しかし静が声をかける前に、翼の顔からどんどん表情が消えていった。翼は泣きそうになっていた。泣き出すことを懸命に我慢している。静と翼は暫くそのまま見つめ合った。気持ちのいい風が吹いている。翼の髪が風に揺れて、静の深い黒色の瞳に翼の姿が映りこんだ。

「膝枕してあげよっか?」

 ずっと黙っていた翼が静に聞いた。

「しなくていいよ。もうそろそろ家に帰ろうと思ってたとこだから」 

「つれないな静は、そういうの可愛くないよ」

 翼は口を尖らせる。 

「僕はいつも通りだよ。どうしたの? なんかあったの?」

「そんなこと無いよ。わかってるくせにさ、とぼけちゃってさ。最近の静はいじわるだよ」 

 夕日が景色を赤く染めていく。翼はじっとその変化を見続けている。

「研究、うまくいってないの?」

「うん。また失敗しちゃった」

 翼はうなだれて静の胸の上に転がるように移動した。顔を静の胸に押し付けている。

 静のいる小高い丘の上からはドームの内側を見渡すことができる。静は上半身を起こして、翼を体からひっぺがした。翼は力なく静の膝にずり落ちる。顔を空に向けて、にっこりと笑った。

「もっとかまってよ~」

 翼は楽しそうに笑う。相変わらず噓が下手だ。

 静は翼の優しい噓が好きだった。

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