第13話  交付されたこと

ある日のことだ。

国家を治めている女王陛下が、王宮のパーティー中、貴族たちの前でこんな話をした。

「皆さん、今日はちょっと、一風変わったお話しをしたいと思います」

白のスパンコールと刺繍で彩られたドレスを着た女王は威厳に満ちた声で言う。

「欧州一帯でも年々国民の貧困が高まり、それに反映して市民が盗人や詐欺へと犯罪を染めています。また、隣国では、窃盗をメインとした盗賊団が勢力を広げ、更には、貴族の娘、乳母まで連れ去るという事件が起きました」

最近、新聞各社に取り上げられている盗賊団は、盗みに入った屋敷の柱やテーブルにメッセージを刻むという。

わざわざ自分たちの筆跡を建物の一部に残し、さも捕まえて見ろというような盗賊団グループの行動に、威信をかけての大きな捜査が行われており、それに面白がったメディア、新聞社などが大きく取り上げ、盗賊団が盗みを犯すたびに世間を賑わせていた。

そしてこの盗賊団、犯行現場に居合わせたのかは不明だが貴族の娘であるドーラン一家の深窓の令嬢シルフィアと、乳母のサラまでも連れ去るという事件があった。そのため、この令嬢と乳母を心配する声が各地から上がっている。

いまや盗賊団を筆頭に、犯罪が増加していることはここに集められた貴族も周知していたことだ。

女王の言葉は続いた。

「市民が犯罪に手を染めないと暮らしていけないほど、生活が貧窮しているのは、国を動かしている皆さんにとっても見過ごせないことです。ですから、ひとつ、皆さんに提案したいことがあります。わが国の貧困層の生活を守ることも、我々王族、貴族の義務。市民にも富が平等に行き届くようにしないといけません」と、おっしゃった。

「し、しかし、陛下。すでに、我々は庶民にかなりの減税を行っており、これ以上はとても・・・」

貴族の中でも権威ある貴族の一人が、女王に異を唱えた。

「――何も、税金だけではありません。我々には、不用品がどうしてもあるものです。そして、まだ使える物も捨てることも多くあると、わたくしは聞き及んでいます。それらを集めて、それを必要な庶民が買い取る。困窮した市民の生活の安定のためにも、各貴族の屋敷でチャリティーイベントを開くことを、わたくしは推奨したいのです」

そして、女王陛下は、売上金のお金は孤児院にいくように手配すようにと述べた。

カインも伯爵家という身分のために、女王陛下の宮殿内にいたが、この陛下のお言葉は王宮きっての驚くべき出来事だっだ。

この国では貴族と庶民は明らかな違い、文化があった。

貴族には貴族の。庶民には庶民の。

女王陛下の勅命により、貴族でチャリティーが開催されることとなった。

そして、市民や貴族に関わらず今週はどこの貴族が屋敷でチャリティーイベントが催されるのか、またその中でどんな物が出品されるのか、その話題で人々は噂するのだった。

そんな巷の喧騒とは違って、静かに暮らす人々もいた。

シュバイツア家ではすでに見慣れた光景であり、庭で勉強を行う少女と青年の姿、カインとセレナだった。

いつもの場所、屋敷の庭の木陰で、お互い相手の日記の文章に添削を行い。外国語を教え合う。

それが、この二人の、五年間変わらない午前のスケジュール。

最初は語学学習として始めた交換日記だが、添削後に返されたお互いの日記をみては、外国語で書いた自分の文章の間違いの多さに一喜一憂し、語学の難しさを痛感していた。

完璧な文章を書こうと、お互いに佐々琢磨して真面目に書いていたのだ。

だが、途中からふと、セレナが主人の日記に対して、自分なりのコメントを書くようになっていた。授業として文章の添削ではない、カインの書いた出来事の日記に対して何か書きたくなったのだ。

外国語の習得として始めた交換日記だが、お互いに相手からのコメントを読むことが一番の楽しみになっていく。

口には出しにくいことも、交換日記ならば書ける。まだ子供だった二人は新しい遊びを見つけたかのように、日記を交わしていった。

カインがノートの端に書いたラクガキを描けば、セレナも別の絵を描いて絵の応戦したりと日記のノートは賑わい、セレナはメイドの仕事で頑張ったことや、カインは次期当主としてマナーの授業で苦戦したことを書いたり。

