ダブルデート


 お砂糖成分少なめです。『ヤキモチ』→デート←今ココ









 とても突飛とっぴ的な話だけれど、皆さんはダブルデートというものをご存じだろうか?

 勿論もちろん、一部の幸福者がデートを二度行うこと……ではない。そうであったならば、少なからず話は楽だったのだけど……。


 残念なことに、彼氏彼女が二組揃って行うというデートの方だ。


 古今東西ここんとうざい、カップル同士が仲良くデートに行くということはかなり数が少ないと思う。つまりそれは、仲の良い男女四人組があったと言っても過言かごんでは無いのだから。


 街中で、カップルと思しき男女が、しかも二組も同時に連れ添って歩いていたら、なんて思うと非カップルであろう独身の方にはさぞかし羨ましく思われることは想像にかたくない。


「それで、君はどうしたいですか?」

「んー、なら、私はこれにするよ。……恭子きょうこ玲人れいじは決まった?」


 彼女の質問に、対面に座る二人のうち、片方の女性――恭子――が隣の男性――玲人――を見て、軽く苦笑くしょうした。

 まぁ、僕もその光景を見ると苦笑にがわらいしか出ない。


「私は良いけど、玲人がかなーり緊張しちゃってるみたい」

「……しゃーないだろ、まさかこんなに緊張するとは思わないだろ……?」


 返答を求める視線に、しかし僕と彼女、そして恭子さんまでもが苦笑いを浮かべる。当の本人は、全員のそんな姿にがっくりと肩を落とした。

 

 「頑張りなよ」――と心の中で呟いておく。彼のこんな姿を見るのは珍しく、面白い話題になりそうなので、僕としても助けるつもりはない。

 となりに座る彼女の表情も、楽しそうにコロコロと笑うだけだ。こんな所まで可愛い笑い方だと、正直ちょっと気後れする。


 彼女の容姿ようしは、天使と表現するにはいささなまめかしい色気を放っている。そこに加えて、女神のように優しく明るい。

 仕草の一つ一つが可愛くて愛おしくて、もしかしたら彼女は魅了チャームの魔法でも使えるのかと疑ってしまう。


 そんな視線を彼女に向けていると、視線しせんが合った。そうすると、彼女はにこりと微笑んでくれる。その笑顔の威力は、僕のハートを容易く貫通してくれる。


「何で拓真たくま美紗貴みさきは堂々とイチャつくのかな」

「僕の心がガラスのハートだからかな」

「なら、私にも?」

「最近のガラスは銃弾も跳ね返せるみたいだね」


 そんな僕たちを見て、恭子は小さな呆れと共に言ってきた。それに返しつつ、久方ぶりに名前を呼ばれたな、と思う。

 

 僕と彼女との日常に互いの名前はまず出ないし、ここ最近は友人との会話も無かった。それこそ、直近二ヶ月くらいの中で、彼女以外と過ごしているのは今日くらいだと思う。

 

 そう考えると僕、彼女にとても依存しているんだな、と思う。同じ考えに至ったのか、再び視線が合った。

 今度は僕が微笑ほほむと、彼女は少しだけ頬をしゅに染めて照れる。可愛い。愛でたい気持ちをぐっと我慢がまんして、僕の可愛らしい彼女を眺める。


「はぁ……玲人、そんな緊張すんの?」


 恭子が問いかけると、玲人は物凄ものすごしぶい顔で、ぎこちなく頷く。いつもはチャラっぽくてムードメーカーな彼がこれ程までに弱気になるのは予想外だった。

 同じ気持ちなのか、彼の彼女である恭子ですら申し訳無さそうな顔をしていた。


 そう、このダブルデートが開催かいさいされた理由は、恭子と玲人がデートに行ったことが無いから、と言われたからだ。

 その発端ほったんの二人がこうだと、さすがに目も向けられない。この先、大変なんじゃないかと思う。


 そんな、残念そうな目で見つめると、恭子はうっ、と目をらした。


「……よ、よし決まったぞ」


 しばらく時間を掛けて、玲人がやっと顔を上げた。少し青い顔を見て、不覚にも僕は笑ってしまった。


「なっ、お、おいっ。別に笑わなくても良いだろっ?」


 覇気はきの無い声で、そう問いかけてくるので、僕は顔の前で手を広げる。その仕草しぐさで理解したのか、玲人は少しの猶予ゆうよをくれた。

 やがて、笑い終わった僕は真剣な顔で玲人に向き合い、


「いや、玲人が今日はとても女々めめしいなって思ってね」

「おぃおぃおぃ!? 止めてくれよ……ホントに緊張してんだからよ……」


 僕らの会話を聞いて、女性陣は面白そうに笑う。その笑顔はとても絵になる光景で、カフェに来た甲斐かいがあったと思う。ぐっじょぶ玲人(女)。


 ならば、とばかりに恭子が玲人を見た。


「なんでそんなに緊張すんの?」

「うっ……」


 直球の質問に、玲人は言葉を詰まらせた。そのまま、恭子に視線を向けて、らす。また視線を向けて、らす。という行為を何度か繰り返す。

 

(ああ……うん)


 その仕草で、何となく僕はわかってしまった。つまり、場所を移動しても玲人は一日中こんな様子になるかもしれない、と。

 予想が出来てしまった僕は、わざとニヤニヤしながら玲人を見る。その視線に気づいた玲人は、悔しそうに視線を合わせてから、やっと口を開いた。


「……え……わ……ら」

「もっと大きな声で」


 恭子はわかってないようで、聞こえなかったと、もう一度を要望する。顔を赤くしながら、玲人は再び口を開いた。今度は、聞き取れる音量で。


「今日のお前の恰好かっこうが、可愛すぎるから」

「ッ!?!?!?!?」


 その言葉に、クリティカルヒットしたのは恭子だった。一瞬絶句ぜっくしたように固まり、数秒で真っ赤に染めた。僕の彼女に比べると色は薄いものの、世間一般で見れば真っ赤と呼ぶに相応しいと思う。

 

 そのまま、口を数回パクパクさせてから、うつむいてしまった。嬉しさが限界突破したのかもしれない。

 二人の様子を微笑みながら見ていると、視線を横から感じる。振り向けば、彼女が何だか物欲しそうな顔で僕を見ている。


 何となく、意味がわかったので、そのまま言葉に出してみた。少しばかりポエムみたいにしてみる。


「今日の君は、いつもよりも数倍可愛いね。さらに好きになったよ」

「ぁぅ……」


 そう言えば、合っていたようで、顔をトマトのように赤くしながら、嬉しそうに頬を緩めた。止めてほしい、その顔を見ているともっと惚れてしまう。

 彼女のそういった顔を見て良いのは、僕だけだと主張したい。まぁ、言わないけど。


 結局、顔を赤くしながらも僕と玲人は会話を楽しみ、カフェのほとんどの時間、女性陣は恥ずかしがったままだった。

 同棲してかなり経つけど、未だに初々しい彼女が、ホントに可愛らしい。さっきは好きなんて言葉で終わらせちゃったけど、僕は彼女のことが大好きだ。


 そう言ったら、きっと彼女は幼児退行してしまうけど、ね?


 何だか、頼んだコーヒーがとても甘かった。けれどそれは、幸せの味。だって、こんなにも温かいのだから。お腹の底から体中に広がるように、僕は笑みを浮かべた。

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