第6話 星空の下で

今まで使われてない、いや掃除するのを控えていた部屋がシュバイツア家にはあった。

ベット、書き物をするテーブル、そして大きい窓。どこにもあるような貴族の部屋だが、この部屋の特徴を妙実に表しているのは、置かれた棚、本の棚であろう。

この本の量の多さから、よほどの勉強家か、読書家のどちらか。

そして、ここの部屋の前の持ち主は、アレックという男の部屋だった。

サミュエルとセスティーナの弟、そしてカインの父でもある人物である。

アレックがある女性と駆け落ちの際に、この部屋は主不在のまま今まで使われることは無かった。

だが、それもここ5年前の話のことだ。

今はそのアレックの息子、カインがこの部屋を使用していた。

この屋敷に預けられた当初は、カインは朝から懸命に家庭教師からの勉強に励み、夜は父親が読んでいたのであろう本を自分も読むことが好きだった。

だが、今日は珍しく、大好きな読書すらもする気がしなかった。

いや、出来なかったというべきだろうか。

帰って来てから、カインは窓辺から月を見ていた。

激しく降っていた雨はやっと止み、窓辺に流れる涼しい風を頬に受けながら、ただ何も考えずにその月を見ては思いをはせるのだった。

朧げに浮かぶ月。

両親、田舎で見る月とは違って、ここから見える月はひどく遠くに感じられた。

カインの頬には、微かな痛みが広がっていた。

この痛みは、アーガイル公爵の子息たちと乱闘騒ぎで、駆け付けたアーガイル公爵から殴られた痛みだった。

既に腫れは引いてきていたのだが、殴られた痛みのおかげで何かをしても、すぐにあの時の光景が思い出される。

あの面前の前で殴られた屈辱—―。

弁解の余地も与えられなかった。そのことが、一番カインにとっては許せなかった。

(はあ、最悪だ。なんだって、他人の母を愚弄したアイツらが擁護されて、俺があんな目に合うんだ?俺の母は売春婦じゃないっていうのに!!)

――カインの母親は、平民出身で困窮した暮らしを送っていた。

だが、カインの父親と出会ってすぐに二人は恋に落ちたのだが、祖父や他の家族から結婚の反対を受けた二人は駆け落ち。

10歳までは、カインは両親と一緒に田舎で暮らしていた。

お金に常に困った生活だったが、毎日が楽しかった。

夏には父とカインの二人で屋根に登っては星を見上げて父の故郷を聞いたり、冬になれば小さい暖炉の前で家族三人で肩を寄せ合い、スープを飲みながら家族みんなで春が来るのを待っていた。

それが、両親二人が病で帰らぬ人となり、葬式も交流があった農家の人たちと一緒に行った。

カインの小さな体で、一人で農作物を育てていくことは難しく、一人で生きていくことはできなかったカインは、街に出て仕事を探した。

靴磨き、煙突掃除、何でもやった。小さな体で、賃金も低かったが、それでも生きるために精いっぱい働いた。

だが、あの日、馬車で祖父が迎えに来た日から、カインの生活はガラッと変わってしまった。

家とも言えない粗末な場所に横たわっていた自分の目の前に祖父は現れた。

シルクハットの帽子を被り、前に出している両手には黒いスティックを持ちモーニング・コートを着た初老の男性―。

その男性こそが、父の結婚を強く反対していた人物であり、カインの祖父であった。

馬車に同じく乗車していた、執事という男が言うには、両親が駆け落ち婚で、貴族の者だということをカインは初めて、その時に知った。

祖父は両親がいる墓地へ案内しろと言った。

カインは以前の自分が両親と暮らしていた家—―、既に廃墟となった場所へと案内した。その横には、二つの十字架が建てられていた。それぞれに名前を書いただけの質素なものだ。

そこが、カインの父と母のお墓だった。

祖父は十字架をただ黙ってみており、何も話さずにいた。

そして、墓標の前で静かに俯くカインに向かって、冷たく言い放った。

「今日からお前は貴族の子息として暮らすんだ。我がシュバイツア家の存続のために拾われたことを忘れずに、お前は勉学に励むことだ」

その日から、カインは貴族として生きていくことを余儀なくされた。

毎日が必死な日々だったが、カインにとってはもう帰る家はない。

(今はただのガキだけれども、立派な貴族になってやる)

そう思って、カインは与えられた課題を頑張った。

朝から夜中まで、毎日が必死だった。

おかげで、急速に成績は伸びて、今じゃ同年代の男たちの平均よりもトップの成績になったのだが、誰もカインの頑張りを認めてくれはなかった。

(どうして、みんな俺を見てくれないんだ?)