歳が近いからか、セレナとカインはお互いに友達のような感覚でこの時間を楽しんだ。

こうして、交換日記を通して二人は、お互いになくてはならない存在へと変わっていく。

だが、五年の歳月が流れた最近の二人は、どことなく接することが減っていた。

それに呼応するように、交換日記も義務的なものになっていた。

原因はわかっていた。

お互いに思春期を迎えたのだ。

男女が異性を意識し出したことに応じるかのように、日記の内容も以前とは違って、自分の心情、ありのままを書くことが出来なくなっていた。

そのため、セレナは書くことが無くなっていたノートに、日本に関する文化のことを書いていた。シュバイツア家が経営している繊維工場の物が、日本に輸出できるよう拡大事業を頑張っているカインたちにとって、少しでも事業のヒントになるよう手助けになれたらと思った事だった。すでに幼い時の日本の記憶は朧げだったが、セレナは陰で書庫にある日本の本を読むなどして努力していた。

そして、カインもまた、王宮だったり他の貴族が保管している美術品を見せてもらった日には、その出来事を書くことが多かった。

カインは最近の日記に、オーギュスト殿下と一緒に王宮で集められた日本の浮世絵などを見せてもらったと書いていた。

どこまでも屋敷から自由に翔けていくカインの行動が羨ましくもあり、また貴族に買われた自分とは乗り越えることが出来ない壁に、セレナは密かに心の中で苦悶する。

だが、そんなことは悟られない様、カインに明るく接していた。






秋が過ぎ去ろうとしている季節の今日も、二人は屋敷の庭の芝生の上に座って、語学学習をしていた。

「今日もカイン様、間違った個所はありませんでした」

セレナは笑顔で、カインが日本語で書いてきた日記を返した。

「そうか、こっちもだよセレナ。英語、上手くなったな。俺たちと変わらないぐらい発音も上手くなったよ」

「まあ、ありがとうございます」

セレナは笑顔で答える。

カインの日本語力も上達していたが、セレナの英語力も眼を見張るほど上達していた。いまでは、日常会話、難しい本すらも読めるほどだ。

落葉も見え始めた秋の情景のなか二人はいつもの場所、いつもの時間で語学の勉強をしていたときだった。

「俺たちもセレナの英語は上手くなったと思うぜ!」

急にセレナとカインの頭上から男の声が聞こえてきた。

二人が見上げると、塀の上に背の高い、若い男性の2人の姿がそこにはあった。

「ジョン!ジーク!久しぶりね!」

「ジーク!今日は仕事は良いのか?」

カインが見上げながら訊いた。

「ああ、代わりの奴が仕事代わってくれたからな。」

セレナ達が見上げる木の上に登っていた青年はジョンとジーク。

五年前に、街の幽霊騒ぎで知り合ったカインの友人たち四人のうちの二人である。

この友人たちは代わり代わりで屋敷の塀に登って来ては、庭で勉強する二人に話しかけることがよくあった。

「二人して今日はどうしたんだ?仕事を変わってもらってまで、ここに来るなんて」

「カイン、お前に聞きたいことがあるんだよ。俺たちに黙ってたことがあるだろ?」

「??何のことだ?」

「とぼけたって無駄だぞ。知ってるんだからな俺たち!今度、カインの家でもチャリティーやるってこと!!」

「何だって、俺たちに言わないんだよ―――!!」

「俺たち、友達だよな!?友達だよな!?」

ジョンとジークは木の上から思いつく言葉を口々に言って、はやし立てながら、すごんでカインを見下ろす。

「・・・・・・お前らな、チャリティーイベントは遊びで催すんじゃないんだぞ。女王陛下が言うから、貴族が恵まれない人に行うだけでだな!」

「どっちにしたって同じことだろ!!」

ジョンとジークは反論する。

実はこのカインの友人2人が言う様に、チャリティーイベントは貴族の間で順番に行うことが決まっており、いよいよ、ここシュバイツア家も屋敷を民衆に開放して行うことが決まっていた。

