Ⅱ-6 時には昔の話を

 

 「えっ?カゲロウくんのこと?」


時は、カゲロウが熱中症で倒れた後、退院してから間もない頃まで遡る。

カタカケとカンザシは、カゲロウに言われて、健康診断を受けるために、ベースキャンプと呼ばれる事務所の中にある、和のいる医務室に来ていた。和は、健康診断の時は、フレンズの健康状態を調べる他にも、何か自分に相談したい事はあるかをフレンズ達に聞くのが恒例であり、それが同時に彼女の楽しみでもあった。

そして、和はフウチョウ達にも、いつも他のフレンズ達にも訊いているように、何か自分に話したいことはないかを訊いた。すると、カゲロウの事を知りたいと言う事を、二人は言って来たのだった。


「ナゴミはカゲロウとナカヨシ」

「カゲロウのコトもクワしそうだとオモった」


二人は、カゲロウが自分たちを和に預けた時の様子から、カゲロウと和がある程度気心の知れた仲である事を、何となく察していた。


「まぁ……、同い年だし。カゲロウくんの事は、確かに同じ部署の仲間としてそれなりによく知ってるけど……どうして知りたいの?」


フウチョウ達は、和にそう訊かれると少し俯いた。


「カゲロウともっとナカヨくなりたい」

「でも、そのセイでメイワクかけた」

「だから、ナニかホカにいいホウホウをシりたい」

「そのタメに、カゲロウのコトをシりたい」

「スきなモノとか」

「イロイロ」


二人は、カゲロウの事を飼育員として信頼していたのに加え、単純にヒトとしても興味を持っていた。フウチョウと言う生き物は、元々ヒトとの関わりがほとんどない生き物であり、ヒトはフウチョウの事をよく知らない。故に、ヒトはフウチョウに興味を抱き、研究しようとする。それと同じように、フレンズ化したフウチョウであるカタカケとカンザシは、今、自分たちにとって最も身近なヒトであるカゲロウに興味を抱いていたのだった。

しかし、ヒトとの関わりが少ない分、ヒトとの関わり方と言うのが、二人はよくわかっていなかった。そのせいで、カゲロウに迷惑をかけてしまった。二人はそのことを気にしていたのだ。


「そっか。うーん、そうだなぁ……」


和は、これまで自分が見てきたカゲロウの姿について、思い返した。


 新人時代にミスをして落ち込んでいたあの日、和は偶然、カゲロウに出会った。その中で何となく話をしていくうちに、気付けば、お互いに自分の事を話していた。自分の実力を過信した結果大きなミスをして、上司や仲間たちからの信頼を失い、孤立していた自分の話し相手になってくれると、彼は言った。それから、二人は度々連絡を取り合うようになり、お互いの仕事の近況報告をしあったり、お互い仕事で気になっていることを相談しあったりした。

そうしてカゲロウと交流を重ねているうちに、次第に、和も元気を取り戻していき、いつしか、周囲に出来ていた壁も薄れていった。そうして、無事に研修を終えることができた彼女は、他の特動医たちと同じように、広大なパーク内に点在する、ベースキャンプと呼ばれる事務所のうちの一つに、医務員として派遣されることになった。


