第八相 輪郭の曖昧な銀色

「我妻君って自覚のない嘘吐きだよね」

 特にこれと言った特別な事も無い放課後。生徒会室では会長である雪乃と迫る中間試験勉強を大理石の長机でしている俺、その俺を何故か挟むように座っている白百合双子。右に月夜、左に月乃が居る状態の中、月乃が先程の台詞を俺に向けて言った。

 嘘吐き。

 そう言われるような行為をした記憶は無いのだが、一体どういう意図を含んだ言葉なのだろうか。

「いきなり随分な言い様だな」

「んー、我妻君を観察したここ最近の見解の総評?」

「尚質が悪いな」

「正確には自分から他人への『嘘』じゃなくて自分から自分への『嘘』かな」

「……ほう」

 自分から自分への嘘。それは随分無理な話のようだと思った。

 自分を騙す――――とはよく聞くが、実際は自分に虚実を真実と誤認させることはまず不可能だ。どれだけ真実を意識が視認し認識する事を拒もうとも、必ず無意識が自分自身の中にそれを蓄積していく。個を確立する上で自分自身の要素を誤って認識する技能が人間に備わっていたとしたら、人類はとうに滅亡の一途を辿る結果になっていただろう。意識無意識に関わらず、自分自身から発生した変化は必ず記憶され、故に『自分への嘘』と言うものは結果的に不可能となる。

 もし本当に自分の無意識に対してすら騙り騙すことができる人間が居たのなら、それは凡そ人間ではないか、はたまた何か大きな要因によって自己防衛的に行われているかのどちらかだろう。

「俺が自分に嘘、言いたいことはわかるが俺は割と自分にも正直な人間だと思っているが」

「自分に嘘吐いてるから私の言葉に同意できないのも当然だけどね」

「なるほど、言い分としては間違ってはいないな」

「何と言うか、我妻君は全然こっちに心を開いてくれないよね。仲良くしてくれる姿勢はあるのに、完全にボーダーを作ってると言うか」

「銀士郎君は心開いてくれるまで手強いよ? 私もきっかけがなかったら今どのくらい仲良くなってたかわからないし」

「雪乃がそう言うなんて珍しいわね、貴女結構人付き合いが上手い方じゃない」

「うーん、そう思ってたんだけどねぇ……」

「雪乃、月夜に余計な事を話すな」

「はーい、全く怖いなぁ銀士郎君は」

 口を尖らせ抗議の言葉を向けてくる雪乃を取り敢えず無視する。真面目に取り合っては何時俺の方が怪我をするかわかったものではない。月夜と月乃に色々と吹聴されれば更に厄介だ。

「でも我妻君、月乃の見解は私も感じているわ。どうして私達と貴方の間に壁を作るのかしら?」

「………………さぁな」

「私達が嫌い?」

「どうだろうか」

「私達が邪魔?」

「わからないな」

「私達が怖い?」

「……この問答に意味はない、どんな質問をされても返す言葉は曖昧なままだ」

「私ともっと仲良くなりましょう」

「……さては話を聞かないタイプか、月夜」

「聞いた上で無視してるわ、だってそうでもしないと貴方は話を進めないんだもの」

「そうだそうだー夜姉の言う通りだー! だから連絡先を交換させろー!」

「あれ?月夜も月乃もまだ交換してなかったの?」

 月乃の言葉に雪乃が反応する。お前は諸々の事情込みで仕方なく交換したんだ。スマホはただでさえ高いのに経費で出すからと無理やり買わせたのもお前だ。

「雪乃だけって言うのもずるいとは思わないかしら、我妻君」

「雪乃は致し方なくだ」

「私聞いたんだけど、瑠璃と結乃も知ってるらしいよ夜姉。これは酷い裏切りだ!」

「と言うことらしいけれど、何か拒否する妥当な理由はあるかしら?連絡先を交換すれば生徒会業務の上での連絡もよりスムーズになると思うのだけれど」

「……………………………………スマホを出せ」

(随分間があったなぁ銀士郎君、別に番号を教えたって何にも不都合ないのに。まぁそもそも私が生徒会用のグループラインをわざと作らなかったのが原因なんだけど、黙っておこ……あ、そうだ)

「……これで満足か」

「ありがと、これで気軽に電話できるわ」

「気軽にするな、出るかもわからないものに」

「えー? でも可愛い女子から休日お呼ばれされたら嬉しいでしょ?」

「なんでだ? 突然休みが潰れるのに」

「…………あー、なるほど?そういう結論」

「銀士郎君銀士郎君」

「なんだ今度は」

 雪乃が何故かにやついた顔で俺に声をかけてきた、嫌な予感がするが仕方なく返事を返す。スマホを手に持ちプラプラと振りながらこちらを見てくるが、何を意図しているのか全く分からない。

「……?」

「んー、流石に何もわからないよね」

「情報が何もないのに読ませようとするな」

「ごめんごめんって。いやぁ、折角そこの双子と連絡先を交換したんだったら、このまま生徒会役員の皆と連絡先交換してねーって言いたかったの」

「何故だ」

「だって私とかを挟んで連絡しなきゃいけない状態より、直接連絡できる方が効率いいでしょ?」

「……なるほど」

「我妻君、心配はしていないけれど貴方変なものに騙されやすそうね」

「筋がなんとなく通ってれば信じそう」

 馬鹿を言うな、俺だって馬鹿の一辺倒に意見を鵜呑みにするか。根拠がハッキリとしているならば例え自分の意にそぐわないものであっても受容する。今回は俺の意見よりも雪乃の言っていることも尤もだと判断したから首肯したに過ぎない。

「さて……と、そろそろいい時間だね。もう今日は仕事も無いし解散! 銀士郎君とはまた後でね」

「……後?」

「別にどうってことはない。じゃあな、月夜と月乃」

「セットにしないでよー」

「お疲れ様我妻君、また明日」

「……明日は休みだぞ?」

「あら、そうだったかしら」

「まぁいい、じゃあな」

 筆記用具とテキストを鞄の中に仕舞う。使い古しボロボロになったそれらだが、自分の歩んだ過程の証明の様に感じ中々替えていない。まぁ、一番の理由は金だが。兎にも角にも生徒会の業務が終わった。後は夜のバイトをこなして家に帰るだけだ。帰りが遅くなるのをまた妹に咎められるのだろうが、腹を括っておくことにする。今は、家に帰り準備をするのが最優先なので、俺は足早に生徒会室を後にした。

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