Agitato——Quarto Capitolo

 康嗣は目立ちたがり屋だ。

 学生時代は自分を中心に世界が回っていると思っていた。

 クラスのムードメイカーで人気者、成績も悪くなく、運動全般が得意だった。

 部活には何も所属していなかったが、メンバーの急な病欠の際などは助っ人として公式戦に出た事もある。

 しかも、ちゃんと活躍する。

 女子からの人気も高かったと自負している。

 しかし、それが変わりだしたのは2年時の文化部発表会だ。

 バンドを組んで数ヶ月で出た文化部発表でのステージは、バンド全体の練度は低く、全員ほぼ横並びだった。

 演奏も上手いとは言えず、ヴォーカルも輝と康嗣のツインだった。

 この頃は康嗣がリードギターを務めていた。

 当然、一番目立っていたのは康嗣であり、康嗣の人気で1年時のステージは成功したようなものだった。

 しかし2年の夏辺りになると、康嗣以外のメンバーが著しく成長した。

 他の部活の助っ人などをしていた康嗣は、他の3人より明らかに練習量が少なかったのだ。

 文化部発表会が近付く秋になる頃には、素人目にも分かる程の差になっていた。

 佑太のドラムはパワー、スピード共に格段に上がり、心地よいグルーヴが生まれ、雅樹のギターは攻撃的な鋭さと、甘い色気を出し始めた。

 輝に至っては、路上で人だかりができる程の歌唱力を手に入れていた。

 気が付いた時には、康嗣はサイドギターでコーラスに落とされていた。

 さらにその頃にバンドはライブハウスデビューをしたのだが、他バンドとすぐに仲良くなるメンバーを尻目に、康嗣は孤立した。

 楽器や機材、アーティストの話に全く付いて行けなかった。

 3年になる頃、康嗣は『出来ない奴』というレッテルを貼られた。

 バンドを苦痛に感じる自分がそこにいた。


「クソ……」


 雅樹が最近作ったオリジナル曲のリードギターを試しに弾いてみた。

 運指がバタつき、縺れそうになる。

 それに比べ、サイドギターはパワーコードのみで、初心者でもある程度弾けてしまうレベルだ。

 楽譜スコアから馬鹿にされている気分だった。

 咄嗟にギターを投げたくなる気持ちを抑え、教則本を引っ張り出して基礎練習を始める。

 ずっと自主練は続けていた。

 しかし、自分で上手くなっている気がしなかった。

 常に先を行くメンバー達が、どんどん遠くなっていく気がする。

 投げ出したくなる。

 しかし、それを堪えてずっと自主練を続けた。

 エフェクターの事も、アンプの事もまだ分からないことだらけだ。

 しかし、それよりもまずは上手くならなくては。

 そうすればきっと、アイツらを振り向かせる事が出来る筈。

 その思いだけで康嗣はバンドを続けていた。

 たどたどしくも、スケール練習をしていた時だ。

 ベッドに放置したスマホが康嗣を呼ぶ。

 溜息を吐きベッドへ向かうと、昨日とは違う女からの通話だった。

 ひび割れた画面をやや乱暴にフリックして通話に出る。


「何?」

「コージ?今、暇でしょ?」

「暇じゃねーよ」

「うっそだー!近くで飲んでんだけど来ない?」

「行かねー」


 そう言って通話を切る。

 すると、自宅のインターフォンが鳴った。

 玄関の覗き穴に通話してきた女が映る。

 康嗣は苦々しく舌打ちをした。


「コージー!いるんでしょー!」


 ドアをガンガンと叩く。

 この上なく近所迷惑だ。


「うるせー!なんだよ!」


 流石にドアを開ける。

 満面の笑みのその女は、既に酒臭かった。


「やっぱりいたー!どうせ断られると思って、宅飲みに来ましたー!」


 そう言いながら、ズカズカと上がり込む。


「お前な!なんで俺んチに来んだよ!帰って寝ろ!」

「え~、折角美少女ナギちゃんが自主的にテイクアウトされたのに文句があるんですか~?」


 ヘラヘラと笑いながらテーブルの上に買い物袋を置く。

 缶ビールや缶チューハイで満杯だ。


「自分のバンドのメンバーと飲めばいいだろ!」

「さっきまでみんなで飲んでたのー」

「だったら何でウチに来んだよ……」

「コージが死んでないか見に来たのー」

「はぁ……」


 彼女はナギサ

 スリーピースガールズバンドのリーダーをしていて、康嗣たちのバンドとも何度か対バンをしている。

 誰とでも仲良くなれるタイプの人間な上、飾らない性格、ギターのテクニックも歌唱力も高いので他バンドからも人気だ。

 その癖、何故か康嗣によく絡んでくる。


「なんなんだよ、お前……」

「えー?飲もうよー」

「お前まだ未成年じゃなかったっけ?」

「この間成人式行きましたー。もうハタチですー」

「飲み過ぎだ馬鹿」

「うるへー!あたしの酒が飲めねーのか!」


 そう言って自分がさっきまで飲んでいた缶チューハイを無理矢理康嗣に飲ませる。


「ぷはっ!やめろ馬鹿!」

「いや~ん!」


 渚は缶チューハイをもう一本袋から取り出し、笑いながら小走りで奥の部屋に突撃する。


「あ、待て!」


 部屋にはアンプに繋いだままのギターをそのままだった。 


「なに、練習してたの?」


 その部屋を見て渚がニヤニヤしながら言った。


「うるせぇ、馬鹿にするんだったら帰れよ……」


 康嗣はバツが悪そうに呟く。

 昔から自分が努力している姿を見られるのが嫌いだった。

 他の部活の助っ人を頼まれる時も、人がいない所でずっと練習していた。

 この事は誰も知らない。

 スポーツ万能という他人から自分へのイメージを壊したくなかった。

 それが康嗣のプライドだった。


「しないよ」


 急に真面目なトーンになる渚。

 顔は赤いままだが、目は真剣だった。


「なっ、何だよ……」

「コージが努力してるのは知ってた」

「え?」

「ホント、コージって不器用だよね」


 そう言って渚が笑う。


「うるせぇよ!」


 反発する康嗣に抱き付く渚。


「あたしは不器用なコージが好きなの」


 渚が唇を重ねて来る。

 酒臭いと思いながら、康嗣は目を閉じた。

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