Con Fuoco——Ottavo Capitolo

「お疲れさまでした!乾杯!」


 その場にいた全員が一斉に生中を呷った。

 加藤の喉にも生ビールが流れ込む。

 今日のライヴに出演したバンドとその関係者が、ライヴハウス近くの居酒屋で打ち上げを始めた。

 加藤以外にも、菊永や小野など、村石がゲストリストに載せたメンバーも全員いる。


「最高だったよ、加藤君。やっと本気になったね」


 隣に座った菊永が、料理を取り分け加藤の前に置いた。


「久々に疲れました」

「けど、気持ちよかったでしょ?」

「……、最高でした」

「うふふ、可愛い」


 居酒屋の引き戸がいきなり開いた。


「あ、すいません、今日は貸し切りでぇ、ってサクさんじゃないですか!」


 そこにはPAエンジニアのサクが立っていた。


「あれ、もう始まってた?」

「珍しいですね、サクさんが来るなんて」

「ちょっと抜けてきたんだ、すぐ帰るよ。それより、カートいる?」

「かーと?」

「Rickeyのピンチヒッター。今日の主役だろうが」

「あぁ!カートさぁん!お客さんだよー」


 トップバッターだったバンドのリーダーが加藤を呼んだ。


「え?俺?」

「お、君だ君。いいライヴだったよ。久々にいいものを見せてもらった、ありがとう」

「いえ、こちらこそ、ありがとうございました。ところで……、貴方は?」

「あぁ、ゴメンゴメン。俺はあのライヴハウスでPAエンジニアやってるサクってモンだ。今後ともよろしく」

「どうも……。って、俺は今日限りですよ?ピンチヒッターですし」


 そのセリフに周りの全員が反論し始めた。


「えぇ!正式加入でしょ!」

「カートさんのライヴまた見たい!」

「もっと色々歌って!」


 今日知り合ったばかりの他バンドのメンバーから懇願されても微妙な気分だ。


「そう言われても、メンバーが決める事だし……」

「私は最初から入ってもらうつもりでしたから!」


 村石が加藤の隣に座ってきた。


「加藤さんはウチのヴォーカルになるんです!」

「いや、村石さんがよくても、ルーさんとタケさんが……」

「僕は賛成だよ」


 ルーが加藤の向かいに座る。


「タケはぁ?」

「あ?まぁ……、いいんじゃね?」


 タケが村石の隣に座った。


「お?」

「お!?」


 村石とルーが驚きの声を上げる。


「それは、カートの加入を許可したって事?」


 ルーが確認を取る。


「あれだけ歌えりゃいいだろ。だいたい、レイが連れて来た時点で確信してた」

「調子良すぎじゃない!?」

「あんなに『俺は反対だ』って言ってたのに!」

「俺は反対なんてしてねぇーよ!」

「してたじゃん!素人だ何だって言ってたじゃん!」

「それは反対ではなく、忠告であってだな!」

「まぁまぁ、ライヴが盛り上がったからいいじゃん」


 村石とルー、タケの言い合いを仲裁する人物が現れた。


「ジム!大丈夫なの!?」

「うん、幸い折れてはなかったからね。しばらくは休みを貰うよ」


 ジムがルーの隣に座る。


「ごめんねジム、勝手にカートをピンチヒッターにライヴやって」

「いいんだよルー。それに、途中からしか見れなかったけど、最高のライヴだったよ。僕もカートの加入には大賛成だ」

「いや、俺はまだ入るとは……」

「あぁん、レイが誘ってんのに入らねーってか?」

「タケ、やめろ。俺からもお願いしたい。出来れば定期的にウチでライヴやってくれよ」


 サクがジムとは反対側のルーの隣に座った。


「超辛口のサクさんがそんな事言うなんて有り得ないぞ!」


 ジムが前傾姿勢になりながら言った。


「けど、天狗になるなよカート。お前は確かに光るもんを持ってるが、まだまだ磨く必要がある」

「は、はい……」

「だいたい、何なんだあのクソな出だしは」

「はぁ、すいません……」


 サクの説教が始まった。

 まだ加入すると決まったわけではない筈だ。

 それなのにライヴの反省会が始まった。

 助けを求めて、菊永を方を見る。

 ニヤニヤと笑っていた。

 この状況を楽しんでいる。


「だからなって、おい!聞いてるのか、カート!」

「はい、聞いてます!」

「まぁまぁ、それくらいにして飲みましょうよ、サクさん」

「いや、俺はまだ作業が……、ってそういや、あんたはカートの彼女か?」


 サクはいきなり菊永に話し掛けた。


「え?いや、彼女は仕事の同僚で」

「カートに聞いてねぇよ。あんた、名前は?」

「菊永諒子です」

「ふーん」


 サクが加藤に耳打ちしてきた。


「お前、この女は辞めとけ」

「はぁ?」

「このタイプはダメだ。既に関係持ってるならさっさと手を引け。レイの方がいいぞ」


