第21話 潮の香り

 今、僕は函館にいる。


僕は兄にあったら聞きたいことが沢山あった。


今回の件について糾弾したいわけではない。


佐藤医者によれば、兄はすでに18歳の時には便利屋をしていたと言っていた。


その頃、僕はまだ14歳で兄は実家を出て専門学校に通っていたはずだ。


その頃から、いや、それ以前から兄の心には闇のようなものがあったのではないか。


それを僕は知らずにいたのだ。


僕の中で兄は憧れであると同時にコンプレックスだった。


兄は僕の面倒もよくみてくれたし、家の手伝いも進んでするような、親から見ても素晴らしい子供だったと思う。


学校でも問題1つ起こすことなく、大勢の友人に囲まれているように見えた。


なんの問題もないように僕の目には映っていたし、とても羨ましかった。


でも、兄の気持ちは兄にしかわからないのだ。


僕は本当の兄ちゃんの姿を何一つ知らないのかもしれない。


だから確めたいのだ。


兄弟の絆を、、、。


でも、兄ちゃんは僕のことなんて好きじゃないのかもしれない。



 僕は駅前の予約したホテルに荷物を預けると、メモに書かれた住所へ向かうことにした。


手っ取り早くタクシーを使いたかったがやめた。


警察に足どりがバレてしまう恐れがあるからだ。


地図を見ながら道を歩く。


函館の街はとにかく路地が複雑に入り組んでおり、まるで巨大な迷路のように感じた。


市電の駅を目印に、地図とにらめっこしながら進む。


目的のバス停がなかなか見えてこない。


方角を間違えていたらどうしよう、、、。


そんな不安がよぎる。


僕は一旦落ち着くため、どこかで休みたかった。


しかし飲食店に入る気にはなれなかった。


どうしても、警察の目が気になってしまうのだ。


僕はため息をついて立ち止まった。


遥か彼方に海が見えた。


晴れた今日みたいな日は、さぞかし心地良いだろうと想像した。


僕の足はひとりでに海に向かって動き出した。


僕は本能に従うように抗わなかった。


やがて潮の香りが漂ってきた。


もはや辺りに大きな建物はなく、昔からの民家や古い空き店舗が立ち並んでいた。


民家と民家の間に細い路地があり、そこから浜辺へと続いている。


僕はその細い路地を進む。


古い資材置き場に犬小屋があり、そこから屈強そうな犬がじっとこちらを見ていた。


空にはカモメが飛び交っている。


どこかセンチメンタルな気分をもたらす景色だ。


砂浜に出て僕は驚いた。


そして、僕は泣いていた。



彩がいたのだ。


海色の髪の毛をなびかせ、まるで景色の一部のように佇む彩を見て僕は泣いた。



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