メイドも、執事も、叔父さん、叔母さん、誰もが俺をカインとして見ていない。

拾ってきた祖父さえカインの勉学具合しか見ず、去年静かにこの世を去っている。

(俺を当主に仕立てることしか、頭にないんじゃないか?)

カインは勉学に励むあまり部屋から出ず、最初は食事すらも別だったので、叔父とその妻、叔母たちとの交流もほとんどなかったこともあり、すっかり親しく交流を深める機会を逃したのであった。

最近になってやっと、サミュエルとぎこちなくない、日常会話ができたぐらいだ。

そして、叔父に「もう少し、みんなと親睦を深めたらどうだね?」

と言われ、カインも、まずはいつもお世話になっている人の手伝いをしようと思って行動を起こしたのだが、公爵邸に行くときの馬車で話した通り、カインが行ったことは周囲に火に油を注ぐものだった。

(これ以上、どうしろっていうんだ!)

ここには俺を見てくれる人はいない。

最初、ここの屋敷に来たときは、貴族として教養、紳士さを身に付ければ、半分自分の血に平民の血が流れていてもカバーできると思っていた。ここの屋敷の人たちや、貴族の人たちに受け入れられると思っていた。

だが、現実は違った。

平民は、所詮高貴な貴族様の仲間入りは滑稽な動作にしか見えないのだ。

だからと言って、カインはもう元居た田舎に行く理由もなかった。

家だった廃墟を直したところで、あそこにはもう、両親はいないのだ。

窓を開けながら、一枚の写真を見る。

そこには、まだ健全だった両親と、幼い少年だったカインが写っていた。

記念にと、決して安くない写真を父は写真屋で撮ってくれた物だ。

(ほんと、これを撮ってて正解だったな)

高価な写真を自分に残してくれた父にカインは感謝するのだった。

この家族の写真があったからこそ、頑張れて来れた。

天国の母さん、父さんに恥じぬように、頑張って生きているよ。っと、報告したかった。

だが、それも今はできそうにもない。

「これから、どうしようか・・・・」

一粒の雫が、カインの頬を流れた。

そのときー。

勢いよく風が室内を駆け巡り、自分の髪や服を仰いだした。

「な、なんだ!?」

カインが風が吹いてきた方へと眼を向けるが、突風でベットに散らばっていた紙がパラパラパラパラパラァァァっと、室内中を飛んで、前が見えづらい。

最初に見えたのは白い小さな足。そして白いガウンのような寝間着。

次に見えたのは、大きく眼を開きこちらを見ている、セレナの顔だった。

「なんで、お前、こっちにいるんだ!?」

セレナは、ビクッとすると、左右を見ながら「どうしよう」っと、いったように顔には焦りが感じられる。

セレナが戸惑っている間にも、ベットや机に置いていた書類の紙が風の通り道の風のおかげでバサバサバサッと依然として部屋中が紙で飛びまわっていた。

開かれた本のページは、パラパラと風によってページがめくられている。

「とりあえずセレナ、ドア閉めろ!閉めるんだ!」

カインの声に、セレナはハッとして部屋のドアをバタンと急いで閉めてくれた。

閉めると同時に、宙に浮かんでいた紙たちはスッと床に沈んでいく。

「はあ。治まった」

カインは思わずため息をつきながら呟く。

そして疑問に思うことはたくさんあった。

なぜセレナがここに来たのか?

