き締めた事は覚えていなさそうだし。

なによ、私だけ?!

まるでパブロフの犬だわ。


第8話 夜桜に誘われて ー終ー


→第9話 RUDE bar

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