「彼女が、今日から、うちのベースの医務員を担当することになった、千石和くんだ」


特育課オフィスの室長が、和を紹介した。


「千石です。まだまだ特動医として半人前ですが、精一杯がんばります。よろしくお願いしま……」


和の挨拶の途中で、廊下から騒がしい足音が聞こえて来たかと思うと、オフィスの扉が勢いよく開いた。


「すんません!遅れました!」


見覚えのある男が、そこにいた。あの日、川の土手で会った飼育員。白毛カゲロウだった。オフィスにいた全員の目が、カゲロウに向いた。


「遅刻だぞカゲロウ。せっかく美人の特動医さんがうちに来たって時に、何してたんだ?」

「えっ?」


先輩の飼育員がそう言うのを聞いて、カゲロウは目を丸くして、輪の中心にいるその特動医を見た。


「あっ……、ど、どーも」


カゲロウは、恥ずかしそうに頭を掻きながら挨拶をした。和も、困惑しながら軽く頭を下げた。


 二人が知り合いらしいことは、その時にその場にいた全員が察した。それを見て、室長は、和の案内をカゲロウに任せた。


「びっくりした。カゲロウくんがこのベースの所属だったなんて」

「俺もだ。まさかうちに来るとは思わなかった。でもここにいるってこたぁ、研修は無事に終わったってことだな。おめでとう」

「ありがと」


カゲロウと和は、お互いにそんな風に言葉を交わしながら、保護区内走行用のバッテリーカーの駐車場に向かっていた。


「カゲロウくんも、だいぶ馴染めたみたいだね」

「まぁ、あれからそこそこ経ったしな」

「でも、どうして今朝は遅刻したの?」

「あー……、それはな。あ、どーも、お借りしますね」


カゲロウは、貸出台帳を記入して駐車場の警備員に渡し、バッテリーカーの鍵を受け取りながら答えた。


「昨夜な、資料を読んでたんだ」

「資料?」

「フレンズに関して現時点でわかってる事をまとめた資料。フレンズは俺たちの間じゃ一応、動物って扱いだけど、やっぱり、普通の動物とは全然違うし、ヒトと同じってわけでもない。飼育員として、フレンズにとって一番良い接し方ってのはどんなもんなのか、とりあえず調べりゃなんかわかるかな、とか読みながら考えててさ。それで気が付いたら、夜中の三時」


カゲロウは、鍵を差し込み、バッテリーカーの電源を入れた。


「それで、何かわかったの?」


和が、カゲロウに訊いた。カゲロウは、一つため息をつくと、アクセルを踏んだ。


「全然。さっぱり」


バッテリーカーは、勢いよく走りだし、保護区との境界線の方へ向かっていった。

保護区内をバッテリーカーで走っていると、途中で、何人かのフレンズに会った。カゲロウは、特育課の所属になってまだ一年にも満たないはずだったが、多くのフレンズが、カゲロウの姿を見て声をかけてきた。そして、カゲロウはそれに応えて、他愛ない世間話を、フレンズ達と交わす。そして、和を紹介した。和は、何人ものフレンズ達と、分け隔てなく交流するカゲロウの姿を見て、驚いた。


「ねぇ、今の子達、みんなカゲロウくんが担当したの?」


和が、カゲロウに訊いた。


「いや?みーんな先輩とか同期が担当してる奴ら。俺はまだ担当したの一人。次の担当待ち」

「ウソだぁ」

「いや、ホントだって」


和は、カゲロウが冗談を言っているのだと思った。でも、彼の態度を見ると、どうも、嘘をついているようには見えなかった。


「ベースにいる他の人達か、それともその人達の担当してるフレンズとかが、アイツらに俺の話でもしてんのかなぁ。こうやってこの保護区の中回ってっと、よく声かけられるんだ」


カゲロウは、そう言って遠くを見た。和も、その方向を見た。その先では、二人のフレンズが、追いかけっこをして遊んでいる。

すると、二人の目線に気付いたのか、フレンズ達は立ち止まり、カゲロウ達に向かって手を振ったかと思うと、カゲロウ達の方に向けて駆け寄ってきた。


「誰かと思ったら、カゲロウだ!こんな所まで来るなんてどうしたの?」


黄色い髪に、三角の大きな耳を生やしたそのフレンズは、親しげに声をかけてきた。


「ああ。ちょっと案内のついでに」

「あら、ちょっと見ないうちにつがいでも作ったの?あんたも隅に置けないじゃない」


隣にいたもう一人の、オレンジ色の髪に黒い房毛のついた耳を生やしたフレンズが、助手席に座る和の姿を見て、カゲロウをからかうようにして言った。


「は?バカ、そんなんじゃねーよ。この人はな、うちのベースに新しく来た特動医だ。おめーらが具合悪くなった時とかに助けてくれる、立派なお医者様だぞ」

「へー!お医者さんなんだ!」


黄色いフレンズが、目を輝かせて和に駆け寄った。そして、勢いよく手を差し出して来た。


「よろしくね!」

「あ……は、はい。よろしく」


和は、その黄色いフレンズと握手を交わした。


「っと、そろそろ戻んねーと。ある程度回ったし、車のバッテリー、使い過ぎねえうちに」

「えー?もう行っちゃうの?久しぶりに会ったんだから遊ぼうよ」

「また今度な」


カゲロウはそう言って軽く手を振ると、車を発進させた。


「……っと、まぁあんな具合にさ。アレコレ考える暇もなく、アイツらの方から寄ってくる」


頭を掻きながら、カゲロウはそう言った。


「何も考えなくていいんじゃないかな」


和は脳みそに浮かんだ言葉をそのまま小さく吐き出した。カゲロウは一瞬、横目で和を見た。


「え?何か言ったか?」

「カゲロウくんは、自然なままがいいんだと思う。あの子達は、自然なまま、ストレートに生きてるから、そういう人の方がきっと、あの子達も接しやすいんじゃないかな」


和は、さっき自分に握手を求めてきた黄色いフレンズの表情を思い返しながら言った。それから、それまでにカゲロウに話しかけてきた沢山のフレンズ達の表情。そして、そんなフレンズ達と触れ合うカゲロウの姿。フレンズとの付き合い方で悩んでいるらしいことが、まるで嘘のように、自然だった。そして何より、楽しそうだった。