いや、それよりもさっきの勢いで、開けていた窓から幾つかの紙が外へと、屋根へ飛んでしまっていた。

――まだ本や紙が貴重な時代。

一枚でも紙がなくなることは、外へ小銭を投げることと同じことだ。叱られる前に回収しなけらばいけないだろう。

カインはとりあえず紙の回収のために紙を集めながら、この異国の少女に経緯を訊いてみることにした。

「で?お前はどうしてここに来たんだよ。お前の使用人部屋とは、ここからは少し距離があるはずだぞ?」

すると、セレナは手を使いながら、

「あ、トイレ、帰るのが、分からなくて・・」

たどたどしい英語でカインにじっと見られながら説明する。

どうやら、帰り道がわからなかった・・、ということらしい。

「わかったよ、お前が言いたいことは。とりあえず紙を回収するのを手伝ってくれないか」

そう言って、カインは散乱した紙を集めながら言った。

セレナは、カインに倣(なら)って黙ったまま紙を回収しようとした。

「しまった・・!」

カインが驚いた声をあげた。

「・・・・写真がない」

先ほどまで家族写真を持っていたはずだった。

だが、いまは何もない手のひらを見ながら、カインは重大なことに気づいたのだった。


              ♢




「右にランプ持ってきてくれ。もうちょっと、右だ、セレナ」

「・・・・こうですか?」

カインは屋根に散らばっていた手前に、落ちていた紙を回収しながら、屋根の端を慎重に歩いていた。今まさに、ランプの光で見つけた、本命の写真を光で照らしながら取ろうとしているのだ。

(今が夏で良かった。端はまだ濡れてるけど、上の方は乾いてるな)

雨が降っていた雫は、レンガの屋根の上では乾いた空気によって乾いており、歩ける状態になっていた。

写真が暗闇の奥にあったことから、カインはセレナが窓枠から伸ばす、腕のランプの光を頼りに写真を取ろうとしている。

(もうちょっとだ・・・。もうちょっとで・・・・)

カインは自分の腕を最大限に伸ばして、ひかかった写真の角をピラピラと触れていた。そして、

「よし!やった!取ったぞ」

カインはそう言ってかがんだ身体を起こしてセレナの方を向こうとした。

だが、ふと、屋根から立ち上がって見えたのは、月とは違う暖かな光が無数に広がる、街の街灯が灯っている光景だった。

暗闇の中に浮かんだ朧げの街並み、レンガで積まれた家々が並び、端には遠くからでもはっきりとわかる女王陛下の宮殿。それを取り囲むようにして、そびえたつ大きな門の囲い。そして街の屋根に取り付けられた無数の煙突。

―――綺麗だった。

荒んだ心の中に、その街の景色が、両親と過ごした田舎の家から見る都の景色と重なった。幻想的に光っているのを、ずっと見ていたい気持ちだった。

だが、自分とは違う人間がまだ自分の傍にいる。部屋に帰ってもらってから、この景色を眺めるのも悪くないはず。

そう思って、セレナがいる窓へと眼を移すと、驚くことに、セレナ自身が屋敷の屋根へと窓から身を乗り出していた。

「セレナ!?な、危ないから、来ちゃダメだ!」

驚き、慌てて制止するが、セレナはそれでも動きを止めようとせず、そして完全に屋根に登ってカインがいる場所を目指して歩いてきた。

「わたし、いま気づいた。カイン様の気持ち、見てなかった」

「・・・・何のことだ?」

セレナは真剣な表情で、ゆっくりと歩みを進めた。

「わたし、授業ばかり頑張ろうとしてた。貴方の気持ち知らなった」

セレナはそう言ってカインの隣までたどり着く。

「私と話をさせてください。カイン様。そして、私の過去を、どうか知って欲しい」

カインは、この少女のグレーがかった瞳から眼をそらすことが出来なかった。一人じゃないからと、訴えかけているような気がした。

セレナは自分の過去を話してくれた―――。

生まれたときから白髪という奇形な形で生まれた自分を、村の人々に白い眼でみられながらも、両親が自分を隠しながら育ててくれたこと。

そして父親、次に母親が病気で亡くなり、一人残された自分を近くに住んでいた元漁師で、難破船で外国で育ったことがある神父という人に、すぐ引き取られたことを。

神父の家も貧しかったが、根気強く生きる術として英語、日本語を教えてくれたこと。

そして、奇異な目で見られ石を投げられても、神父という人と村の遠くにある町へと野菜を売る技術を教えられ、同行させられたという。

「最初は嫌でした」セレナはそう答えた。

けど、一人で生きていくことになったら、必ず経験しなきゃいけないことだと、説得された。だから神父という男の教えにセレナは頑張ったという。

そして神父という人物は、村の子供たちに虐められ、悲しくて泣いてくるセレナに、

『自分が立派に成長して、思いっきり幸せになって見返してやるんだ。相手にも同じ言葉や暴力を相手にしても、自分の心が傷つくだけだ』と言って、

なだめてくれたと、セレナは笑っていた。

そして、『生きる術を磨いて、思いっきり自由に生きなさい』、『ツバキ、お前は影の人生を歩むんだ』

――神父は相反あいはんするようなこの二つの言葉を死の直前に、セレナに言ったという。

「神父様が亡くなって、一人で生活してみた。けど、ダメだった。まだまだ神父様から修行中だった。それに私小さい。畑仕事で出来ないことも多い。まだまだ人の手を借りなきゃ生きられなかった・・」