 それだけ言ってサクは立ち上がった。


「じゃ、俺は戻るわ」


 背中越しにヒラヒラと手を振りながら去っていった。


「何言われたの?」

「いや……」


 流石に言えなかった。


「で、結局お二人は付き合ってるんですか?」


 村石が蒸し返し始める。


「いやいや、なんでそんな話になるの?」

「怜子ちゃん、気になっちゃう?加藤君の事、狙ってるのかな?」


 菊永がニヤニヤしながら言う。


「別に、狙ってるわけではないです」

「ホントに?」

「ホントです!」

「ふぅ~ん」


 菊永が加藤の腕を抱き寄せる。


「何してんですか、諒子さん」

「え?別に?」

「で、でも!付き合ってないなら、なんでそういう事してるんですか!」


 村石が顔を赤らめながら言った。


「え?何でだろうねぇ?」

「やっぱり付き合ってるんですか?」


 村石が不服そうだ。


「だから付き合ってないって!」

「とは言っても、山内那珂川ペアの例もあるしねぇ」


 菊永がカマを掛ける。


「隠れて付き合ってる系って事ですか?」

「そうそう」

「そうだとしたら、今は全然隠せてませんよね?」

「え~、酔っちゃったから?」

「なんで疑問形?」

「菊永さん、まだお酒飲んでないじゃないですか!」


 そう言って、村石が自分のジャッキを呷る。


「なんで自分で飲んでるんですか」

「カートは黙っててください!」

「ルーさん、これ結構ヤバくないですか?」


 隣を見ると、他バンドとガンガン酒を飲んでいるルーとタケがいた。

 これは頼りにならない。


「ん?カートどうしたの?」


 ルーの呂律が怪しくなり始めている。


「いや、何でもないです……」

「それよりちゃんと飲んでるぅ?ほらほら!」


 無理やり生中を飲まされる加藤。


「ちょっと、無理に飲ませちゃダメでしょ!」


 菊永が間に入ろうとする。


「えー、いいじゃん!今日の主役はカートなんだからー」

「そうそう、カートも喜んでるよ!」


 加藤は全力で咽ていた。

 これはヤバい空間に来てしまった。

 後悔し始めたがもう遅い。


「加藤君咽てるじゃん!無理やりはダメだって!」

「もう何なんですか菊永さんは!」


 突然、村石がキレた。


「彼女じゃないのに彼女面するのは辞めてください!」


 加藤と菊永の間に割り込み、村石が加藤に抱き付く。


「ちょっと何よ!別に狙ってないなら私が彼女面しようと、怜子ちゃんには関係ないでしょ!」

「嫌です!」


 菊永と村石が面と向かって言い合いを始めた。

 そのお陰で加藤は女性陣から解放された。


「はぁ……」


 とんだ災難だ。

 明日が休みである事が幾分救いに思える。


「カートぉ~」


 一難去ってまた一難。

 ルーの絡み酒が炸裂してきた。


「ルーさん、飲みすぎ!」

「今日の3曲目の入り!」

「え?」

「あのアドリブのシャウトは痺れたよぉ!カートのセンスは抜群だ!」


 ルーが加藤の肩を抱く。


「褒めてもらえるとは……」

「いや、カートはスゲーよ。ホントに最高だった」


 タケが真面目な顔で言っている。

 真面目な顔だが、完全に目が座っている。

 かなり酔っているのだろう。


「最初見た時はヤな奴だと勝手に思ってたが、いいシンガーだ」

「いやいや、そんな事ないです」


 こんなに褒めてもらえるとは思っていなかった。

 何処かくすぐったい。


「あんたになら、レイを任せられる!」


 タケが妙な事を言い始めた。


「は?」

「レイを幸せにしてやってください!!」

「いや、ちょっと待って、どういう流れなの?」

「カートぉ!僕の話聞いてる?」

「待ってルーさん、顔近い」

「あ、カートに言い忘れてた」

「え?何?」

「カートぉ!ねぇ!僕の方見てよぉ!」

「ルーさん、顔近いって」

「ルーはバイセクシャルです」

「……、はぁ?」

「惚れてまうやろぉ~!」


 タケの言葉に加藤の思考が停止した。

 その隙をついて、ルーが加藤を押し倒し、唇を奪った。


「ルーがタイプだって言ってたので、襲われないように気を付けてください」


 濃厚なキスが繰り広げられるなか、タケはワンテンポ遅い忠告をした。


「ちょっとルー!!何やってんの!!」


 言い合いをしていた村石が気付いて大声を上げる。


「きゃあああぁぁぁぁ!!加藤君!!」


 菊永も奇声を上げる。

 加藤のライヴハウスデビューの夜はやかましいくらいに賑やかなものになった。

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