「……俺、なんかしてた?」


しかしカゲロウは、イマイチピンとこない様子で、とぼけたような声を出した。


「別にカゲロウくんが実は何か特別な事をやってたとかそういうことじゃないよ」


和は、自分の思ったことをもう少し詳しく説明をしようかと思ったが、思いとどまった。多分、わからないだろう。むしろ、話したら、また意味もなく考え始めてしまうかもしれない。それに、考えないくらいが、彼はきっと、丁度いい。あの日あの時、自分が寝ていた隣でいつの間にかうずくまって泣いていた知らない女である自分に、声をかけるなんて。普通なら、気味悪がってその場を立ち去るだろうに。でも、彼はそんなことはちっとも考えていなかった。ただ、何となく世間話でもするかのように、普通に、話してくれた。そんな「考えない」彼のおかげで、自分は今、こうしてここにいられるのかもしれないのだから。



 「カゲロウくんと二人は、似てるんだと思う」


和は、カタカケとカンザシに、そう言った。


「ニている?」

「カゲロウと?」


フウチョウ達は、目を丸くして首を傾げた。


「うん。そう思う。だから、似た者同士、きっともっと仲良くなれると思う。あんまり難しく考えないで、いつも通り、カゲロウくんと一緒にいて、色んな事をしたらいいんじゃないかな」


あまりよく考えず行動をして失敗する。でも、そのことについて考えようとしても、いい答えが出てこない。それならば、考えるよりもまず行動した方がいい。カゲロウが今となっては優秀な特育課飼育員の一人となったのも、本人がそのことに気づいたからなのかどうかは定かではない。でも、とにかく行動第一で動けるところが、カゲロウのいいところだと、和は思っていた。

フウチョウ達がカゲロウを熱中症からの入院に追い込んだのも、結果としてそうなってしまっただけだ。カゲロウには気の毒だが、フウチョウ達に悪気はない。彼女たちなりに、カゲロウにもっと近づくためのコンタクトを取っていたに過ぎない。つまり、彼女たちも、考えるよりも行動する方が合っているはずだ。和はそう思った。


「私は、いつもドタバタしてるけど、でもなんだか楽しそうなカゲロウくんと、カンちゃんとカケちゃんを見てるのが好きだよ。もっと仲良くなれると思うって言ったけど、実はもう十分すぎるくらい仲良しなんじゃないかな」


和は、そう言って二人に微笑みかけた。それを聞いて、フウチョウ達は顔を見合わせた。


「タノしそう?」

「ナカヨし?」

「カゲロウといるの、タノしい?」

「うん、タノしい」

「ワタシもタノしい」

「カゲロウ、オモシロい」

「うん、オモシロい」

「カゲロウとイッショにいるとタノしいしオモシロい」

「そうだ、カゲロウとイッショにいるのがタノしいしオモシロい」


二人はお互い口々にそう言うと、勢いよく椅子から立ち上がった。


「イこう、カゲロウのところへ」

「そうしよう」

「良かった。二人とも元気になったね」


和は、さっきまで悩んでいた二人がすっかり元気になったのを見て、なんだか嬉しくなった。


「ナゴミのおかげ」

「おイシャさんってスゴい」

「お医者さんっぽい事をしたかどうかは微妙だけど、ありがとう」


少し照れたように笑いながら、和は言った。


「カゲロウくんによろしくね。今は仕事があるからできないけど、そのうち私もカゲロウくんみたいに、カンちゃんとカケちゃんと一緒に遊びたいな」


和は医務室の戸を二人の為に開けながら言った。


「ワレワレもナゴミとアソびたい」

「ナゴミ、スき」


二人はそう言うと、上機嫌で仲良く飛び跳ねながら、カゲロウが待つオフィスの方へと向かっていった。和は二人のその後ろ姿を見ながら、カゲロウがその後を慌ただしくついて歩く姿を想像して、一人、面白がって小さく笑うと、医務室の中へ戻って行った。













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