そのため、屋敷中の人間は準備のために、ここ最近は屋敷内が上から下へと何かとせわしなかった。

「ぜーたい、来るな!お前ら、絶対なんかやらかすだろ!!」

「失敬だなカイン」

「カインがそう言っても、俺ら絶対行くね!俺たちはお前が上手く貴族として溶け込んでいるか見るために行くんだよ」

「そうそう。俺たちだって、もう何軒か他の貴族のチャリティーイベント観に回ってるんだから大丈夫だよ」

言い合うカイン様とカインの友人である二人を見ていたセレナは、

「カイン様、みんな楽しみにされてるし、ご招待してもいいのでは?」

仲裁をとって、なだめる言葉をかけた。

「セレナ、そう言うからコイツ等つけあがるんだぞ。思い出せ、こいつら、アーガイル公爵家のイベントでしたことを!チャリティーじゃなくて、公爵が美術品の自慢話をしてたとき、こいつ等よりによって、公爵様の前で「つまんねー」言って、公爵怒らせたっていう騒動話しただろ!?」

(う、・・・そうでしたわ)

セレナはカインのその言葉に何も言えなくなった。

その反面、木の上にいるカインの友人たちは、恥ずかしがるそぶりも見せずに涼しい顔だった。

「さすがに、友達の家で騒動は起こさないよ、俺ら」

「そうだよ。心配性だな、カインは」

「お前らと行動してると、心配の種が増えるんだよ。経験上」

カインは頭に手を当てて、疲れた表情をみせる。

「とりあえず、俺たちも来るから!よろしくな!」

そう言って二人は塀の外へ降りようとした。

どうやら、カイン、セレナにチャリティーイベントの参加するということを伝えたかったらしい。

「あ、お前ら、ちょっと外で待っててくれないか?」

カインが帰ろうとする二人を制して言った。

「え?どうしてだよ」

「今日は俺もお前たちのアジトに行きたいんだ」

アジトとは、この青年たちが住んでいる場所のこと。カイン様から聞いた話だと、この街の友人たちに憧れた子弟が集まり、いつしか街で何か困ったことがあれば相談できる場所と化していった場所と聞いている。

「いいけど・・、叔父さんにはいいのか?俺たちと関わってるところ見られたら、周囲から嫌な顔されるだろ?」

「とっくに諦められてるし、ガキじゃなくなったんだから、もう言わなくなったさ。それに今日は外出することも、叔父さんに言ってるしな」

「別に俺たちはいいけど。どこで待ってればいいんだ?」

「じゃあ、門で待っててくれ」

カイン達は自分をほっといて屋敷から出る会話をしている。

外を一緒にでたいという気持ちはとっくに諦めていたが、本来は自分が行ってる外国語の授業なのだ。さすがに話しとしては面白くなかった。

「――カイン様、また屋敷から出られるのですか?昨日は街の工場視察、今日はジョン達とアジトという場所。わたしの授業を中断してまで行かれるなんて、そんなに私の授業はつまりませんかしら?」

「そ、そんなことはないよ、セレナ。ただ、最近はやらなきゃいけないことが多くてだな。」

カインがあせって弁明する。

そんな会話を見ては、ジョンやジークは、ニヤニヤしながら「がんばれーカイン」っと、ヤジを飛ばす。

必死に説得をされたセレナは、結局授業を終わらせることを了承した。

(どうしても許してしまうのよね。カイン様には)

「街で喧嘩などなさらないようお気をつけてくださいね。くれぐれも、また街の自衛団と睨み合いのケンカなんてされましたら――。サミュエル様、また頭痛起こしちゃいますからね」

この青年たちは五年の月日が経ったというのに、相変わらず自衛団の若者たちとソリが合わず、街の酒場や通路で顔を合わすたびにケンカに発展したりと、いがみ合っていた。

「セレナ、そりゃないぜ。そもそもだなー、自衛団の方がへなちょこでー」

「ああ、わかってるよセレナ。夕方までには帰るよ」

「って、お二人さん、聞いてくれよ」ジークが呟く。

カインは、「塀をよじ登れば早いのに」という友人たちの言葉を無視して門への方へと駆けて行った。

セレナはただカインの後ろ姿を見ていたのだった。


             ♢


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