神父の死の後は、辛かったとセレナは言った。

白髪のせいで面倒見てくれる大人はおらず、また持っていた土地分の税を納められず、見世物小屋へ自ら行ったという。

―――1人で生きていけなかったから。

カインはその苦労がよくわかっていた。自分も両親が亡くなり、一人で生きていこうとした過去が鮮明に蘇っていた。

「・・・・・見世物小屋、辛くなかったのかよ?どんなに芸を磨いたって、お前はその髪だと奇異な目で見られるんだぞ」

カインは何故かセレナの境遇に怒っていた。

初めてセレナに感情を出して話をした気がした。

「私の目標は、動けるそのときまで生きること。だから、頑張る」

セレナは暗い月明かりの下で、ハッキリと答えた。

カインはそんな幼いセレナの姿に自分と照らし合わせて、違いの大きさに言葉が出なかった。

(コイツは、笑われることを承知で生きるために戦ってる。けど、俺は・・・)

「何かできることありますか?わたし、話聞きます」

そう言われ、気づけばカインは少しずつ自分の過去を話していた。

両親と一緒に楽しく過ごした田舎暮らしのこと、そして、祖父に引き取られたあの日のこと。そして、今日の出来事を。今でも鮮明に思い出されるのだった。

両親が亡くなってからの辛く、孤独な日々。

それが、誰にも言えなくて、今まで辛かったこと。そして、自分の元に来てくれる人は、本当の自分を見てくれなかった。いつも次期当主として見られ、急に課せられた重圧。難解な課題をこなせば、貴族として出来て当たり前と言われ、失敗すれば平民の血が、育ちが悪いと家庭教師に裏で嘲笑あざわられたこともあった。

セレナは黙って、ずっとカインの話を聞いていた。

「—―今さっきまで、どう生きていったらいいか途方に暮れてたんだ・・・」

もう貴族としても、街で生き抜くことにも疲れてしまっていた事に、カインはようやく気がついた。

公爵に殴られたからじゃない、ただ自分の居場所、ありのままの自分でいられる安心できる場所が欲しかったのだ―――。

自分の気持ちに、ようやく気付けたとき、セレナは自分を見て言った。

「わかった。カイン様、見返したかったんだ。なら、その人よりもすごい人になろう!」

セレナは握りこぶしを顔の近くで作りながら笑顔で言う。

「セレナ、相手は公爵だ。無理だ。貴族の中でも一番偉い」

「ちがう、ちがう。カイン様がもっと、もっと優秀な人になる!その人よりも大金持ちに、相手よりも幸せになる!それが一番の報復!」

英語でニッコリ話すセレナに、カインはこの異国の少女の考えていることがわからなかった。

だが、屋根の上で、「今に見てろって、言うの!」と拳を繰り出す彼女は輝いて見えた。

自分は生きるのに精いっぱいで、格上の相手とどうやったら渡り合えるか、そればかり考えていた。純粋の貴族の血という相手に、自分は知らずに合わせようとしていた。

だが、こうして身近に自分よりも小さい少女が、別の道を示してくれたことに、カインは嬉しかった。

人に話してみる。

解決しづらいこともあるけれど、味方が出来た。

そのことが、こんなにも心を晴れやかにするのだとカインは知るのだった。




              ♢

               


カインとセレナの二人は、屋敷の屋根で寝そべりながら話をしていた。

街は変わらず、暖かいランプ灯の明かりが街の中に散りばめられており、それが対照的な月の光と対照的に見えていた。

「幻想的で、綺麗だよな」

セレナはランプ灯で光る街を見ながら「うん!」と頷いた。

(あったかい光でこんなにも綺麗に街がみえるんだ)

