夏から秋にかけて
第24話 嫌な予感の月曜日
7月に入り本格的に夏がやってきた。
幸いなことに今年は蒸し蒸しとした感じはなく、カラッとした夏でまだ過ごしやすそうだ。
「ほら、鈴羽〜もう起きないと遅刻するよ」
「う〜ん、あと5分〜」
「ダメだって!もうすぐ7時だよ?って、わぁっ!」
「えへへ〜皐月君つかまえたぁ〜」
早朝……鈴羽を起こしにきてこうしてベッドに引きずり込まれるのもほぼ毎日の日課になっている。
まぁその分、それを見越して早めに起こしている僕も僕だと思ったりもするんだけど……
一頻りベッドでイチャついた後、例によって間に合わなくなりそうな鈴羽が慌てて出て行くのを玄関で見送り僕も大学へ行く。
蝉の鳴き声がけたたましく聞こえる通りを歩いていると少し前に見知った後姿を見かけた。
「達也、おはよう」
「おう、皐月か。おはようさん」
「今日は朝から講義?」
「そっ、今日は楓ちゃんの講義なんよ」
「ああ〜都倉教授の……」
達也が言う楓ちゃんてのは現代文学の教授の名前だ。
何でも海外の大学を飛び級で卒業した才媛らしく、うちの大学の理事長が引き抜いてきたと聞いた。
年齢もたしか30歳前後くらいで垢抜けた美人さんで学生の人気も高く、今年の講義一番人気だ。
因みに僕はとっていないから。
「でも達也ってたしか理工系だよね?現代文学関係ないんじゃ……」
「あほか!あのなぁ皐月、俺にとって大事なのは楓ちゃんの顔を見に行くことであって現代文学じゃないねん!」
「ああ……そう」
「へいへい、そら別嬪さんの彼女がおるヤツは余裕ですわなぁ。ホンマ」
「ははは、まぁそうだね」
大学について達也と分かれて僕は自分の講義の教室へと向かう。
よく大学に入ったらあと4年間遊べるなんて言うけど、そんなわけにはいかない。
高校の3年間もあっという間だったけど大学の4年間もきっとすぐだろう。
喜多嶋さんや桂木さんと話していて常々思うことだけど、知識はいくらあっても困らない。
例えそれが社会に出たときに役立つかどうか分からないようなものでもだ。
喜多嶋さんも桂木さんも驚く程に博識だ。そして自分の知らない事や分からない事に対してそれを知ろうとする姿勢は見習うべきものが多分にある。
そんなことを考えつつ僕は今日も一日を過ごした。
「そっかぁ皐月君も色々と考えてるんだね」
「そりゃあね、ほら、最近ちょっと何て言うか……すごい人達と話すことが多くなったから」
夕食の支度をしながら僕は鈴羽に今日考えていたことを話していた。
「う〜ん、でも皐月君は皐月君のままでいいと思うけどなぁ」
「別に何かしようとは思ってないんだけど、一日一日をちゃんとしないとって思って」
キッチンでポトフを作っている僕の後ろから鈴羽が抱きついてくる。
片方の手で抱き寄せて軽くキスをする。
「でも皐月君はお家を継ぐんでしょ?そんなに勉強頑張らなくてもいいんじゃない?」
「そんなわけにはいかないよ。だって今の宗家は母さんだよ?その後を継ぐってなったら下手なことは出来ないよ」
「……そ、それもそうね」
抱き寄せたまま鈴羽と顔を見合わせて、少し身震いをした。クーラーつけてないよね?
お互いに母さんのあの笑っているのか笑っていないのか分からない顔を思い出したみたいだった。
夕食後、いつもの様にソファで寛いでいると僕の携帯が鳴る。
「うわっ……」
「どうしたの?」
「母さんだ……」
滅多に電話などしてくることのない母から電話は嫌な予感しかしない。
「もしもし。皐月です」
「…………」
「はい。はい。え?はい」
「…………」
「わかりました。はい、失礼します」
母さんからの電話をきり、ふうっ一息つく。
「皐月君ってお母さんからの電話なのに最後は失礼しますなんだね」
「何か緊張するんだよね、分かるでしょ?」
「……うん、何となく」
母さんからの電話の内容は簡単に言えばお盆に帰ってくるようにということだった。
でもそれだけのことで態々あの母さんが電話をしてくるとも思えず……お正月のこともあるし何か企んでいるのは間違いないんだけど、僕に拒否権なんてものがあるはずもなく。
結果、母さんの掌の上を転がされることになるんだろうなぁ。
「そっかぁお盆、皐月君帰っちゃうんだ」
「え?何言ってるの?鈴羽も一緒にだよ?」
「えっ?でも、私仕事あるし」
「母さんが鈴羽もって言ってたから、きっと門崎会長には話がいってると思うけど」
「……覚悟はしておくわ」
こうして僕と鈴羽はお盆に僕の実家に行くことになった。
ただ、電話口から聞こえた母さんの声がどことなしか楽しそうな感じがしたのは気のせいだったんだろうか?
ははは、何か嫌な予感しかしないや。
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