第3話 コツ

 僕は夢の中でも色を塗っていた。


小さな女の子が風船を持っているという簡単な構図だ。


しかし上手く塗ることができない。


均一に滑らかに塗ることができないのである。

特に面積の広い部分は色むらが目立ち汚く見えてしまう。


女の子のワンピースは襟元以外は赤で塗ったのだが選色ミスだったようだ。

色むらが酷すぎて血生臭いイメージになってしまった。


更に細部は色を枠内に綺麗に納めるのが難しい。

女の子のワンピースの丸い襟は面積が小さくピンク色が所々はみ出している。


夢の中でも僕はため息をついていた。


その時、誰かに肩を叩かれ僕は目を覚ました。

昨日の小人の女の子がベッド脇に立っていた。

まだ夢の中かと思ったが、どうやら現実らしい。


「おはよう。いや、こんにちはだな。お前は何時間寝れば気が済むんだ。」


寝ている僕の位置から見ると、身長30㎝の彼女は顔の半分しか見えなかった。


僕は体を起こして説明した。


「夜眠れないって昨日話したじゃないか。夜眠れないと明け方眠くなるんだよ。だから大体、午前4時から昼過ぎまで寝ているんだ。」


彼女は不思議そうな顔をしただけで何も言わなかった。


僕はトイレに行くため部屋を出た。

階段を下がり一階の廊下を渡る


僕の足音だけが響く。


この2階建ての大きな家で僕は独りぼっちで暮らしている。


トイレで用を済ませ2階の自分の部屋へ戻ると

彼女は僕のベッドに寝そべりながら僕が塗った塗り絵を見ていた。


彼女は白い素足をパタパタと泳ぐように浮かせている。まるで妖精だと思った。


「ちゃんと出来て偉いぞ。」


彼女が初めて僕を誉めた。出来映えはさておき“挑戦”したことを評価されるのは嬉しかった。  


「ありがとう。」


自然と言葉が出た。


「よし、今日も忘れず塗るんだぞ。」

彼女はそれ以上なにも言わなかった。


「ねえ。ちょっと聞きたいんだけどいいかな。」


僕は昨日からの疑問を解消すべく、彼女に幾つかの質問をしてみることにした。


「僕は上田シゲル、キミの名前はなんていうの?」


すると意外な答えが返ってきた。


「私に名前などない。」


僕は少し考えて提案した。


「僕にキミの名前を考えさせてもらえないかな。」


彼女は迷っていたようだが僕の提案を受け入れてくれた。


「覚えやすい名前にしろよ。」


僕は昨日から考えて決めていた名前を口にした。


「彩!」


「アヤ?」


「うん、彩りのアヤ!どう?キミにぴったりだと思わない?」


「確かに悪くないな。よし、それでいい。」


彩は明らかに嬉しそうに言った。


「それとね、僕は18歳なんだけど彩はいくつなの?」


正直怒られるのを覚悟で聞いたが彩は怒らず、これまた意外な言葉を返してきた。


「いくつに見える?」


僕は吹き出した。


「それ、合コンで年上のお姉さんが言うセリフだよ。」


すると彩は真面目な顔で言った。


「私には名前がなかったように年齢もない。だから、お前が思う年齢が私の年齢だ。」


僕は少し考えてから、こう答えた。


「何歳でもいっか!」


そして今、自分がとても楽しい気持ちでいることに気づいた。こんなに楽しいのは久しぶりだった。


「ねえ、彩。色を塗る時のコツとかないの?広い面積を塗ると、どうしてもむらが目立つんだ。」


彩は再び僕の塗り絵に目を落とした。

少しの間、黙って見ていたが、やがて彼女は立ち上がり机の上に置かれた12色の色鉛筆の中をから2本を取り出した。


彩が持っているのは“赤”と“黄色”だった。


「白い紙はあるか?」


「あると思う。」


僕はしばらく開けていない机の引き出しから真っ白なコピー用紙を取り出した。


彩は2枚のコピー用紙を机の上に並べると、回転椅子が動かないように押さえているよう僕に指示した。


彩は椅子の上にぴょこんと飛び乗り机に向かった。まずは赤色を少し雑に塗った。

その後、同じくらい雑にもう1枚のコピー用紙を黄色で塗った。


「この2枚を見るんだ。どちらがきれいに見えるか答えよ。」


一目瞭然だった。


「黄色」


「そうだ。

紙の色に対して主張の強い色はむらが目立ちやすいが黄色のように白に近い色というのは、むらが目立ちにくいんだ。

パステルカラーと呼ばれている色があるだろう。あれも白が混ぜられた色だから、むらは目立ちにくいことになる。

紙が白ければという話だが。」


分かりやすい説明だった。


「じゃあ、紙が黒の場合、黄色は色むらが目立ちやすくなるんだね。」


「その通りだ!なかなか冴えているではないか!」


僕は本当に嬉しかったし、この時間をとても楽しんでいた。


「おっと、まずい!もうこんなに時間が経過していたとは!急がねば!」


彩は昨日と同じように窓を開け雀になって飛んでいってしまった。


僕は笑顔でその様子を見ていた。

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