「すごいよな。こんなにも多くの物を人間が作ったていったのかと思うと、ほんと、人間は何でもできてしまいそうになるな」

カインは街並みの風景を見ながら笑って言う。

そんなカインの横顔を見ながら、セレナは、今までのカインとの接し方に誤りがあたとわかった。

―――ドアを開けた時の表情、そして家族写真をカインは必死で探していた。

悪い性格の人じゃないと、薄っすらとわかっていたのだが、カインが外の景色を眺めている、泣きそうなカインの眼差しを見て決心がつき、自分から屋根の上へと登った。

景色が光り輝く物の様に見ていたカインは、どうしても辛そうに生きてるようにしか見えなかったのだ。それに、自分も謝りたかったこともあった。自分自身が勉強しか考えず、カインに接してしまったことに対しても。思えば、授業のこと以外で、カインとこんな風に話しをしたことはなかった。

そして、カインが話す、この少年の過去は、弱った獣の様な印象を受けたのだった。

されるがまま、出口のない荒野を彷徨い、他の生き物に恐れられ孤独を生きる。

そんな生活に嫌気がさして、力尽いて、自分が部屋に入るときまで夜空を見上げていたのだろう、この少年は。

(どんなに辛かったことかな・・・・・)

話を聞いたセレナは、ようやくカインの事情が呑み込めた気がした。

今まで他の人間から聞いた話は、ただの大人の事情だ。この少年には何にも落ち度はないのだ。ただこの世界に産まれ落ち、両親と暮らしていた。幸せに暮らしていた、ただの少年だ。それが、流行り病で両親を亡くし、貴族社会に放り込まれてしまった。

それはどんなに辛かったことだろう。誰にも苦しさを言えず、屋敷でも他の貴族社会でも虚勢を張り、たった一人で生き抜いていたこの少年の苦しさは――――。

セスティーナ様に買われた自分だが、授業はこの人のやりたいようにさせてあげようと思った。たとえカインが授業に参加してくれなかったとき――、その時は最初からセスティーナ様に謝る気はあったのだ。

セレナは、カインの味方になって支えたかった。

小さな村で産みの両親を亡くした、いつかの少女がされたときの様に―――。

「なあ、お前、日本ってとこに来たってほんとか?」

「え、あ、はい!」

考え事をしていると、カインが話しかけてきたので、驚いて返事をすると、

「そうか・・・やっぱり遠いとこから来たんだな、お前」

カインは驚嘆な眼差しを自分に向けていた。

話を聞いてみると、どうやらカインはこの生まれた国から出たことがなく、実は日本という国に興味があったというのだ。

「流行の浮世絵に造詣ぞうけいは深くないんだけどさ、日本って、”黄金の国”とか呼ばれてたときもあるんだろ?武士や茶道について、この国と似たような文化があるから興味があるんだ」と、話してくれた。

そして、「ここでもティータイムがあるし、廃れているが名残が残っている騎士という風潮もある。そんな興味があった国の人間が来て最初は驚いたよ。けど、家庭教師という、叔母の言いなりになるのは癪(しゃく)だったけどね。逃げ回ってごめんな」

そう言って、謝ってくれた。

しばらくの間、二人は屋敷の上で寝そべりながら雲にかかる月と星空の下で、街の景色を眺めていた。幾つの時間が流れたのだろうか。セレナの肩にはひんやりした空気が触れ、肩が寒さで震えた。

カインも、時間の経過に気づいたのか上半身をゆっくりと起こし、「もう戻ろうか」っと、言ったその瞬間だった。

ガス灯の光が少なくなった夜の街の中から、青色の炎がボッと浮かんできたのだ。

その青い炎はボッ、ボッっと増えていっている。

それを追っているのか、微かだが追いかけている馬車の音がする。

「あれは・・・・?青い炎なんて見たことないぞ」

カインが驚きの声をあげた。

セレナも街の異常に気付いて、街並みを凝視して耳に全神経を集中させた。

その間にも、青い炎は次々と移動しては、すぐに消えた。

(初めて見た・・・・。妖怪が出るときに青い炎出るって、聞いたことあるけど、ここでも同じなの!?それに、人の声も微かに聞こえる・・。街の中で誰かを襲ってる?)

集中して街を見ながら、セレナがこの青い炎について真剣に考えていると、

「セレナ、部屋の中に戻ってろ。いいか、お前はこのこと、屋根にいたことはお互いに内緒だ」

カインはセレナに部屋へと戻るよう合図を送り、早急にセレナを自分の部屋の窓へと移動させる。

「どうしたんですか?」

急に自分を部屋に戻そうとするカインが分からなかった。何か急ぐ理由が、あの炎にはあるのだろうか?

だが、カインは答えてくれない。

答えとは逆に「今から俺は街に行ってみる。朝までには戻るから」と言うのだった。

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